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草原演義  作者: 秋田大介
巻四
181/783

第四 六回 ①

ヂェベ勇名を争いて身を戦陣に虚しくし

ヒィ・チノ朋友を迎えて憂を河畔に解く

 ヒスワはオノレン(ぐち)を堅く守るアケンカム軍を誘い出すため、これを挑発する(ドー)を歌わせた。ショルコウはその意図を看破して、逆にジュレン軍を(あざけ)る歌を作って呼擾虎(こじょうこ)グルカシュを怒らせた。「(タショウル)を借りて(モリ)(ぬす)む」とはまさにこのこと。


 グルカシュは忿り(アウルラアス)に任せて押し寄せたが、ショルコウの策略は万全、ジュレン軍が(モル)を駆け登ってきたところへ合図一声、しかけておいた巨木(ネウレ)を転がす。


 悲鳴が交錯し、ジュレン軍は大混乱に(おちい)った。多くの兵が下敷きになり(はかな)くなる。逃れたものはあわてふためいて馬首を(めぐ)らす。大将のグルカシュはといえば、あわや()し潰されるところを間一髪(まぬが)れて、真っ青になって逃げだす。


「追え!」


 ゴオルチュの(カラ)が下れば、左右から射手(ホルチン)が一斉に矢を放つ。次いで騎馬がどっと繰り出し、ジュレン軍を散々に蹴散らす。


退()け! 退け!」


 命じられるまでもなくほうほうの(てい)で逃げ戻る。アケンカム軍は、ショルコウの献言で追撃せずにこれを帰した。


 退却したグルカシュは自らの身に縄をかけてヒスワに(まみ)えた。


「怒りに(はや)って兵を失いました。いかようにもご処断ください」


 ヒスワは激昂(デクデグセン)して身を震わせたものの、己に軍事の(アルガ)がないのを自覚していたのでやむなくこれを(ゆる)し、名誉回復の機会(チャク)を与えることにした。グルカシュは再拝して謝すと、必ずオノレン(ぐち)を抜くことを誓った。


 アケンカムの(トイ)ではゴオルチュがショルコウを激賞し、全軍の士気はテンゲリを衝かんばかりとなったが、依然兵力では(ブルガ)が上回っていたので、(おご)ることなくさらに守りを固めた。




 そのころ、河北のヒィ・チノは撤退に撤退を重ねて、苦戦を()いられること数度、やっとのことでズイエ河畔に辿り着いていた。しかしエバ・ハーンは先に人を()って、舟をほとんど燃やしてしまっていた。


 やむなくヒィは(エルギ)を離れて陣を張り、ツジャンに舟の調達を命じたが、各処に手が回っていて思うように舟が集まらないまま数日が過ぎた。


「舟はまだ集まらぬか」


 さすがのヒィも苛立ちを隠せない。ツジャンが答えて言うには、


「一騎、二騎ならともかく数万騎を渡河させるのは容易(アマルハン)ではありません。八方手を尽くしておりますので、もう少しお待ちください」


留守陣(アウルグ)が気に懸かる。連絡はないか?」


「今のところは……」


 話し合っているところにちょうど使者が到着したとの知らせ。すぐに連れてこさせると、挨拶の暇も惜しんで、


「留守陣は無事か?」


 すると(ハツァル)(ほころ)ばせて答えて言うには、


はい(ヂェー)。ジュレン軍に襲われる前に家畜(アドオスン)その他は移動(ヌーフ)させました。そして敵の夜襲を見破り、伏兵をもってこれを撃退しました。今はオノレン(ぐち)に拠って、敵と対峙しております」


 ヒィはおおいに喜んで、


「そうか、よくやった。ゴオルチュにそれほどの才覚があろうとは知らなかった。礼を言わねばなるまい」


 そこで使者は得意げに言うには、


「実は敵の侵攻を喰い止めているのは、ゴオルチュ様ではありません」


「ほう。というと?」


「ベルン様のご息女であるショルコウ様が敵襲を予期(ヂョン)して、これに備えていたおかげで事前に家畜を移すことができたのです。また伏兵の策もオノレン(ぐち)に拠ることも、すべてショルコウ様のお考え。あの方がいなければ、すでに家畜も人衆(ウルス)もジュレンに奪われていたでしょう」


 居合わせたツジャン、ゾンゲルはおおいに驚き、かつ感心した。ヒィ・チノも感嘆の念を禁じえず、


「あの(オキン)が我が部族(ヤスタン)を救ってくれたか。さすがは名将ベルン・バアトルの娘」


はい(ヂェー)。諸将もすっかり心服して、これを(たた)えております。しかし敵は我らに倍する兵を擁しております。一日も早くお戻りくださるようお願いいたします」


 途端に(ヌル)を曇らせて、思わず言うには、


「……そうしたいのだが、舟を焼かれてしまったのだ。だが近いうちに必ず(ムレン)を渡る。それまでオノレン(ぐち)をしっかり守るよう伝えてくれ」


承知(ヂェー)


 使者は休む間もなく、その(ウドゥル)のうちに帰途に就いた。

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