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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
153/783

第三 九回 ①

アンチャイ独り神風を迎え衆庶を(まっと)うし

チルゲイ俄かに初志に還り行旅を云う

 さて、チルゲイの策に()まって友軍(イル)を奇襲してしまったバラウンジャルガルは、数十騎を(したが)えて遠く西方へと逃れた。


 一方のギィは明るくなってきたのを幸い、軍を整えて残敵を掃討することに成功した。多くの将兵が降ったが、そこで初めて己が死力を尽くして戦った相手こそが獅子(アルスラン)マルナテク・ギィだと知って、みな開いた(アマン)(ふさ)がらなかった。


 それはギィらも同じこと。彼らがバラウン麾下の兵と聞いて驚き、怒るよりまず首を(かし)げた。


「バラウンが叛意(オエレ)を抱くとは思えぬ。誰か知者の策略に()められたに相違ない」


 ゴロ・セチェンの言葉(ウゲ)に多くの将が頷いた。しかしバラウン自身が逐電してしまったために、真相(ウネン)は誰にも量り知れない。


 もちろんこれを疑うものもあったが、ギィはひとまず無用の詮索を打ちきって戦後処理にかかった。総勢一万騎(トゥメン)のうち、人馬ともに無事なのは僅かに中軍(イェケ・ゴル)の二千騎のみであった。


「これではヤクマンとの決戦など思いもよらぬ。アイルに急を報せて、難を避けねばなるまい!」


 コルブが主張すれば、続けてゴロが、


「むしろこれが敵人(ダイスンクン)の策だとすれば、すでにアイルは(あや)うい。私が彼らであれば、迅速(クルドゥン)をもって鳴るセント氏に留守(アウルグ)を襲わせ、一方の軍でこちらを追撃するだろう」


 一同の(ヌル)にさっと緊張の色が走った。コルブが瞠目して、


「セチェンの言葉どおりなら、なおさら急がねば。俺が急使となってアンチャイ様にこれを伝えよう」


 ギィは大きく息を吐き出すと、


「よし、そのとおりにしよう。我々も即座に帰途に就く!」


 (カラ)を受けてコルブが駆け去り、マシゲル軍は隊伍(ヂェルゲ)を整えて端から順に出発した。幾許(いくばく)も行かぬうちに、後方に濛々と砂塵が上がるのが見えた。


「来た、追撃だ」


 ゴロが呟く。ギィは自軍を見回して嘆息した。


「我が兵はすでに疲労困憊、どうして(ブルガ)の精兵を迎えられようか。獅子の命運(ヂヤー)もここまでか……」


 それを聞いたゴロはきっと(ニドゥ)を見開いて言うには、


「らしくないぞ! とにかく駆けよう。ここより西南にケルテゲイ・ハルハ(※険しい盾の意)と呼ばれる要害がある。そこに辿り着ければ敵も決して追っては来れまい。(アミン)を保って後日を期そうではないか」


「西南といえばアイルから遠ざかってしまう。我が(エメ)は、我が人衆(ウルス)はどうなる」


 これにはさすがのゴロもぐっと言葉が詰まったが、気を奮い起こして言った。


「今は己が生きる(オスチュ)ことのみ考えよ。生きてさえいればきっと機会(チャク)(めぐ)ってくる。ジョナン氏のムジカは好漢(エレ)と聞く。獅子の妻たるアンチャイを決して粗略には扱うまい。天運を信じよう」


 ますますギィは落胆して、


「これまで私は己の天分を(たの)みにこそすれ、天運に身を委ねたことはなかった。それが今では愛する(アマラヂュ)妻すら護ってやれぬとは。獅子もときに野鼠(クルガナ)にすら劣る(ドロムヂン)ということだ……」


 しかし、すぐにギィの(ニドゥ)には光が満ちはじめた。そして言うには、


「私はこれを戒めとしてきっと再起を果たそう。ゴロよ、ひとときを忍ぶは恥ではないということだな」


いかにも(ヂェー)。恥とすべきは名に(こだわ)って道を(そこ)なうことだ。名は(コセル)に伏してもやがて(あらわ)れよう。しかし道を損なえば二度と返らぬ」


 ギィは頷くと、高らか(ホライタラ)に告げた。


「みなのもの、全力で西南のケルテゲイ・ハルハを目指せ! 最後の(クチ)を振り絞れ! 遅れれば死あるのみだ!」


 応じておうっと喊声が挙がり、すべての馬腹が蹴られる。マシゲル軍は俄かに疾駆(ダブヒア)し、一斉に馬首を西南へ向けた。マシゲルを追撃せんとやってきたムジカは、遠くこれを望んで言った。


「ほう、獅子はひとまず名を棄てて難を避けるか」


 傍ら(デルゲ)皁矮虎(そうわいこ)が勢い込んで言った。


「地の果てまでも追いましょう!」


 ムジカはしばし考える風であったが、やがて言った。


いや(ブルウ)、執拗に追うことはない。オンヌクド、アルチン、二人に軽騎三千を与える。適当に追って、奴らが何処に逃れるのかを見届けたら戻ってこい」


 両名は即座に意図を悟ると、三千騎を率いて離れていった。

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