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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
175/783

第四 四回 ③

鎮氷河エルゲイ・トゥグに敗れ(いつわ)り遁走し

神箭将カラ・トゥンに伏せ鮮やかに撤退す

 これには誰もがあっと驚く。ヒィも上天(テンゲリ)を仰いで、


「ジュレン部だと!? そうか、奴らの策はこれか! 抜かったわ」


 ツジャンが身を乗り出して、


「敵兵の数は?」


一万騎(トゥメン)ほどかと……」


 陣中は急に慌ただしくなる。そこにさらに報告が入る。


「東方にセペート軍が現れました! (ガヂャル)を埋めるほどの大軍です!」


 ヒィは立ち上がって、


「してやられたぞ。まさか神都(カムトタオ)と密契があったとはな」


「どうしますか」


 モゲトが切迫した調子で聞けば、


「決まっておろう、まずは目の前の(ブルガ)を討つ! あわてて退いても追撃を喰らうだけのこと、ここは総力挙げて敵軍を退ける。後方の心配はそれからだ!」


「しかし留守陣(アウルグ)には僅か五千騎があるのみ。早くせねば帰る地を失います」


「将があわててはならぬ。よいか、兵にはこのことは伏せておけ。将にして動揺し、兵衆を惑わしたものは厳罰に処す! よく(エレグ)に銘じておけ!」


 そう叫ぶや、即座に馬上の人となる。諸将も兵を叱咤して出陣の準備を急ぎ、(トイ)の収容もそこそこにとりあえず集結する。出陣の銅鑼太鼓が打ち鳴らされ、数万騎が順次出立する。まずはキセイが五百騎を従えて斥候(カラウルスン)として先行する。


 次いでモゲトの前軍(アルギンチ)六千が疾駆(ツォギオ)する。ある(ドブン)の上を占めると、キセイの帰還と中軍(イェケ・ゴル)の到来を待った。ほどなくキセイがものすごい勢いで戻ってきた。


「敵の数は数万。ケルン・カーンを先頭(ウトゥラヂュ)に、全軍揃って押し寄せてくる。まもなく前方に砂塵が見えよう」


承知した(ヂェー)。ハーンに伝えてくれ」


 キセイは頷くと、瞬く間(トゥルバス)に後方に駆け去る。モゲトはとりあえずその場に留まって次の指示を待つことにした。


 ヒィは報告を受けると、右翼(バラウン・ガル)からツジャンを呼んで(はか)った。ツジャンが言うには、


「エバは、ジュレンの出兵を知って攻め寄せてきたもの。ゆえに我々がすぐに退くと思っているでしょう。それを利用するのが上策かと」


「なるほど、それで?」


「西南に十里ほど行くと、カラ・トゥンと呼ばれる(ヂュブル)があり、伏兵には格好の地です」


 それを聞くと即座に計を悟り、ゾンゲルを呼んで何ごとか耳打ちした。喜んで退くと、一隊を率いて去る。また諸将が中軍に集められ、それぞれ策を授けられる。それがすむとナルモント軍は速度を上げて前軍に追いついた。


 モゲトがそれを知って駆けつける。


「まもなく敵が参りましょう」


「おお、ご苦労。これより全軍、丘を背にして布陣する。モゲト、お前は迷わず突撃せよ。奴らに奸智を弄する隙を与えてはならん。そして合図があれば、有利不利に関わらずすぐに退け。西南指して駆け続けよ」


承知(ヂェー)


 ナルモント軍は指示に従って布陣を()えた。何も知らぬ兵衆は今日こそセペート軍を叩き潰そうと闘志を燃やしている。


 やがて敵騎の巻き上げる砂塵が見えた。大軍である。みるみるその威容が全貌を現したかと思うと、ケルン・カーン率いる前軍が進み出た。中軍以下は、(デム)を整えはじめる。


 金鼓が轟く。同時にモゲトのタラント軍が突っ込んでいく。ケルン・カーンがこれを迎え撃ち、たちまちのうちに入り乱れて激しく戦いはじめた。エバ・ハーンはドブン・ベクに尋ねて言った。


「奴らの戦意は凄まじい。よもや留守の急を聞いておらんのではなかろうな」


「それはありえません。兵に知らせてないのでしょう。ヒィ・チノは内心帰還を焦っているはず。押していればいずれ浮足立つでしょう」


 エバはおおいに満足して、金鼓を打ち鳴らさせた。大喊声が挙がり俄かに勢いづく。それに押されたかのようにモゲトの攻勢が衰えた。


「オルサ軍を投入しろ。タラントの足が鈍った」


 ヒィ・チノの(カラ)をキセイが即座に伝える。再び金鼓が轟いて騎兵が繰り出される。こうして戦う(アヤラクイ)こと一刻以上に及んだ。


 セペートは勝利を確信して攻め立てる。一方、ナルモントの将はいつ退却の合図があるか気になって、徐々に勢いを失っていく。そこでヒィ・チノはついに決断を下した。


「もう少し戦ってからと思ったが、限界だ。退却の合図を!」


 銅鑼が打ち鳴らされると、諸将はほっとして退きはじめる。エバ・ハーンは(ガル)()って、


「見よ、退いていくぞ! 追撃だ、この(チャク)を待っていたわ!」


 大喜びで叫ぶと、激しく金鼓を鳴らさせた。応じて大喊声。全軍追撃態勢に転じて、どっと追い立てる。あまりの攻勢にナルモント軍は一時に(もろ)くなる。ヒィ・チノはそれを見て、


「やはりな。相当の被害を心せねばならぬわ。殿軍はツジャン以外には任せられん。キセイ、伝えよ!」


 キセイを送り出すと、中軍をまとめて退却に移る。


「カラ・トゥンをひと息に駆け抜けるぞ。それまで足を止めるな!」


 ナルモント軍は一斉に退却に転じる。独りツジャンの兵だけが丘の上に布陣して敵軍を待つ。追撃の先頭はもちろん金杭星(アルタン・ガダス)ケルン。兵を叱咤して一挙に丘を登ってくる。


「放て!」


 ツジャンの号令に応じて、無数の矢がケルンの軍を襲う。


「おお、敵はまだ戦意を失ってはいないぞ」


 少しく驚いて思わず手綱(デロア)を引く。そこへサトラン軍がわっと喊声を挙げて丘を駆け下る。そしてケルン軍を押し戻したかと思えば即座に退く。


「きっと名のある将が殿軍を務めているに違いない」


 そこに後続の部隊が続々と到着する。ケルンは(クチ)を得て、再び兵をまとめて攻め登る。


 ツジャンもまた矢で応戦したが、今度は敵のあまりの(おお)さに、丘を放棄して逃げだした。セペート軍もこれを追って丘を越える。ツジャンは巧みに兵をまとめて一糸乱れず退いていく。

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