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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
184/783

第四 六回 ④

ヂェベ勇名を争いて身を戦陣に虚しくし

ヒィ・チノ朋友を迎えて憂を河畔に解く

 ヒィは(シルスン)をごくりと呑んで言った。


「……あれは、舟ではないか」


「見てのとおりだ」


「いったいあれだけの舟をどこから……?」


「ヒィ、しっかりしてくれ。舟はこの近辺だけにあるのではないぞ。ホアルン中の舟を掻き集めてきたのだ。これだけあれば数万の騎兵も渡河できるだろう」


 ヒィはわなわなと身を震わせると、サルチンの(ガル)を握りしめて、


「恩に着るぞ! 君はナルモント部二十万の人衆(ウルス)を救った! この恩は言葉(ウゲ)で言い尽くせるものではない!」


 ツジャンとゾンゲルも拝礼して謝した。


「そこまでされると面映(おもは)ゆい。ともかく急いで渡河の用意を」


 ヒィ・チノは途端に心中に覇気が(よみがえ)るのを覚え、サルチンを残して飛ぶように(トイ)に戻った。早速、撤退の(カラ)が下される。陣中は俄かに慌ただしくなった。


 ツジャンの進言で(トグ)やゲルはそのまま残していくことにした。もちろん(ブルガ)(ニドゥ)を欺くためである。


 瞬く間(トゥルバス)に用意は整った。号令とともに整然と陣を離れる。その後は一路ズイエ(ムレン)を目指す。次々と河畔に到着すれば、舟はすでに(エルギ)に繋がれ、いつでも乗り込めるようになっていた。兵衆はわっと歓声を挙げる。


 サルチンはヒィの姿(カラア)を認めると、満面の笑みを浮かべてこれを迎えた。ヒィが拱手して再度礼を述べると、


「三万騎というと壮観だな。礼なら私だけでなく彼らにも言ってくれ」


 応じて目を()れば、見知った(ヌル)が並んでいる。誰かといえばすなわちヘカト、カノン、コテカイの三人。再会を祝して挨拶を交わす。まさに義の契りは(チラウン)よりも堅く、(イル)危機(アヨール)を知りては、進んで千里を越え来たるといったところ。


 あまりの懐かしさにすぐにも語り合いたかったが、己の責務(アルバ)を思い出して全軍に命を下せば、諸将の監督の下、(とどこお)ることなく次々と上船する。サルチンらはおおいに感嘆する。


 ヒィ・チノ自身はキセイ、ゾンゲルとともにサルチンの舟に身を預けた。全騎乗り()えると、千艘にも及ぼうかという数の舟が一斉に岸を離れた。天候は良好、流れも緩やかで、舟は滑るように走りだした。みな大喜びで、期せずして方々の舟から(ドー)が流れだす。


「先ほどまで窮地に在ったのが(クダル)のようだ」


 ヒィが江風を(ハツァル)に受けながら呟く。傍ら(デルゲ)のキセイも久々の笑顔で頷いた。ナルモント軍を乗せた舟は、途中何ごともなく南岸へ着いた。サルチンらを誘うと彼らは喜んでともに下船した。舟を返してしまうと、進んで野営地を定める。


 本営に諸将を集めて、サルチン、ヘカト、カノン、コテカイの四人を紹介する。酒食が運ばれ、小さな宴席が設けられた。諸将は代わる代わる礼を述べて、四人に(ボロ・ダラスン)を注ぐ。


 ツジャン、ワドチャ、キセイ、モゲトは同じ年ごろのサルチンらと話が(はず)み、すっかり意気投合したが、それもそのはず、これも宿星(オド)(めぐ)り合わせであった。


 ヒィ・チノはツジャン、サルチン、ヘカトに今後のことを(はか)った。まずツジャンが述べて言うには、


「すぐにオノレン(ぐち)に向かうべきでしょう。我々が渡河したことは知られていないはず。突如敵の後背を襲えば大勝は疑いありません」


「なるほど。サルチンたちはどうだ?」


 (うなが)せば、ヘカトが答えて言うには、


「もっと良い策がある」


「ほう、それは?」


 きらりと(ニドゥ)を光らせて尋ねれば、


「ナルモント軍は連戦を経て疲れている。そこでなるべく最小限の労力で敵を退けたいだろう?」


いかにも(ヂェー)


「つまり、戦って勝つ必要(ヘレグテイ)はない。敵を撤退させればよいわけだ」


「それで?」


 ヘカトはすうとひと息吐くと、


「ならば西進して、神都(カムトタオ)を囲むのが上策だ」


 ヒィ・チノはそれを聞いて膝を打った。


「おお、なるほど!」


「今、神都(カムトタオ)には数えるほどの兵しか残っていない。急にナルモント軍が現れたと知ったら、ヒスワはおおいにあわてるだろう。オノレン(ぐち)などかまわず、急いで撤退するに違いない。留守(アウルグ)を襲っているつもりが、逆に己の足許(あしもと)を脅かされているのだからな。奴らが兵を返したのを確認したら、包囲(ボソヂュ)を解けばいい」


 ヒィはおおいに喜んで、


「それはいい! あの奸人め、これで少しはおとなしくなるだろう。どうだ、ツジャン。ヘカトの策は」


「恐れ入りました。最上の策かと思います」


「よし、それで決まった! 明朝、陣を払って神都(カムトタオ)へ向かう」


 翌日、ナルモント軍は意気揚々と神都(カムトタオ)を目指した。まさしく人を(おとしい)れんとすれば人に図られ、天兵何処かより現れて都城(ゴト)を囲むといったところ。


 このことから奸人はおおいに(エレグ)を冷やし、飛虎は改めて名を(あらわ)すということになるのだが、果たしてヘカトの策は功を奏するか。それは次回で。

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