表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻三
157/783

第四 〇回 ①

ナユテ疑を排して獅子を西南に(もと)

ギィ漢を迎えて気魄を胸宇に復す

 ヒィ・チノ、チルゲイ、ナユテ、ミヤーンの四人はムジカのもとを辞し、再び旅に出た。途中、ギィを捜して踏み込んだ険阻(ケルテゲイ)(ガヂャル)山賊(ヂェテ)らしき一団に襲われたが、その首領はギィの名を聞くと俄かに礼を尽くして四人を塞に招いた。


 あとについてしばらく行くと、やがて彼らの塞に到着する。塞といっても少し平らな土地(コソル)にゲルを並べただけの簡素なものであったが、入口を除く三方が岩壁に囲まれていて、うまく彼らの所在を隠している。


 男は四人をゲルに迎え入れると、席を勧めて酒食を運ばせた。すべて用意が調(ととの)うと改めて言うには、


「多くの失礼(ヨスグイ)、お(ゆる)しを。野盗の類とてたいしたおもてなしはできませんが、どうぞ旅の疲れを癒してください」


 ヒィが不思議に思って、


好漢(エレ)はいったいどういう方ですか。なぜマルナテク・ギィの所在を知りたいのですか」


 すると溜息を吐いて語りはじめた。


「実は私はマシゲルの上将だったコルブというもの。先の敗戦において、本隊と離れてアイルへ急を報せに行ったのですが、すでにアイルはヤクマン軍に接収されていたのです。やむなくギィ様に合流(ベルチル)しようと(アクタ)を返したのですが、どうやらギィ様は(モル)()えたらしく、行けども行けども馬一頭見当たりません。必死で踏み跡(カウルガ)を追っているうちに、いつの間にかこの地に至りました。とうに(オス)食糧(イヂェ)も尽き、朦朧としながら馬を歩ませていきますと、『盤頭鼠』のグユカと名乗る野盗に襲われました」


 そこでひと口、(ボロ・ダラスン)を含むと、再び(アマン)を開いて、


「しかし私はかりにもマシゲルの上将、いささか武芸の覚えもありましたのでこれを射殺したところ、雑兵どもが喜んで言うには、『あの男にはみな酷い目に遭わされていました。しかし奴は(クチ)が強くて誰も逆らえなかったのです。今日あなたが殺して(アラハ)くれて一同(ナラン)を仰ぎ見る気持ちです。どうか我らの(エルキム)になってください』とのこと。何度も断ったのですがあまりに熱心に頼むので、それでは主君(エヂェン)が見つかるまでと、こうして恥ずかしながら山賊に身を(やつ)しているというわけです。みなさま、どうか哀れな凡将をお笑いにならぬよう、お願いします」


 これを聞いて四人は笑うどころか、感心するやら驚くやらで言うべき言葉(ウゲ)も知らない有様。替わって四人が語る番、そこでチルゲイが言うには、


「我々はそれぞれ生まれも素性(ウヂャウル)も違うのですが、偶々(たまたま)意気投合して、天下の好漢と交わりを結ぶべく旅をしているものです。実は先ごろまでジョナン氏のアイルを騒がせており、マシゲルとの(ソオル)にも従軍しておりました。そこでギィ殿の英傑(クルゥド)ぶりを拝見し、是非お会いしたいとてまた旅路に就いたというわけです」


 今度はコルブがおおいに驚く。そして言った。


「ジョナン氏に居たとは、あなたたちはいったい……」


 チルゲイが立って四人を紹介する。コルブはヒィ・チノの名を聞いて、


「どこかで見たことがあるような気がしていたのです。神箭将(メルゲン)とはギィ様と一騎打ちを演じた将軍ではありませんか」


 五人は改めて礼を交わし、乾杯した。しばらくは弓の話などにうち興じていたが、次第にコルブの表情が沈みがちになる。ナユテが言うには、


「何かご心配のことがおありなのでしょう」


「おっしゃるとおりです。みなさまにお聞きしたいことがあるのですが、あまりの重大事ゆえ何と聞けばよいのやら……」


 ナユテは頷くと、静か(ヌタ)に言った。


「アンチャイ殿のことでしょう」


 コルブは、はっと(ヌル)を上げて(ニドゥ)を見開くと、


そうです(ヂェー)! アンチャイ様はどうしているでしょうか」


 チルゲイがその無事なことを仔細に語れば、おおいに安堵して、


「ジョナンのムジカが好漢で幸運でした。ギィ様もさぞや心配なさっていることでしょう。一刻も早くお知らせしたいものです」


 ヒィ・チノが言った。


「ギィ殿の所在についてはご心配なく。この神道子ナユテがいれば安心です」


「それはいったいどういうことですか」


 四人はにやにや笑って答えない。やがてチルゲイが言うには、


「すべては明日のお楽しみですな」


 それから五人は延々と飲み続け、暗くなって(ようや)く散会となったが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて、一夜明けるとコルブが勢い込んで、


「昨日、ナユテ殿がいればギィ様の所在が判るようなことをおっしゃっていましたが、どういうことなのでしょう」


 そう尋ねれば、チルゲイが得意げに言うには、


「ナユテは占卜の名手なのです。彼にかかれば天地に判らぬものはありません」


 コルブは途端に顔を曇らせる。口にこそ出さないが、不信の色がありありと看て取れる。しかしナユテは意にも介さず、筮竹の(たば)を取り出した。そして言うには、


「まあ、ものは試し。しばらくお待ちあれ」


 例によって例のごとく筮竹を並べて、取っては分け、分けては取り、一心に占いはじめた。ヒィら三人はその神技(エルデム)を十分に心得ているので、期待に目を輝かせながら熱心に見つめていたが、コルブはやや興醒めした様子で少し離れたところから眺めている。


 さらに二度、三度、筮竹を分けると、やがて(ガル)に残ったほうをじっと見つめて言うには、


「ほほう、なるほど」


「判ったか、判ったのか? 何と出た?」


 チルゲイが尋ねれば、


「あわてるな。ふうむ、方角は西南。意外と近い(オイル)ぞ、行程三日を出るまい」


 おおと歓声が挙がる。さらに言うには、


獅子(アルスラン)の伏せるは険にして阻、(テンゲリ)高く(エトゥゲン)深きところ。(ウルドゥ)を捨て、(ハルハ)にて守り、人を離れ、(アラアタヌイ)と親しむ。行くは吉、去るは凶」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ