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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
172/783

第四 三回 ④

ドブン・ベク奸人を説いて盟約を締結し

グルカシュ囚徒を(ほふ)りて将印を拝受す

 短い(ハバル)は過ぎ去り、(ゾン)になった。盟約どおり、ケルン・カーンが強兵三千騎を率いてやってきた。エバ・ハーンは大喜びでこれを迎えると、早速軍議を開いてナルモント攻略の策を練った。


 大略が定まると、ドブンは神都(カムトタオ)へ赴いてヒスワにそれを伝えた。かくして鎮氷河エバ、金杭星(アルタン・ガダス)ケルン、奸人ヒスワの連合は形を整え、あとは軍を興すばかりとなった。


 そのころ、ヒィ・チノ・ハーンも(エチゲ)(オソル)を討つべく、群臣を集めて協議を重ねていた。新たに編成された軍は総勢数万騎に達し、セペート部との(ソオル)に向けて調練に余念がない。


 しかしさすがのヒィ・チノも、エバが神都(カムトタオ)と結んだとは想像すらしていない。僅かにエバの娘のアラクチュが異族(カリ)(とつ)いだことを知っただけである。が、誰もそれを重要視しなかった。


 先に動いたのは、もちろんセペート部である。(にわ)かに千騎(ミンガン)の兵が渡河して、ナルモント部に従属するアラル氏を襲った。セペート軍は散々にアイルを荒らし回って、意気揚々と帰っていった。


 ヒィ・チノはおおいに怒り、全氏族(オノル)に出兵を命じる早馬(グユクチ)を発して言うには、


「これを機に父祖(ボルカイ)の恨みを晴らし、東原から仇敵(オソル)の名を消し去るのだ。北方の氏族(オノル)は舟を揃えよ。南方の氏族(オノル)は武具を集めよ。吉日を選んで渡河し、憎き鎮氷河の(アミ)の根を止めるのだ!」


 慌ただしく戦の準備が進められた。その間にも二度ほど(ブルガ)が襲来して舟を焼こうと試みたが、いずれも警戒していたので被害はなかった。しかしこれによりヒィの怒り(アウルラアス)は頂点に達した。


 ひと月後、(ようや)く渡河できる態勢が整った。集まったのは総勢五万の大軍。諸将に勅命(ヂャルリク)を下して、留守(アウルグ)にはアケンカム氏の五千騎を残し、北岸へと渡った。


 ナルモント軍渡河の報に接し、エバは待ってましたとばかりに軍を興して迎撃に出た。先鋒(アルギンチ)はケルン・カーンの三千騎、総勢はやはり五万騎。


小僧(ニルカ)め、誘いに乗りおったわ」


 エバ・ハーンは馬上でほくそ笑む。傍ら(デルゲ)のドブンが、


「密使がすでに神都(カムトタオ)へ走っています。機を見て、ジュレン軍一万騎(トゥメン)が奴らの留守を襲うでしょう」


「小僧のあわてる姿(カラア)(ニドゥ)に浮かぶわ」


「ヒィ・チノは己の武勇を(たの)み、怒りに任せて攻め込んできました。奴の命運(ヂヤー)もこれまでかと」


 主従はそう言って笑い合った。




 両軍が激突したのは、エルゲイ・トゥグと呼ばれる平原(タル・ノタグ)である。セペート軍が先に布陣を()え、次いでナルモント軍が威容を現した。盛大に金鼓が打ち鳴らされると、両軍の先鋒が進み出て相対した。


 セペート軍から出でたるは金杭星ケルン・カーン。革の鎧を身に(まと)い、兜には朱い(クシ)の羽が踊り、首には小鼠(クチュゲネ)の頭蓋骨を連ねた首飾りを掛け、面には戦化粧を施した恐ろしい姿。得物は重さ二十斤もあろうかという(カタン)の棍棒。


 かたやナルモント軍からはご存知タラント氏のモゲト。栗毛(ヂェールデ)(アクタ)颯爽(オキタラ)(また)がり、得物の(ヂダ)高々(ホライタラ)と掲げる。


 遠くそれを見たヒィは、傍らのキセイに言った。


「敵の先鋒は何ものだ。尋常のものではあるまい」


北の蛮族(ホイン・カリ)かと思われます。おそらくあれが鎮氷河の婿(グレゲン)でしょう。侮ってはいけません。蛮族には(すぐ)れた勇者(バアトル)が数多おります」


 これを聞いたヒィはせせら笑って、


「辺境でおとなしくしていればよいものを。己の選択を後悔させてやろう」


 再び金鼓が轟いて、両先鋒は馬腹を蹴って飛び出した。かくして東原の覇者を決める戦の幕は上がった。




 草原(ミノウル)はまさに乱世、すなわち前年にはヤクマン部とマシゲル部が争い、さらに一昨年にはウリャンハタ部、ジュレン部とジョルチ部が激しく戦ったばかり。今また新たに東原にてナルモント部とセペート部が干戈を交えることになった。


 そのころ、すでにヒィの渡河を知ったヒスワも出陣の(カラ)を下していた。ナルモント部の留守を護るのは僅か五千騎。それをジュレン軍一万騎が襲うことになる。


 まさに英傑(クルゥド)立ちて旧怨を新たにし、内に足らざれば外に求めてこれを討つといったところ。この戦により神箭将(メルゲン)はたちまち窮地に(おちい)るも、英才現れてこれを救うということになるのだが、ヒィ・チノはいかにして危難(アヨール)を逃れるか。それは次回で。

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