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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
158/783

第四 〇回 ②

ナユテ疑を排して獅子を西南に(もと)

ギィ漢を迎えて気魄を胸宇に復す

 占卜の卦が出たので、ヒィ・チノが溌剌として言うには、


「見事! さあ、コルブ殿、西南へ参ろう」


 しかしコルブは(フムスグ)(ひそ)めて、


「たしかに卦は西南とのこと、しかし……」


 チルゲイがその(ノロウ)を叩いて言うには、


「案ずるな、案ずるな。ナユテの卦を信じよ! さあさあ、出発だ。『名匠の矢も放たねば()たらぬ』と謂うではないか。とにかく行ってみよう、獅子(アルスラン)が見つからなければそのときまた考えるさ!」


 コルブはしぶしぶながら了承する。野盗(ヂェテ)どもに告げると、みな(したが)おうとしたが、押し止めて残していくことにした。準備が整うと大勢の見送りを背に出立する。


 道中は飢えては喰らい、渇いては飲み、暮れては休み、明けては発つお決まりの行程。格別のこともなく三日目となった。進んでいくと、前方から猟師が来るのに出逢ったのでチルゲイが、


「おい、ここは何というところだ」


 と尋ねれば、答えて、


「ケルテゲイ・ハルハ(険しい盾の意)じゃ。聞きしに勝る難所だから、越えるなら明るいうちに越えな」


 それを聞いてヒィ・チノが、


「ははあ、まさに『険にして阻、(テンゲリ)高く(エトゥゲン)深きところ。(ウルドゥ)を捨て、(ハルハ)にて守り、人を離れ、(アラアタヌイ)と親しむ』の卦にぴったりだ。きっとこの奥にいるに違いないぞ」


 猟師に礼を言うと、誰もが胸躍らせつつ(アクタ)()かせた。次第に(モル)は細く、険しくなっていく。辛うじて辿れる路上には、ごろごろと(グル)が転がっていて、馬を進めるのもひと苦労。


 やがて急な勾配に差しかかったところで、もはや騎乗のままではいかんともしがたくなった。


「馬を降りよう」


 そうヒィが提案すれば、コルブがぼやいて言った。


「まことにこんなところにギィ様がいるのか……」


 それを(チフ)にしたチルゲイが叱咤して言うには、


「難所だからこそ身を隠すには好いのではないか。ナユテの卦は絶対さ。主君(エヂェン)に会いたくないのか」


「そんなことはない。よし、進もう」


 憤然として真っ先に馬を降りると、逃げないように繋いで小道に分け入った。四人がそれに続く。行くこと数里、先頭を行くコルブが大声で叫んだ。


「ああっ!」


「どうした!?」


 チルゲイがあわてて問えば、


「見よ、アイルだ」


 四人は押し合いながら、その肩越しに指差すほうを見ると、彼方にゲルの群れがあった。微かに見える(トグ)はまさしくあの金獅子旗(アルタン・アルスラン)


 みな歓声を挙げて駈けだした。疲れも何のその、(フル)が二本しかないのを悔やみながら駈けに駈けていくと、偶々(たまたま)そこにいた大男がおおいに驚いて、


「あっ、コルブ様!」


 それこそかつての野盗、夜雷公のジュド(注1)。さらにその(ダウン)を聞きつけて、ゲルから幾人もの人衆(ウルス)がばらばらと走り出て、口々にコルブの名を叫びながら集まってくる。一人一人に頷き返してから言うには、


「ギィ様はおられるか! コルブが参ったと伝えてくれ」


 わっと歓声が巻き起こる。その騒ぎを聞いて、獅子ギィは誰かが呼びに行くまでもなく表に出てきた。コルブの姿(カラア)を認めると、莞爾と微笑んだ。コルブもまたおおと声を漏らすと、まっすぐに主君のもとに駈け寄った。拱手して言うには、


「遅ればせながら、あとを追って参りました」


「ご苦労。君にはすまないことをした。よくぞ駆けつけてくれた」


 そこでコルブははっとして、


「彼らがここまで導いてくれたのです」


 そう言ってヒィら四人を指せば、ギィはおおいに驚いて、


「ヒィ・チノではないか! ヤクマンにいたのではないのか」


 四人はおもむろに拱手すると、ヒィが一歩進み出て言った。


「先日は失礼した。獅子を訪ねてくる途中、コルブ殿と()ったので行をともにしてまいった。こちらは我が兄弟、まずは……」


 紹介しようとするのを制して、


「ウリャンハタ部カオエン氏のチルゲイと申します。陣中に獅子殿の姿を拝見してより、お会いするのを楽しみにしておりましたぞ」


 ナユテ、ミヤーンもそれに続いて挨拶する。ギィは突然の来客に惑いながらも、これをゲルへ迎え入れた。そして側使い(エムチュ)にゴロを呼んでくるよう命じる。ゴロはすぐにやってきたが、入ってくるなりギィに耳打ちして、


「警戒したほうがよい。真意(カダガトゥ)が奈辺にあるか、しかと確かめるべきだ」


 と、チルゲイが(にわ)かにからからと笑いだした。ゴロはむっとしてこれを睨みつける。チルゲイが言うには、


「我々を密偵と疑うなら、それは無用(ヘレググイ)の心配というものです。先日は偶々(たまたま)ジョナン氏の(ヂョチ)として従軍したものの、本来我々はマシゲルに何の恨みもありません。すでにジョナンを辞したからには貴殿らを謀る道理(ヨス)もない。ただただ名高い(ネルテイ)獅子殿と交わりを結ぶべくやってきたのです」


 さらに言葉(ウゲ)を継いで、


「貴殿は察するにゴロ殿とお見受けいたす。さすがは知恵者(セチェン)と称されるだけのことはある。いきなり注意を(うなが)すあたり、なかなか喰えぬ人らしい」


 そしてまたからからと笑う。ゴロは気分を害して何か言いかけたが、挑発には乗るまいと自重したのか、


「客人に対して失礼をした。とはいえ我々の現状を(かんが)みれば、当然のことと理解していただけよう」


 チルゲイはたちまち笑いを収めると言った。


「もちろん! こちらこそ失礼いたしました。当然疑って然るべきです。しかしまことにテンゲリに誓って他意なき訪問。我々は天下の好漢(エレ)と交わりを結ぶ旅の途上なのです」


 そしてこれまでのことを簡略に述べれば、ギィもゴロも次第に耳を傾ける。

(注1)【夜雷公のジュド】かつて神都(カムトタオ)を追われたゴロを襲った野盗(ヂェテ)の首領。第一 五回①参照。

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