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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
162/783

第四 一回 ②

獅子ムジカを訪ねて三傑盟を結び

神行ヒィを(もと)めて神箭邦へ還る

 ギィは(エメ)姿(カラア)を認めるや、席の温まる暇もなくまた立ち上がる。駈け寄ってその(ガル)を取ると、


「アンチャイ!」


「……ギ、ギィ様!?」


 さしものアンチャイもあまりに意外のことに(ダウン)を失う。やがてみるみる(ニドゥ)に涙が満ちた。


「心配をかけてすまなかった。ムジカ殿のご厚意(エルゲン・セトゲル)で帰れることになったぞ」


「まあ、何と無謀なことをなさるのでしょう。私は……」


 二人とも感極まってか言葉(ウゲ)が続かず、ただ見つめ合う。それを見て何となく気恥ずかしくなったチルゲイが、(ヌル)(あから)めて叫んだ。


「とにかく座った、座った! 我らの居るところがないではないか!」


 ギィは顧みてあわてて謝すと、アンチャイの手を引いて席に着け、自らももとの席に戻った。もちろんハリンにも席が与えられる。


「みなさまには何と礼を言えばよいか、とても言葉で語り尽くせるものではありません。もっと早く邂逅(かいこう)(注1)かなっていればと悔やまれてなりません」


 ムジカは単純で(セトゲル)を動かされやすい(たち)だったので、すでに目を真っ赤にして言うには、


「まったく同感です。良かった、良かった」


 そして照れ隠しにぐいぐいと杯を傾ける。一同はまたまた大笑い。タゴサが側使い(エムチュ)を呼んで、(シレグ・イルゲ)一頭(ボド)潰すように命じた。羊は特別な祝宴でしか(アマン)にできないごちそう(シュース)である。みなわっと歓声を挙げる。


 居並んだ十三人の好漢(エレ)は、それぞれ満ち足りた気分で杯を傾けた。すべては定められた宿星(オド)の運行、上天(テンゲリ)の配剤であった。


 宴も半ばに至るころには、ジョナンの諸将は獅子(アルスラン)ギィの覇気に溢れた英邁な人柄にすっかり惚れ込んでしまった。そこでチルゲイとゴロは密かに(はか)って言った。


「ナルモント部のヒィ、ジョナン氏のムジカ、マシゲル部のギィと草原(ミノウル)に冠たる英傑(クルゥド)が揃ったところで、三人で盟友(アンダ)の誓いを交わしてはどうだろう」


 これを聞いた一同は大喜びで、異を唱えるものは一人としてなかった。早速ナユテが祭壇(シトゥエン)を築いてテンゲリを(まつ)り、ウリャンハタ部のチルゲイを証人として三人は盟友(アンダ)の誓いを交わした。言うには、



  我ら三人、生年、出自(ウヂャウル)は違えども

  同じテンゲリに仕える身としてここに誓わん

  ともに盟友(アンダ)となり、テンゲリに替わりて道を行い

  互いに(たす)け合わん


  もしこの誓いを破らば

  (ツォサン)瞬時(トゥルバス)に沸騰し

  子々孫々に至るまで災いあれ


  もしこの誓いに(たが)えば

  髪はたちまち矢となりて

  我が(ホオライ)を貫け


  我らが(ヂャンギ)をカオロンの逆流するまで

  解くなかれ(ブー・タルトクン)

  我らが(オロ)を天地の(くつがえ)るまで

  裂き破(ブー・タム)るなかれ(トゥルトクン)



 そうしてセルヂム(潅奠(かんてん)儀礼)(注2)すると、また互いの肘に傷をつけ、血を杯に垂らして交互に飲み干した。居並ぶ好漢は快哉を叫んでこれを祝した。


 このヒィ・チノ、ムジカ、ギィの三人は、のちにもう一人を加えて「草原(ミノウル)(ドルベン)(・クルゥド)」と讃えられるようになる。しかしそれはまだまだ先の話。ともかくこのときの誓いは、その地名を取って、


「チェウゲン・チラウンの盟」


 と呼ばれる。()しくもチェウゲン・チラウンとは「堅き石」の意であったが、これもテンゲリのおおいなる意思(オロ)であろう。十三人の好漢は夜が()けるまで飲み交わしたが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて、明けて翌日、チルゲイらのゲルにマクベンが勢い込んでやってきた。


「いつまで寝てるんだ! ヒィ殿はおらぬか!」


 ミヤーンとナユテははっと目を覚まして辺りを見廻したが、ヒィの姿は見えない。チルゲイはまだ夢の中。


「どうしたんだ、あわてて……」


 ナユテが問えば、


「先ごろナルモント部より人が来て、至急ヒィ殿に会いたいと云うのだ。何やら火急の用件らしいが、どこに行ったか判らぬか」


 二人は揃って首を捻る。そのときチルゲイがやっと目を覚まして、顔だけマクベンに向けて言うには、


「獅子殿と遠駆けにでも行ったのではないか。まったく朝から騒々しい。(ボロ・ダラスン)も抜けてないというのに困ったものだ」


 むくりと起き上がると、大きく伸びをして、


「どれ、そのナルモントの使者とやらを見に行くか」


 とてさっさと表に出る。マクベンはあわててこれを追った。

(注1)【邂逅(かいこう)】思いがけなく巡り会うこと。


(注2)【セルヂム(潅奠儀礼)】潅奠(かんてん)(ボロ・ダラスン)(ひた)した薬指を(はじ)いて、天地人に捧げる習俗。インジャとナオルの誓いは第 四 回①を、インジャとトシ・チノの誓いは第二 八回①を参照。

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