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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
15/783

第 四 回 ③

ハクヒ(なみだ)して族史を語り宿命を悟らせ

インジャ初めて草原に戦い魔軍を走らす

 それはさておき、インジャの軍勢は駆けに駆けて、まもなくカマヌウトの牧地(ヌントゥグ)に入ろうとしていた。ゴルタが言うには、


「そろそろ敵人(ダイスンクン)の牧地です。斥候(カラウルスン)を放って探ったほうがよろしいでしょう」


「なるほど。ハクヒ、お前に斥候を命ずる」


はっ(ヂェー)! しばしお待ちを」


 とて、数騎を率いて先行する。

 そこへマタージがふらりとやってきて、


「やあ、いよいよですな」


 などと暢気な調子で言う。ゴルタが(ニドゥ)()いて、


「マタージ様! こんなところにいらっしゃるとは。ハーンに叱られますぞ!」


 (たしな)めたが、意にも介さぬ様子で、


「そう困った(ヌル)をするものではない。私はインジャ殿と話しに来たのだ。お前に叱られに来たのではない」


 思わずナオルが吹き出す。するとマタージは、


「おお、貴殿はひょっとしてジョンシ氏のナオル殿では?」


いかにも(ヂェー)、私はナオルです。以後お見知りおきを」


 とて互いに礼を交わす。いろいろ話してみれば、ともに同じ竜の(ヂル)の生まれであった。やがておおいに意気投合したがそれもそのはず、マタージもまた上天(テンゲリ)の定めた宿星のひとつであった。


 かくして三人は盟友(アンダ)となることを約して、生まれた(サラ)によってインジャを(アカ)とし、ナオル、マタージの順に(デウ)とした。お互い喜んでいると、ハクヒが戻ってきて告げて言うには、


「カマヌウトのアイルはここより西南に二十里ほどでございます」


「ご苦労。みなのもの、行くぞ!」


 インジャの右手が大きく振られて再び進軍が始まる。




 やがて行く手にアイルが見えてきた。インジャは一旦軍を止めると、諸将に(はか)って言うには、


「全軍を三手に分けようと思う。まずマタージ殿とゴルタ殿は一軍を率いて右手(バラウン)より攻めていただく。また一軍はナオルとシャジが率いて左手(ヂェウン)から突撃するよう。私とハクヒは残りの軍勢で正面を受け持つ」


 みな頷いたので、続けて、


「合図の銅鑼が鳴ったら一斉に討ち入るとしよう。ゲルには(ガル)をかけ、抵抗するものはことごとく殺せ(ムクリ・ムスクリ)。婦女子および投降したものは、捕虜(ボオル)としてハーンに献上(オルゴフ)する。よろしいかな」


 異議を唱えるものはなかったので、早速それぞれの持ち場に就いた。カマヌウト側もただならぬ気配に(ようや)く騒ぎはじめる。


「敵人に備える暇を与えるな! 突撃!」


 銅鑼が鳴り渡り、五百騎は怒号を挙げて殺到した。砂塵を巻き上げて突撃するさまは、まるでオロンテンゲル(アウラ)の大瀑布のごとく。インジャも腰の(ウルドゥ)を引き抜いて先頭に立って駆ける。


 カマヌウト側は狼狽(うろた)えるばかりで、中には矢を射かけてくるものもあったが敵すべくもない。インジャ軍に出遭った端から斬り捨てられ、方々のゲルからは火が噴き上がる。


 カマヌウトの族長(ノヤン)は右へ左へと血路を求めて駆け回るうちに、インジャとばったり出くわした。


「そこのもの、名のある将と見た。名乗れ!」


 インジャが呼ばわれば、


「わしはカマヌウト族長(ノヤン)、カモネンだ!」


「私はジョルチ部フドウ氏のインジャ。その首、貰い受けるぞ」


豎子(ニルカ)め! (ソオル)では(おく)れをとったが、お前ごときにやられはせぬ。その素っ首を()ね飛ばして一矢報いてくれようぞ!」


 かくして二騎は馬上に得物を戦わせた。かたやインジャはひと振りの長剣(オルトゥ・ウルドゥ)、かたやカモネンはひと振りの曲刀。渡り合うこと数合、インジャの剣が曲刀を叩き落とす。


 はっと血の気が失せたところを真っ向から撃ち下ろせば、鮮血を(ほとばし)らせて落馬する。族長(ノヤン)を討たれたカマヌウトは一斉に(ノロウ)を向けて逃げ出した。


 インジャはハクヒとシャジに百騎(ヂャウン)を与えて追撃を命じると、銅鑼を鳴らして全軍を収めた。点呼すると一騎も失われていない。(ほふ)った敵人は五十(タビン)を超え、捕虜は二百人を数えた。快勝である。


 ナオル、マタージ、ゴルタは揃って祝辞(ウチウリ)を述べた。


「これもハーンのご威徳とみなさんの奮戦のおかげ、私の功ではありません」


 インジャが辞を(ひく)くして言えば、みなその謙虚な態度に感服した。




 追撃に向かったハクヒ、シャジらを除く四百騎は帰途に就いた。十里ほど進んだときであった。前方に正体不明の一群の騎兵が現れた。その数、約二百騎。


「あれは、どこの部族(ヤスタン)だ?」


 ナオルが呟いたのと、ゴルタが叫んだのはほぼ同時だった。


「ダルシェだ! 放浪部族ダルシェの騎兵だ!」


 放浪部族ダルシェといえば、小勢ながら草原(ミノウル)最強と恐れられる剽悍な部族(ヤスタン)。一定の牧地を持たず、出遭ったものはことごとく殲滅するため()()などと呼ばれている。ゴルタが青ざめて言うには、


「嫌な奴に出遭いましたぞ。戦利品(オルヂャ)を奪いにきたに相違ありません。ここは逃げるのが最良かと存じます」


 マタージがそれを制して、


「奴らの足の速さ(クルドゥン)は、テンゲリを翔けるがごとしとか。もはや逃げきれまい」


「かといってむざむざと討たれるのを待つこともないでしょう。インジャ殿、いかがなされます?」


 と、そこにナオルが進み出る。

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