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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
156/783

第三 九回 ④

アンチャイ独り神風を迎え衆庶を(まっと)うし

チルゲイ俄かに初志に還り行旅を云う

 そんなある(ウドゥル)のことである。朝からチルゲイが大騒ぎしはじめた。


(ホイン)へ、北へ行かなければ! ほら、ミヤーン、準備しろ! ナユテ、占え、占え! 発つのは今日か、明日か! ヒィはどこへ行った?」


 ミヤーンが面食らって言った。


「いったい急にどうしたのだ。何かあったのか」


 するとその(ムル)(つか)むや、激しくこれを揺すって、


「どうしただと? 我らは旅の途中ではないか。すっかり忘れて(ウマルタヂュ)おったわ」


「忘れていただぁ? ではなぜここに居るのだ」


 問われてこれをどんと突き放すと、なぜか神妙な面持ちで、


「それよ。昨晩それをつらつら考えていたところ、ふと思い出したというわけだ。さあ、出発するぞ」


 ミヤーンは呆れてものも言えない。ナユテが笑って、


「まあまあ、今はムジカらがハーンのもとへ行っている。三日もすれば戻ってこよう。それから出発しようではないか」


 チルゲイは、はっとして、


「そうかそうか。それならやむをえぬ。戻ってきてからにしよう」


 ムジカとアステルノが帰還すると、早速チルゲイは旅立つ旨を伝えた。急な話に驚きあわてて送別の宴を張る。大小の将領はみな大ゲルに集まった。好漢(エレ)たちはおおいに飲み、食い、歌い、舞い、語り合った。


 アンチャイもこの席にはやっと連なった。宴の最中、チルゲイはそっと席を立つと、アンチャイに(ささや)いて言うには、


「これから北へ向かう。ギィ殿に()うかもしれぬ。何か言伝(ことづて)があれば承ろう」


 はっとして礼を言うと、


「私は好漢の方々の恩顧を賜り、無事に暮らしておりますと伝えてください」


わかった(ヂェー)。他には?」


 ふと躊躇(ためら)う素振りを見せたが、やがて言うには、


人衆(ウルス)はみな獅子(アルスラン)の名が再び世に(あらわ)れることを信じています、と」


 チルゲイはぐっと(オモリウド)が詰まる。幾度も頷いて、


「確かに伝えよう。ではアンチャイも息災で。私が言うのも何だが、ここの連中はみな知ってのとおりの好漢、安心しておいでなさい。兵事は天運、ひとつ違えば勝敗は替わっていただろう」


「よく解っております。道中お気をつけて」


 そう言って莞爾と微笑む。チルゲイはからからと笑うと、拝礼して席に戻った。宴はいつ果てるともなく続いたが、この話はここまでにする。


 翌日、四人はジョナン氏のアイルをあとにした。(アクタ)食糧(イヂェ)(オス)銀錠(スケス)、矢など、必要(ヘレグテイ)なものはすべて十分に贈られた。


 アイルが遠くに過ぎると、さっと(タショウル)を振るって駆けだした。天空(テンゲリ)は高く、大地(エトゥゲン)は広く、心地好い(サルヒ)が吹きわたる。空を(シバウン)が翔けていき、そこかしこから栗鼠(ケレム)が顔を覗かせる。まことに快活な気分で馬を駆った。


「まずはどこへ!」


 先頭を行くヒィが叫ぶ。チルゲイが笑って負けじと叫び返す。


「決まっておろう! 好漢に会いに行くぞ。獅子に挨拶だ!」


 驚いたヒィが思わず手綱(デロア)を引く。


「何を驚いている。旅の目的は好漢に会うこと。違うか?」


 ヒィの(ヌル)にみるみる笑みが広がる。


「ははは、気に入った! よし、獅子を捜そう!」


 ミヤーンは、もう好きにしろといった(てい)であとに続く。ナユテは笑いを噛み殺している。チルゲイが顧みて言った。


「ギィはカラバルの西南に向かった。近くまで行ったら神道子の出番だぞ。会えるかどうかはテンゲリのお導き次第。さあ、行こう!」


 そして幾日も旅を続けて、例のカラバルに十里というところまでやってきた。


「ここから(ヂェウン)へ行けば、もとのマシゲル。獅子は西(バラウン)のほうへ去っている。とりあえず様子を見ながら進むことにしよう」


 チルゲイの言葉に(したが)い、四人は馬を歩ませた。しばらく行くと次第に起伏が激しくなり、やがて地肌が露出しはじめ、ついには(グル)ばかりの土地(コソル)に辿り着いた。(モル)は徐々に細くなっていく。


「ここは怪しいのではないか!」


 チルゲイは嬉しそうに叫んだ。その(ダウン)が消えるか消えないかというとき、前方にばらばらと人影(セウデル)が現れたかと思うと、四人はすっかり取り囲まれてしまった。およそ三十人(ゴチン)ほどの射手(ホルチン)が狙いを定めている。


「ちっ!」


 ヒィ・チノが得物に(ガル)を伸ばしかけたが、ナユテがそっと(ニドゥ)で制する。すると一団の中から首領らしき男が進み出て言った。


「お前らはどこのものだ。どこへ行こうとしている」


 チルゲイは臆する様子もなく答えて、


「旅のものです。遠くマシゲルのギィ様を慕って訪ねてまいったところ、(ソオル)で利あらず、難を避けているというので、捜しているのです」


 それを聞くと男はあっと驚いて、一団に弓を下げさせた。何ごとかと(いぶか)っていると、男はあわてて駆けてきて揖拝(ゆうはい)する。わけもわからず礼を返せば言うには、


「ギィ様の行方をご存知でしたら是非教えていただきたい。ここでは何ですから、我が塞へお越しください」


 手下を叱咤して下がらせると、自ら先頭に立って四人を案内する。四人は互いに顔を見合わせながらあとに続く。


 ここでこの男に()ったことによって、神道子の神技(エルデム)は冴えわたり、ついには宿星(オド)(めぐ)り運って険阻(ケルテゲイ)(ガヂャル)に好漢相集(あいつど)うということになるのだが、果たして男はいかなる素性(ウヂャウル)のものであったか。それは次回で。

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