第四 三回 ④
ドブン・ベク奸人を説いて盟約を締結し
グルカシュ囚徒を屠りて将印を拝受す
短い春は過ぎ去り、夏になった。盟約どおり、ケルン・カーンが強兵三千騎を率いてやってきた。エバ・ハーンは大喜びでこれを迎えると、早速軍議を開いてナルモント攻略の策を練った。
大略が定まると、ドブンは神都へ赴いてヒスワにそれを伝えた。かくして鎮氷河エバ、金杭星ケルン、奸人ヒスワの連合は形を整え、あとは軍を興すばかりとなった。
そのころ、ヒィ・チノ・ハーンも父の仇を討つべく、群臣を集めて協議を重ねていた。新たに編成された軍は総勢数万騎に達し、セペート部との戦に向けて調練に余念がない。
しかしさすがのヒィ・チノも、エバが神都と結んだとは想像すらしていない。僅かにエバの娘のアラクチュが異族に嫁いだことを知っただけである。が、誰もそれを重要視しなかった。
先に動いたのは、もちろんセペート部である。卒かに千騎の兵が渡河して、ナルモント部に従属するアラル氏を襲った。セペート軍は散々にアイルを荒らし回って、意気揚々と帰っていった。
ヒィ・チノはおおいに怒り、全氏族に出兵を命じる早馬を発して言うには、
「これを機に父祖の恨みを晴らし、東原から仇敵の名を消し去るのだ。北方の氏族は舟を揃えよ。南方の氏族は武具を集めよ。吉日を選んで渡河し、憎き鎮氷河の息の根を止めるのだ!」
慌ただしく戦の準備が進められた。その間にも二度ほど敵が襲来して舟を焼こうと試みたが、いずれも警戒していたので被害はなかった。しかしこれによりヒィの怒りは頂点に達した。
ひと月後、漸く渡河できる態勢が整った。集まったのは総勢五万の大軍。諸将に勅命を下して、留守にはアケンカム氏の五千騎を残し、北岸へと渡った。
ナルモント軍渡河の報に接し、エバは待ってましたとばかりに軍を興して迎撃に出た。先鋒はケルン・カーンの三千騎、総勢はやはり五万騎。
「小僧め、誘いに乗りおったわ」
エバ・ハーンは馬上でほくそ笑む。傍らのドブンが、
「密使がすでに神都へ走っています。機を見て、ジュレン軍一万騎が奴らの留守を襲うでしょう」
「小僧のあわてる姿が目に浮かぶわ」
「ヒィ・チノは己の武勇を恃み、怒りに任せて攻め込んできました。奴の命運もこれまでかと」
主従はそう言って笑い合った。
両軍が激突したのは、エルゲイ・トゥグと呼ばれる平原である。セペート軍が先に布陣を了え、次いでナルモント軍が威容を現した。盛大に金鼓が打ち鳴らされると、両軍の先鋒が進み出て相対した。
セペート軍から出でたるは金杭星ケルン・カーン。革の鎧を身に纏い、兜には朱い鳥の羽が踊り、首には小鼠の頭蓋骨を連ねた首飾りを掛け、面には戦化粧を施した恐ろしい姿。得物は重さ二十斤もあろうかという鋼の棍棒。
かたやナルモント軍からはご存知タラント氏のモゲト。栗毛の馬に颯爽と跨がり、得物の槍を高々と掲げる。
遠くそれを見たヒィは、傍らのキセイに言った。
「敵の先鋒は何ものだ。尋常のものではあるまい」
「北の蛮族かと思われます。おそらくあれが鎮氷河の婿でしょう。侮ってはいけません。蛮族には卓れた勇者が数多おります」
これを聞いたヒィはせせら笑って、
「辺境でおとなしくしていればよいものを。己の選択を後悔させてやろう」
再び金鼓が轟いて、両先鋒は馬腹を蹴って飛び出した。かくして東原の覇者を決める戦の幕は上がった。
草原はまさに乱世、すなわち前年にはヤクマン部とマシゲル部が争い、さらに一昨年にはウリャンハタ部、ジュレン部とジョルチ部が激しく戦ったばかり。今また新たに東原にてナルモント部とセペート部が干戈を交えることになった。
そのころ、すでにヒィの渡河を知ったヒスワも出陣の命を下していた。ナルモント部の留守を護るのは僅か五千騎。それをジュレン軍一万騎が襲うことになる。
まさに英傑立ちて旧怨を新たにし、内に足らざれば外に求めてこれを討つといったところ。この戦により神箭将はたちまち窮地に陥るも、英才現れてこれを救うということになるのだが、ヒィ・チノはいかにして危難を逃れるか。それは次回で。