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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
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第四 五回 ④

ショルコウ弱を用いて急を知り令名を博し

ヒスワ歌を(もっ)て堅を計るも猛将を忿(いか)らしむ

 翌日もジュレン軍はアケンカム軍の目の前で酒宴に興じた。ショルコウはそれを見て思うに、


神都(カムトタオ)のヒスワ・セチェンは奸智に()けているとは聞いていたが、これほどとは思わなかった。いずれ将兵の怒り(アウルラアス)は抑えきれなくなるに違いない」


 しばし黙考していたが、やがて会心の笑みを浮かべると、白夜叉ミヒチを呼んで何ごとか耳打ちした。


「おや、それはおもしろそう(ソニルホルトイ)だね」


 おおいに喜んで、急ぎ後方に去る。しばらくすると女衆(ブスクイ)羊肉(マハ)(ボロ・ダラスン)をたくさん運んできた。驚く諸将にミヒチが笑いながら、


「さあ、我々も酒宴を始めましょう! そして歌うのです」


 そう言うや、ショルコウと(ダウン)を併せて高らか(ホライタラ)に歌いだした。



  (テンゲリ)よ、ご覧なさい

  神都(カムトタオ)の将は怯懦です

  せっかく(ウルドゥ)を携えていても

  扱う術を知りません


  (エトゥゲン)よ、ご覧なさい

  神都(カムトタオ)の兵は弱卒です

  毎日酒を飲み怠けては

  (さえず)るばかり


  (イルゲン)よ、ご覧なさい

  神都(カムトタオ)(デム)は脆弱です

  (バリク)で商い(ひさ)ぐだけで

  戦う(アヤラクイ)ことはできません



 その声は高く澄んで(トンガラグ)いて(セトゲル)に響いた。しかしその詞となると、(ブルガ)を痛罵して溜飲を下げるべき痛快なもの。将兵は瞬く間(トゥルバス)にこれを覚えて大喜び。


 女衆は張り切って羊を焼き、酒を注いで回った。兵衆はそれぞれ杯を右手に、肉を左手に、わっと歓声を挙げると大声で歌いはじめた。ゴオルチュやムバイまで声を張り上げる。


 ショルコウとミヒチは歌いながら陣中を巡り歩く。兵衆はその姿(カラア)を見て、ますます盛り上がる。


 驚いたのはジュレン軍である。不意に敵陣から歓声が挙がったかと思うと、テンゲリを驚かさんばかりの音量で(ドー)が流れはじめたのである。しかもよくよく聞いてみれば先のような内容だったので、今度は彼らがおおいに怒り、帰ってグルカシュに詰め寄った。


 報を受けたグルカシュは、首を捻りつつ(アクタ)を飛ばしてくれば、たしかに歌が聞こえる。



  (テンゲリ)よ、ご覧なさい

  神都(カムトタオ)の将は怯懦です

  せっかく剣を携えていても

  扱う術を知りません……



「この呼擾虎(こじょうこ)を怯懦だと!? まことに剣の扱いを知らぬかどうか見せてやるわ」


 瞬時(トゥルバス)(ツォサン)が沸騰したがごとく怒って、(トイ)に戻るや全軍に出撃を命じる。ヒスワがあわてて、


「大将、どうした。敵が出てきたのか?」


 怒声をもって答える。


「どうもこうもない! 元帥の策は外れましたぞ。そればかりか無用の恥を(こうむ)ったわ! 彼奴らを一人残さず斬るまでは戻らぬ!」


 言い捨てるや凄い形相で飛び出していく。わけがわからず兵の一人に事の次第を尋ねれば、(にわ)かに敵軍も歌いだしたとのこと。さらに聞けば、それは挑発と侮辱に満ちた悪辣な歌。


「しまった、計を逆手に取られたか! これは罠だ!」


 あたふたと馬に(また)がり、手勢とともにグルカシュを追った。しかし怒れるグルカシュの進軍は速く、遅れる(ウダル)ものにかまわずまっしぐらにオノレン(ぐち)に迫る。


 いざ近づいてみると、アケンカムの陣はしんと静まりかえっている。


「どうした! 挑戦に応えて来てやったぞ! それとも口だけか? 出てこい!!」


 グルカシュは(サハル)を震わせて散々に(わめ)いた。すると一個の美少女(ゴア・オキン)が陣頭に進み出る。思わず(アミ)を呑んで見ていると、少女は軽やかに歌いだす。



  臆病者にも()じる(オロ)はあったらしい

  でもおやめなさい

  恥を上塗りするばかり

  (カブラン)を自ら任じても

  (ブゲスン)(しらみの意)ぐらいがお似合いよ



 これぞナルモントの誇る華、ショルコウであった。グルカシュは怒りが(こう)じて、ただあうあうと(アマン)を動かすばかり、声も出ない有様。髭をぶるぶると震わせ、赤くなったり青くなったり。これを見たアケンカム軍から哄笑が巻き起こる。


「……つ、つ、突っ込め! 女め、必ず(とら)えて犯してやる!」


 やっとのことで突撃の(カラ)を下す。ショルコウは嫣然(えんぜん)と微笑んで、悠々と陣中に消える。ジュレン軍は怒号を挙げて殺到した。アケンカム軍も金鼓を打ち鳴らして迎え撃ち、(クラ)のごとく矢を放つ。


 グルカシュは先頭に立って矢の雨をくぐり、敵陣目がけて(ゴド)に挟まれた細い(モル)を駆け登った。これに勇を得た兵衆が続々と従う。


 その鋭鋒がアケンカムの陣に達しようかというときであった。突如、鼓膜も破れんばかりの大音響が彼らを襲った。


「な、何だ!?」


 はっとテンゲリを仰いだグルカシュは、信じられないものを目にした。


「う、うわあああっ!」


 何と道の左右から大木(ネウレ)が次々と降ってきたのである。たちまちジュレン軍の混乱は極に達する。


 これぞまさしくショルコウの奇計。その才略(アルガ)(ブステイ)を遥かに凌駕し、あの奸人をも欺いて、ここに呼擾虎の(エレグ)を冷やすことになった。果たしてグルカシュの(アミン)はどうなったか。それは次回で。

<巻三 終わり>


◎チルゲイ旅程図

挿絵(By みてみん)


「巻三 登場人物および関連地図」は、

https://ncode.syosetu.com/n2861ib/3/

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