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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
150/783

第三 八回 ②

チルゲイ策を(めぐ)らし敵陣に埋伏を施し

バラウン計に(おちい)り闇夜に友軍を討つ

 瞬く間(トゥルバス)(ウドゥル)は移った。ムジカは全軍を点呼して兵を六つ(ゾルガーン)に分けると、満足して諸将を集めた。


「奇人殿がすでに何らかの手を打っていると思う。我らも発つときが来た。アステルノ、用意はいいか」


おお(ヂェー)、遺漏はない」


「さすがは神風将軍(クルドゥン・アヤ)。では(たの)んだぞ」


 アステルノは一隊を率いてアイルを去る。見れば(トグ)は何処のものとも知れぬ旗、鎧や馬具もとてもヤクマンの正規兵とは思えぬ粗末(ヤブガン)なもの。隊伍(ヂェルゲ)もばらばらであったが、よくよく(ニドゥ)を凝らせば(アクタ)はいずれも駿馬(クルゥグ)、兵はいずれも精鋭であった。


 次に呼ばれたのは神箭将(メルゲン)ヒィ・チノ。


客人(ヂョチ)にもひとはたらきしてもらいたい」


承知した(ヂェー)奔雷矩(ほんらいく)を借りるぞ」


 二将はそれぞれ愛馬にうち(また)がり、目指すはマシゲルのギィのクリエン。駆けに駆けて翌日の昼過ぎには早くもギィを訪ねた。軍使であることを伝えれば、ほどなくゲルへ案内される。


 それとなくクリエンを探れば、誰も軍装を解かず、個々の兵が覇気に満ちた面持ちで軍務に当たっている。ヒィはおおいに感心する。


 ギィは、彼らの来訪を本心(カダガトゥ)から喜んでいる様子だった。笑みを浮かべて立ち上がると、ヒィの(ガル)を取って自ら席へ(いざな)った。


「久しくお会いしなかったが息災そうで何より。マシゲルに何か朗報をもたらしてくれるのかな」


獅子(アルスラン)殿もいよいよ盛んな様子。今日はヤクマンのムジカの使いで参った。ムジカは貴殿に再戦を申し込む。詳しくはこの書に」


 応じてオンヌクドが親書を差し出した。さっと広げて目を通すと、


「三日後とはまた急な話だ」


「クリエンの様子を見るに問題はあるまい。さすがは獅子、抜かりない」


「お褒めに(あず)かって恐縮だ。よし、承知した(ヂェー)と伝えてもらおう」


責務(アルバ)を果たせてほっとした。それでは戦場で(まみ)えよう」


「ふふ、楽しみにしている。たいしたもてなしもできなかったが、急いで出陣の準備をせなばならぬので失礼する」


 二人は丁重に辞意を述べて帰途に就いた。しばらく駆けたところで、オンヌクドは(モル)()えて西(バラウン)へ向かう。ヒィはムジカに首尾を伝えるべく帰ったが、この話はここまでにする。




 さてオンヌクドの目指すはもちろんバラウンのクリエンである。彼に先行してそこに到着した一団があった。実は神風将軍率いる例の一隊。その数三千。ただならぬ数の人馬の来訪に、辺りは騒然となる。


 アステルノは兵をクリエンの外に残すと、案内を請うて悠々とバラウンのゲルへ向かった。


 これを迎えたのはバラウンではなく、何とチルゲイとナユテの二人。平伏したアステルノを見て二人はにやりと笑ったが、それも一瞬のこと。何げない様子で言うには、


「あいにく(アカ)たるバラウンは不在だ。代わって我らが承るゆえ、来意を述べよ」


 アステルノもまた素知らぬふりで言った。


「私は(ホイン)平原(タル・ノタグ)牧地(ヌントゥグ)とするガロウ氏の首魁でアルバガンと申します。遠く獅子ギィ様の英名を慕ってやってきたのです。クリエンの一端に加えていただきますよう伏してお願いいたします」


「兵の数は?」


「まずは(ソオル)の役に立つもの三千を連れてまいりました。余のものはあとに残してきました」


 チルゲイはおおげさに驚いて見せると、


「三千とは! よし、お前をクリエンに加えよう。バラウン様が戻ったら伝えておく。もっとも(ヂェウン)の一帯を与えよう」


「ありがたき幸せにございます」


 ナユテがその名を記すのを確かめてから、ふとチルゲイは尋ねた。


「ガロウの夜に豺狼(チョエ・ブリ)はともにあるか」


 アステルノが答える。


「豺狼が走れば、すべては定めのまま。やがて身中の虫が一肢を破ると申します」


「よろしい。下がって(カラ)を待て」


 これこそ互いの間に定めた符牒(ベルゲ)であった。周囲にはマシゲルの従臣(コトチン)もあったが誰も意味が判らない。またこのときバラウンがいなかったのも、無論チルゲイの差配であった。周りにいた従臣やら側使い(エムチュ)やらを下がらせると言うには、


「これから忙しくなるぞ。ふふ、楽しみ、楽しみ」


 そこへオンヌクドが現れた。


「おお、ちょうどさっき神風将が来たところだ」


「こちらも吉報。獅子は挑戦に応じて兵を動かすだろう。あとはこちら次第だ」


「抜かりはない。やがて獅子より出兵を(うなが)す使者が来るだろう。君はゲルに戻れ」


 オンヌクドは頷いて去る。

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