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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
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第四 〇回 ④

ナユテ疑を排して獅子を西南に(もと)

ギィ漢を迎えて気魄を胸宇に復す

 いかなる罰も甘受するつもりで神妙に平伏していたところ、ギィはやっと(アマン)を開いて、静か(ヌタ)に言った。


「そうか、やはりバラウンが叛したわけではなかったのだな。それが判って良かった。二人とも(ヌル)を上げて席に着かれよ」


「しかし……」


 意外な言葉(ウゲ)狼狽(うろた)えて、ナユテが口籠ると、


「気にするな。計略にかかったのはバラウンの失策(アルヂアス)いや(ブルウ)、大任を授けた私の失策だ。君たちが謝ることではない。そうか、それにしても見事にしてやられたわ」


 そしてついには(ダウン)を挙げて笑いだす。二人はますます恐縮して、


「我らのおかげでギィ殿は……」


 すると笑い収めて言った。


「そんなことを言うのか。君たちは当時はジョナン氏の(ヂョチ)、私とは面識もなかったではないか。ムジカのために知恵を尽くすのは当然だ。ムジカは良いときに良い客を得ていた。それだけのことだ」


 チルゲイとナユテは幾度も叩頭して謝し、その都度助け起こされた。(ようや)くゲルを辞す段になって、さらにギィが言うには、


「ヒィ・チノから聞いたが、アンチャイを守るために奇人殿が知恵を出してくれたとか。感謝するぞ。なぜなら君の知恵は公平に使われたからだ。勝敗は兵家の常、気に病むことはない」


 二人はさらに重ねて謝してから己のゲルに戻ると、ヒィが居たので早速事の次第を話せば、


「ほう、ギィはすっかり本復したな。獅子(アルスラン)の名が(あらわ)れるのもそう遠いことではあるまい」


 ナユテが安堵の息を吐きながら言った。


「まったく。迷ったが話してよかった。ミヤーンがだいぶ懸念していたが無用(ヘレググイ)だったな」


 ミヤーンはしきりに感心して、


「マルナテク・ギィとは思った以上の人物だな。恐れ入った」


 黙っていたチルゲイが不意に立ち上がって叫んだ。


「報いよう! 好漢(エレ)たるもの、これに報いずにおれようか!」


「わかった、わかったから座れ。そうは言うが、いったいどうするのだ」


 ヒィが尋ねれば、


「判りきったことを。ムジカのもとに戻るぞ。さあ、用意しろ!」


「相変わらず先走る奴だ。それがなぜギィに報いることに……。そうか!」


「おお、さすがはヒィ、察しが良い。そう(ヂェー)、ムジカに説いてアンチャイをギィに返させるのだ」


「いいぞ、いいぞ」


 二人でおおいに盛り上がる。ミヤーンは呆れるばかり。ナユテが苦笑して、


「では北上はまた先になるな」


「それよりこっちだ! よし、早速ギィに伝えよう」


 チルゲイとヒィはゲルを飛び出した。脇目も振らずにギィのゲルに飛び込むと、勢い込んでこれを話す。ギィは驚き、また困惑しつつ言った。


「客人にそんな足労をかけるなど……」


「いやいや、やりたいからやるのだ。異存はないな」


 ヒィが言えば、


「それはアンチャイが戻ると聞けば嬉しいことこの上ない。ただ私は知ってのとおりすべてを失い、ムジカへの贈物(サウクワ)も用意できぬ」


「そんなものが必要あるか! とにかく……」


「待て」


 ギィは(はや)るヒィを制すると、じっと考えてから言った。


「ひとつ提案がある」


「何だ?」


「私も行こう」


 これにはさすがのチルゲイとヒィも、腰を浮かさんばかりに驚いた。


「何と! ギィも行くと言ったのか?」


そうだ(ヂェー)。危ないか? ムジカというのは私を(とら)えて功とする程度の男かな」


 二人の反応を楽しむように言えば、無論あわてて首を振る。ヒィが大声で、


いや(ブルウ)、そんなことするものか。しかし驚いた。これを聞いて驚かぬものがどこにあろうか」


 チルゲイも興奮して言った。


「ははは、ゴロあたりが何と言うか! 行こう、行こう。気に入ったぞ」


 三人で明朝発つことを決めてしまうと、みなを呼んでこれを伝えた。ゴロとコルブは驚愕してすぐにはものも言えぬ有様。やがてゴロが眉間に皺を寄せて諫めた。


「自ら好んで危地(アヨール)に飛び込むことはあるまい。いくらムジカが好漢といっても下々のもの(カラチュス)までは量れぬぞ。何が起こるか判らん」


 ギィは屈託なく笑って、


「アンチャイを返してもらうのだ、誠意(チン)を示さぬわけにもいくまい。ヒィとチルゲイは何も要らぬと言うのだが、それでは私の気がすまない」


 コルブが進み出て言った。


「私も参ります。有事の際には身を(ハルハ)にしてお護りします」


いや(ブルウ)、君はここに残ってアイルをまとめておいてほしい」


 ゴロ・セチェンは腕を組んで考えていたが、言うには、


「私が行く。それなら良かろう」


「もちろん。ではヒィら四人とともにムジカに会いに行こう」


 くどくどしい話は抜きにして、翌朝六人は不安顔の将兵たちに見送られて出発した。ヒィらが驚いたことにはケルテゲイ・ハルハにも(アクタ)が通れる(モル)があり、いつもは巧妙に隠蔽されていた。覆いが除かれ、六騎は草原(ケエル)へと下りていく。


 こうしてアンチャイを迎えるべくギィを先頭に六人の好漢がジョナン氏のアイルへと向かった。このことから獅子は義将と交わって雌雄うち揃い、代わって一虎が道を分かって巣へ帰るということになる。果たしてギィは首尾よくアンチャイを連れて帰ることができるか。それは次回で。

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