第四 一回 ②
獅子ムジカを訪ねて三傑盟を結び
神行ヒィを索めて神箭邦へ還る
ギィは妻の姿を認めるや、席の温まる暇もなくまた立ち上がる。駈け寄ってその手を取ると、
「アンチャイ!」
「……ギ、ギィ様!?」
さしものアンチャイもあまりに意外のことに声を失う。やがてみるみる眼に涙が満ちた。
「心配をかけてすまなかった。ムジカ殿のご厚意で帰れることになったぞ」
「まあ、何と無謀なことをなさるのでしょう。私は……」
二人とも感極まってか言葉が続かず、ただ見つめ合う。それを見て何となく気恥ずかしくなったチルゲイが、顔を赧めて叫んだ。
「とにかく座った、座った! 我らの居るところがないではないか!」
ギィは顧みてあわてて謝すと、アンチャイの手を引いて席に着け、自らももとの席に戻った。もちろんハリンにも席が与えられる。
「みなさまには何と礼を言えばよいか、とても言葉で語り尽くせるものではありません。もっと早く邂逅(注1)かなっていればと悔やまれてなりません」
ムジカは単純で心を動かされやすい質だったので、すでに目を真っ赤にして言うには、
「まったく同感です。良かった、良かった」
そして照れ隠しにぐいぐいと杯を傾ける。一同はまたまた大笑い。タゴサが側使いを呼んで、羊を一頭潰すように命じた。羊は特別な祝宴でしか口にできないごちそうである。みなわっと歓声を挙げる。
居並んだ十三人の好漢は、それぞれ満ち足りた気分で杯を傾けた。すべては定められた宿星の運行、上天の配剤であった。
宴も半ばに至るころには、ジョナンの諸将は獅子ギィの覇気に溢れた英邁な人柄にすっかり惚れ込んでしまった。そこでチルゲイとゴロは密かに諮って言った。
「ナルモント部のヒィ、ジョナン氏のムジカ、マシゲル部のギィと草原に冠たる英傑が揃ったところで、三人で盟友の誓いを交わしてはどうだろう」
これを聞いた一同は大喜びで、異を唱えるものは一人としてなかった。早速ナユテが祭壇を築いてテンゲリを祀り、ウリャンハタ部のチルゲイを証人として三人は盟友の誓いを交わした。言うには、
我ら三人、生年、出自は違えども
同じテンゲリに仕える身としてここに誓わん
ともに盟友となり、テンゲリに替わりて道を行い
互いに翼け合わん
もしこの誓いを破らば
血は瞬時に沸騰し
子々孫々に至るまで災いあれ
もしこの誓いに違えば
髪はたちまち矢となりて
我が喉を貫け
我らが絆をカオロンの逆流するまで
解くなかれ
我らが志を天地の覆るまで
裂き破るなかれ!
そうしてセルヂム(潅奠儀礼)(注2)すると、また互いの肘に傷をつけ、血を杯に垂らして交互に飲み干した。居並ぶ好漢は快哉を叫んでこれを祝した。
このヒィ・チノ、ムジカ、ギィの三人は、のちにもう一人を加えて「草原の四傑」と讃えられるようになる。しかしそれはまだまだ先の話。ともかくこのときの誓いは、その地名を取って、
「チェウゲン・チラウンの盟」
と呼ばれる。奇しくもチェウゲン・チラウンとは「堅き石」の意であったが、これもテンゲリのおおいなる意思であろう。十三人の好漢は夜が更けるまで飲み交わしたが、くどくどしい話は抜きにする。
さて、明けて翌日、チルゲイらのゲルにマクベンが勢い込んでやってきた。
「いつまで寝てるんだ! ヒィ殿はおらぬか!」
ミヤーンとナユテははっと目を覚まして辺りを見廻したが、ヒィの姿は見えない。チルゲイはまだ夢の中。
「どうしたんだ、あわてて……」
ナユテが問えば、
「先ごろナルモント部より人が来て、至急ヒィ殿に会いたいと云うのだ。何やら火急の用件らしいが、どこに行ったか判らぬか」
二人は揃って首を捻る。そのときチルゲイがやっと目を覚まして、顔だけマクベンに向けて言うには、
「獅子殿と遠駆けにでも行ったのではないか。まったく朝から騒々しい。酒も抜けてないというのに困ったものだ」
むくりと起き上がると、大きく伸びをして、
「どれ、そのナルモントの使者とやらを見に行くか」
とてさっさと表に出る。マクベンはあわててこれを追った。
(注1)【邂逅】思いがけなく巡り会うこと。
(注2)【セルヂム(潅奠儀礼)】潅奠。酒に浸した薬指を弾いて、天地人に捧げる習俗。インジャとナオルの誓いは第 四 回①を、インジャとトシ・チノの誓いは第二 八回①を参照。