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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
149/783

第三 八回 ①

チルゲイ策を(めぐ)らし敵陣に埋伏を施し

バラウン計に(おちい)り闇夜に友軍を討つ

 さて、好漢(エレ)たちが酒食に興じていたところ、(にわ)かにチルゲイが平伏したので、バラウンはおおいに驚いて何ごとかと尋ねた。すると答えて言うには、


「実は神都(カムトタオ)幼いころ(バガ・ナス)に別れた(エケ)がいるのです。こうして将軍の知遇を得たからには、ここへ呼んで孝行したいと思うのですが、許していただけますでしょうか」


 これを聞いたバラウンは、単純に(セトゲル)を動かされて、


「それは殊勝な心がけ。可いも悪いもない、早速呼び寄せるがいい」


 チルゲイは(ヌル)を上げたかと思うと、再び勢いよく叩頭して、


「ありがたき幸せ。ではここにいるオヌオヌに(デプテル)を持たせて、明朝にでも迎えに()ることにします」


 そのとき、初めてほかの三人は奇人の意図を悟って内心おおいに感心したが、バラウンにはもちろん何のことやら判らない。微塵も疑うことなくこれを席に戻らせると、杯を勧めて上機嫌。


 夕刻(ヂルダ)、バラウンのもとを辞した四人は、ゲルに戻ると(マグナイ)を寄せ合って何やら話し込んだが、その内容はいずれ判ること。


 早くも夜は明けて次の(ウドゥル)の朝。オンヌクドは、例の紙の(たば)とチルゲイに託された書を持ってバラウンへの挨拶をすませると、大急ぎでクリエンを離れた。目指すはもちろん神都(カムトタオ)ではなく、ムジカらの待つヤクマンの軍営(トイ)である。


 幸い(エウレン)ひとつない透けるような青空、オンヌクドは一心不乱に(アクタ)を飛ばし、途中何ごともなく帰り着くと、(フル)を休める暇も惜しんでムジカを訪ねた。何の前触れもなく帰ってきたオンヌクドを見て、ムジカはおおいに驚いた。


「おお、奔雷矩(ほんらいく)。心配していたぞ。三人の(ヂョチ)はどうした?」


「客人はわけあってまだ戻らぬ。詳しいことはみなが集まってからだ」


 そう言うので早速アステルノらにすぐ来るよう伝えさせた。ほどなくしてヒィ・チノ、アステルノ、タゴサ、マクベン、アルチンの五人がやってくる。席を与えて座らせると、オンヌクドに報告を(うなが)す。ひとつ咳払いすると持ち帰った紙の束を卓上(シレエ)に広げた。


「何だ、これは?」


 マクベンが(いぶか)しげに尋ねた。オンヌクドは(ガル)でそれを制すると言った。


「先日の(ソオル)のあと、四方の小部族(ヤスタン)が続々とギィを慕って馳せ参じている。ギィは混乱を防ぐため、一将に命じてこれを西方の別のクリエンにまとめたのだが、これはその投じた連中の詳細と配置を記したものだ」


 居並んだ諸将は、ほうと嘆声を挙げた。アステルノが尋ねた。


「よくここまで詳しく(しら)べられたな」


 オンヌクドはふふと嬉しそうに笑うと、


「我々は(いつわ)ってそのクリエンに潜り込み、(カラ)を受けてこれを作ったのだ。つまり部族(ヤスタン)の配置など、すべて我らが行ったということ。一から(しら)べるより随分と楽だったぞ」


 そしてクリエンに赴いたところから仔細に語れば、一人として感心せぬものはなかった。


「さすがは奇人殿、味方(イル)でよかった」


 アルチンの呟きにみなが頷く。


「クリエンを治める将は誰だ」


 アステルノの問いに答えて言うには、


「名はバラウンジャルガル。奇人殿に言わせれば『(バルアナチャ)を統べる器ではない』が、人望もあり、マシゲルでは勇将として知られた男だ」


 ムジカが言った。


「とにかくこれを活かさぬ手はない。オンヌクド、ご苦労だった」


 それを聞いて微笑を浮かべると、


「これだけではないぞ。何のために奇人殿ら三人が残っていると思っているのだ。実は秘策を授けられている。そのとおりにすれば、一戦にて獅子(アルスラン)を撃ち破ることができよう」


 みな知らず身を乗り出して次の言葉(ウゲ)を待つ。


「ここに奇人殿からの書がある」


 オンヌクドは(エブル)からそっと書簡を取り出して、ムジカから順に諸将に見せた。誰もが読み進むうちに(ニドゥ)を円くする。


「俺は(ウセグ)が読めぬ。何と書いてあったんだ」


 そう言ったのは神箭将(メルゲン)ヒィ・チノ。ムジカは莞爾と笑ってオンヌクドを(うなが)す。ヒィの(チフ)に何ごとか囁けば、たちまち意図するところを悟り、呵々大笑して言った。


「恐ろしきは神知、恥ずかしきは無知、獅子も一肢を失えば()く逃れえまい」


 一同は愉快な気分になり、早速兵を用いるべく細かな取り決めをした。


「神道子によると、今日より七度目の(ナラン)が昇った日が好機(チャク)とのこと。それまでに策をよく把握して備えておかねばなるまい」


 オンヌクドの言を受けて、ムジカが言った。


「すべて語りたる言葉(ウグレグセン・ウゲ)のごとくなろう。獅子にひと泡吹かせてやろうではないか」


 諸将は解散すると、意気揚々と戦の準備を始めた。

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