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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
16/783

第 四 回 ④ <ハレルヤ、タンヤン登場>

ハクヒ(なみだ)して族史を語り宿命を悟らせ

インジャ初めて草原に戦い魔軍を走らす

「望見するに、ダルシェの隊列(ヂェルゲ)は乱れております。きっとこちらが抵抗するなど微塵も考えていないのでしょう。そこに隙があろうかと思います。ひとつ策を用いましょう」


「言ってみろ」


「捕虜を(ハルハ)にしましょう。我々はその後方に密集し、(ブルガ)の近づくのを待って斉射を行うのです。思わぬ反撃を受ければ、いくらダルシェとはいえ怯む(カルタリル)はず。その隙に二手に分かれて包囲(ボソヂュ)してしまうのです」


「なるほど」


「幾らか戦ったら、頃合いを見て退きましょう。ただ(ノロウ)を向ければ壊滅は(まぬが)れません。一撃を与えて退くのが最良かと存じます」


 すぐさまゴルタが反対(ブルウ)の声を挙げる。


「危なすぎる! ここはとにかく逃げましょう。奴らが戦利品(オルヂャ)(オロ)を奪われているうちに遠く離れうるでしょう」


 インジャはつと(ニドゥ)を閉じたが、次の瞬間には心を決めていた。


「ナオルの策を採る。捕虜を前に、我々は後方にて斉射の構え。右翼(バラウン・ガル)はゴルタ殿とマタージ殿、左翼(ヂェウン・ガル)は私とナオル。攻撃、撤退の合図に銅鑼を鳴らす。必ず銅鑼を待って動け。ひとたび動いたら迷うことなかれ」


 もはや議論している猶予もなく、ゴルタもやむなく従う。すばやく陣形(バイダル)を整えると、ダルシェを迎え撃つ。一列に繋がれた捕虜は逃げることもかなわず、目を白黒させている。


 すでにダルシェ軍は目前である。

 ゴルタが()れて叫ぶ。


「まだですか!」


「まだまだ」


 インジャは泰然として動かない。ダルシェの先鋒(アルギンチ)がいよいよ捕虜の(へレム)に達し、これを踏み越えようとした瞬間、


「今だ! 撃て!」


 銅鑼が割れんばかりに打ち鳴らされ、一斉に矢が放たれる。さらにまた銅鑼。四百騎はたちまち両翼に分かれて、()()に襲いかかる。


 ダルシェは近年、無人の野を行くがごとく諸氏族(オノル)を蹂躙してきたため、想定外の反撃に虚を衝かれる。乱戦となり、インジャが、ナオルが、マタージが、ゴルタが、縦横無尽に駆け回る。


 先に背を向けたのは何とダルシェのほうであった。続々と戦場から離脱(アンギダ)していく。ダルシェの騎兵の一人が去り際にインジャに声をかけた。見れば、


 身の丈は八尺を優に超え、褐色(ダイル)の肌に漆黒(ハラ)の髪、身のこなしは天翔ける(チノ)、眼の輝きは飢えた(カブラン)(ガル)には刃渡り三尺の青龍刀、(アクタ)は日に千里を駆ける駿馬(クルゥグ)、まさに天下無双の堂々たる豪傑(バアトル)


「お前は何ものだ。名を聞かせよ」


「我が名は、フドウ氏のインジャ」


「覚えておこう」


壮士(エレ)の名は?」


 騎兵は(アマン)(ゆが)めて笑うと、


「ハレルヤ。また戦場で会うこともあろう」


 そう言い残して去っていく。ハレルヤと名乗った将も若かった。しばらく去り行く後ろ姿に目を止めていると、マタージが来て言うには、


「敵は去りましたぞ。深追いせずに矛を収めましょう」


「よし、銅鑼だ」


 我に返って指示を出す。思わぬ勝利にゴルタはいまだに信じられないといった面持ちで言うには、


「インジャ殿、お見事でした。まさかあのダルシェを撃退できるとは……」


「ほっとするのはまだ早いですぞ。今は奇襲が偶々(たまたま)功を奏しただけのこと。急いで撤退しましょう」


 軍をまとめると、生き残った捕虜と戦利品を集めて帰路を急ぐ。




 無事にアイルに戻ってハーンに報告すれば、おおいに喜んでこれを賞した。ゴルタがダルシェに襲われた顛末(ヨス)を話すと、一人として感嘆せぬものはなかった。


 初陣でダルシェを退けた話はたちまち諸方に伝わり、フドウ氏のインジャの武名は近隣(サーハルト)に轟いた。まずはエジシの進言どおりといったところ。


 それから少しずつフドウの民と称するものが投じてくるようになった。ベルダイ氏やマシゲル部に加わっていたものもあれば、(バリク)に隠れていたもの、あるいは山賊(ヂェテ)まがいのことをしていたものまであったが、インジャは誰でも快く受け容れた。


 こうしてたちまちのうちにインジャの麾下には四、五百戸もの人衆(ウルス)が集まった。


 タロト部のうちには、その急成長を危険視するものもあったが、ジェチェンは気にも留めなかった。インジャもまた(バルアナチャ)を率いて、ハーンのために幾度か武功を挙げたので、ますますその名は高まった。




 エジシが一人の壮士を伴ってやってきたのは、まもなく(ナマル)に差しかかろうというある(ウドゥル)のこと。挨拶を交わすと早速紹介して、


「インジャ殿に引き合わせようと思って連れてきました。タムヤのクウイ夫妻の長子、タンヤンです。インジャ殿の下で使っていただこうと夫妻が寄越したのです」


 見れば、


 身の丈は八尺を超えようという大男。髪は逆立ち、(マグナイ)(ひろ)く、眼は輝き、口は大きく、何とも不敵な面構え。


 傍ら(デルゲ)のハクヒが、


「あのクウイの……。何とも勇士ですな」


「クウイとは何ものか」


 インジャが尋ねたので十六年前の経緯(ヨス)を話せば、少なからず(セトゲル)を動かす。エジシがにこやかに笑いつつ、


「クウイ殿は近ごろ(おこり)を患っておりまして、駆けつけようにもままならず、代わりにご子息を()ることにしたのです」


「そうか、タンヤンとやら。心強く思うぞ。ともに大事を成し遂げよう」


 声をかければ、拱手して答えて、


「何なりとお申しつけください」


 かくしてまた麾下に新たな人材が加わった。そのあとはお決まりの宴となったが、杯がひと(めぐ)りするかしないかというころにナオルがやってきた。一同喜んでこれも席に着かせたが何やら浮かない様子。見かねてエジシが尋ねた。


「いったいどうしたのです? 何かありましたか」


「実は……」


 ナオルが(フムスグ)(ひそ)めて語り出したことから、英雄は時宜を得て大鵬(ハンガルディ)の翼下より飛び立ち、十年ぶりに城下に(エケ)と再会するということになるのだが、さてナオルは何と言ったか。それは次回で。

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