第四 〇回 ①
ナユテ疑を排して獅子を西南に索め
ギィ漢を迎えて気魄を胸宇に復す
ヒィ・チノ、チルゲイ、ナユテ、ミヤーンの四人はムジカのもとを辞し、再び旅に出た。途中、ギィを捜して踏み込んだ険阻の地で山賊らしき一団に襲われたが、その首領はギィの名を聞くと俄かに礼を尽くして四人を塞に招いた。
あとについてしばらく行くと、やがて彼らの塞に到着する。塞といっても少し平らな土地にゲルを並べただけの簡素なものであったが、入口を除く三方が岩壁に囲まれていて、うまく彼らの所在を隠している。
男は四人をゲルに迎え入れると、席を勧めて酒食を運ばせた。すべて用意が調うと改めて言うには、
「多くの失礼、お恕しを。野盗の類とてたいしたおもてなしはできませんが、どうぞ旅の疲れを癒してください」
ヒィが不思議に思って、
「好漢はいったいどういう方ですか。なぜマルナテク・ギィの所在を知りたいのですか」
すると溜息を吐いて語りはじめた。
「実は私はマシゲルの上将だったコルブというもの。先の敗戦において、本隊と離れてアイルへ急を報せに行ったのですが、すでにアイルはヤクマン軍に接収されていたのです。やむなくギィ様に合流しようと馬を返したのですが、どうやらギィ様は道を更えたらしく、行けども行けども馬一頭見当たりません。必死で踏み跡を追っているうちに、いつの間にかこの地に至りました。とうに水も食糧も尽き、朦朧としながら馬を歩ませていきますと、『盤頭鼠』のグユカと名乗る野盗に襲われました」
そこでひと口、酒を含むと、再び口を開いて、
「しかし私はかりにもマシゲルの上将、いささか武芸の覚えもありましたのでこれを射殺したところ、雑兵どもが喜んで言うには、『あの男にはみな酷い目に遭わされていました。しかし奴は力が強くて誰も逆らえなかったのです。今日あなたが殺してくれて一同陽を仰ぎ見る気持ちです。どうか我らの主になってください』とのこと。何度も断ったのですがあまりに熱心に頼むので、それでは主君が見つかるまでと、こうして恥ずかしながら山賊に身を窶しているというわけです。みなさま、どうか哀れな凡将をお笑いにならぬよう、お願いします」
これを聞いて四人は笑うどころか、感心するやら驚くやらで言うべき言葉も知らない有様。替わって四人が語る番、そこでチルゲイが言うには、
「我々はそれぞれ生まれも素性も違うのですが、偶々意気投合して、天下の好漢と交わりを結ぶべく旅をしているものです。実は先ごろまでジョナン氏のアイルを騒がせており、マシゲルとの戦にも従軍しておりました。そこでギィ殿の英傑ぶりを拝見し、是非お会いしたいとてまた旅路に就いたというわけです」
今度はコルブがおおいに驚く。そして言った。
「ジョナン氏に居たとは、あなたたちはいったい……」
チルゲイが立って四人を紹介する。コルブはヒィ・チノの名を聞いて、
「どこかで見たことがあるような気がしていたのです。神箭将とはギィ様と一騎打ちを演じた将軍ではありませんか」
五人は改めて礼を交わし、乾杯した。しばらくは弓の話などにうち興じていたが、次第にコルブの表情が沈みがちになる。ナユテが言うには、
「何かご心配のことがおありなのでしょう」
「おっしゃるとおりです。みなさまにお聞きしたいことがあるのですが、あまりの重大事ゆえ何と聞けばよいのやら……」
ナユテは頷くと、静かに言った。
「アンチャイ殿のことでしょう」
コルブは、はっと顔を上げて目を見開くと、
「そうです! アンチャイ様はどうしているでしょうか」
チルゲイがその無事なことを仔細に語れば、おおいに安堵して、
「ジョナンのムジカが好漢で幸運でした。ギィ様もさぞや心配なさっていることでしょう。一刻も早くお知らせしたいものです」
ヒィ・チノが言った。
「ギィ殿の所在についてはご心配なく。この神道子ナユテがいれば安心です」
「それはいったいどういうことですか」
四人はにやにや笑って答えない。やがてチルゲイが言うには、
「すべては明日のお楽しみですな」
それから五人は延々と飲み続け、暗くなって漸く散会となったが、くどくどしい話は抜きにする。
さて、一夜明けるとコルブが勢い込んで、
「昨日、ナユテ殿がいればギィ様の所在が判るようなことをおっしゃっていましたが、どういうことなのでしょう」
そう尋ねれば、チルゲイが得意げに言うには、
「ナユテは占卜の名手なのです。彼にかかれば天地に判らぬものはありません」
コルブは途端に顔を曇らせる。口にこそ出さないが、不信の色がありありと看て取れる。しかしナユテは意にも介さず、筮竹の束を取り出した。そして言うには、
「まあ、ものは試し。しばらくお待ちあれ」
例によって例のごとく筮竹を並べて、取っては分け、分けては取り、一心に占いはじめた。ヒィら三人はその神技を十分に心得ているので、期待に目を輝かせながら熱心に見つめていたが、コルブはやや興醒めした様子で少し離れたところから眺めている。
さらに二度、三度、筮竹を分けると、やがて手に残ったほうをじっと見つめて言うには、
「ほほう、なるほど」
「判ったか、判ったのか? 何と出た?」
チルゲイが尋ねれば、
「あわてるな。ふうむ、方角は西南。意外と近いぞ、行程三日を出るまい」
おおと歓声が挙がる。さらに言うには、
「獅子の伏せるは険にして阻、天高く地深きところ。剣を捨て、盾にて守り、人を離れ、獣と親しむ。行くは吉、去るは凶」