第四 〇回 ②
ナユテ疑を排して獅子を西南に索め
ギィ漢を迎えて気魄を胸宇に復す
占卜の卦が出たので、ヒィ・チノが溌剌として言うには、
「見事! さあ、コルブ殿、西南へ参ろう」
しかしコルブは眉を顰めて、
「たしかに卦は西南とのこと、しかし……」
チルゲイがその背を叩いて言うには、
「案ずるな、案ずるな。ナユテの卦を信じよ! さあさあ、出発だ。『名匠の矢も放たねば中たらぬ』と謂うではないか。とにかく行ってみよう、獅子が見つからなければそのときまた考えるさ!」
コルブはしぶしぶながら了承する。野盗どもに告げると、みな随おうとしたが、押し止めて残していくことにした。準備が整うと大勢の見送りを背に出立する。
道中は飢えては喰らい、渇いては飲み、暮れては休み、明けては発つお決まりの行程。格別のこともなく三日目となった。進んでいくと、前方から猟師が来るのに出逢ったのでチルゲイが、
「おい、ここは何というところだ」
と尋ねれば、答えて、
「ケルテゲイ・ハルハ(険しい盾の意)じゃ。聞きしに勝る難所だから、越えるなら明るいうちに越えな」
それを聞いてヒィ・チノが、
「ははあ、まさに『険にして阻、天高く地深きところ。剣を捨て、盾にて守り、人を離れ、獣と親しむ』の卦にぴったりだ。きっとこの奥にいるに違いないぞ」
猟師に礼を言うと、誰もが胸躍らせつつ馬を急かせた。次第に道は細く、険しくなっていく。辛うじて辿れる路上には、ごろごろと岩が転がっていて、馬を進めるのもひと苦労。
やがて急な勾配に差しかかったところで、もはや騎乗のままではいかんともしがたくなった。
「馬を降りよう」
そうヒィが提案すれば、コルブがぼやいて言った。
「まことにこんなところにギィ様がいるのか……」
それを耳にしたチルゲイが叱咤して言うには、
「難所だからこそ身を隠すには好いのではないか。ナユテの卦は絶対さ。主君に会いたくないのか」
「そんなことはない。よし、進もう」
憤然として真っ先に馬を降りると、逃げないように繋いで小道に分け入った。四人がそれに続く。行くこと数里、先頭を行くコルブが大声で叫んだ。
「ああっ!」
「どうした!?」
チルゲイがあわてて問えば、
「見よ、アイルだ」
四人は押し合いながら、その肩越しに指差すほうを見ると、彼方にゲルの群れがあった。微かに見える旗はまさしくあの金獅子旗。
みな歓声を挙げて駈けだした。疲れも何のその、足が二本しかないのを悔やみながら駈けに駈けていくと、偶々そこにいた大男がおおいに驚いて、
「あっ、コルブ様!」
それこそかつての野盗、夜雷公のジュド(注1)。さらにその声を聞きつけて、ゲルから幾人もの人衆がばらばらと走り出て、口々にコルブの名を叫びながら集まってくる。一人一人に頷き返してから言うには、
「ギィ様はおられるか! コルブが参ったと伝えてくれ」
わっと歓声が巻き起こる。その騒ぎを聞いて、獅子ギィは誰かが呼びに行くまでもなく表に出てきた。コルブの姿を認めると、莞爾と微笑んだ。コルブもまたおおと声を漏らすと、まっすぐに主君のもとに駈け寄った。拱手して言うには、
「遅ればせながら、あとを追って参りました」
「ご苦労。君にはすまないことをした。よくぞ駆けつけてくれた」
そこでコルブははっとして、
「彼らがここまで導いてくれたのです」
そう言ってヒィら四人を指せば、ギィはおおいに驚いて、
「ヒィ・チノではないか! ヤクマンにいたのではないのか」
四人はおもむろに拱手すると、ヒィが一歩進み出て言った。
「先日は失礼した。獅子を訪ねてくる途中、コルブ殿と遇ったので行をともにしてまいった。こちらは我が兄弟、まずは……」
紹介しようとするのを制して、
「ウリャンハタ部カオエン氏のチルゲイと申します。陣中に獅子殿の姿を拝見してより、お会いするのを楽しみにしておりましたぞ」
ナユテ、ミヤーンもそれに続いて挨拶する。ギィは突然の来客に惑いながらも、これをゲルへ迎え入れた。そして側使いにゴロを呼んでくるよう命じる。ゴロはすぐにやってきたが、入ってくるなりギィに耳打ちして、
「警戒したほうがよい。真意が奈辺にあるか、しかと確かめるべきだ」
と、チルゲイが卒かにからからと笑いだした。ゴロはむっとしてこれを睨みつける。チルゲイが言うには、
「我々を密偵と疑うなら、それは無用の心配というものです。先日は偶々ジョナン氏の客として従軍したものの、本来我々はマシゲルに何の恨みもありません。すでにジョナンを辞したからには貴殿らを謀る道理もない。ただただ名高い獅子殿と交わりを結ぶべくやってきたのです」
さらに言葉を継いで、
「貴殿は察するにゴロ殿とお見受けいたす。さすがは知恵者と称されるだけのことはある。いきなり注意を促すあたり、なかなか喰えぬ人らしい」
そしてまたからからと笑う。ゴロは気分を害して何か言いかけたが、挑発には乗るまいと自重したのか、
「客人に対して失礼をした。とはいえ我々の現状を鑑みれば、当然のことと理解していただけよう」
チルゲイはたちまち笑いを収めると言った。
「もちろん! こちらこそ失礼いたしました。当然疑って然るべきです。しかしまことにテンゲリに誓って他意なき訪問。我々は天下の好漢と交わりを結ぶ旅の途上なのです」
そしてこれまでのことを簡略に述べれば、ギィもゴロも次第に耳を傾ける。
(注1)【夜雷公のジュド】かつて神都を追われたゴロを襲った野盗の首領。第一 五回①参照。