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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
148/783

第三 七回 ④

ヒィ・チノ獅子と陣中に奥義を(くら)

チルゲイ神子と虎穴に智略を(めぐ)らす

 さてそれから毎日、四人はこの雑多な氏族(オノル)を寄せ集めた奇妙なクリエンを、(ヂェウン)西(バラウン)へとうろうろ歩き回った。


 別段、四人は隠れて行動していたわけではない。バラウンは個々の行動まで管理する気はなく、規制も緩やかだった。


 新参の顔触れはさまざまである。近くは数里、遠くは百里、その数も小は数人から大は数百人まであった。その素性はといえば、マシゲル部のものもあれば、名も知れぬ小部族(ヤスタン)、果ては野盗(ヂェテ)の類もいるといった具合。こうしている間にも日々その数は増えていた。


「それにしても、これはという奴はいないな」


 ある(ウドゥル)のこと、ゲルに戻ってきたチルゲイが言った。


「まあ、ギィの勢いを見て群がってきた連中だ。期待するほうが間違っている」


 ナユテが答える。ミヤーンが不服そうに言った。


「それはそうと、君は近いうちにバラウンからお呼びがかかると言ったが、何の知らせもないぞ」


「おお、そうであった。おかしいな。まあ、焦らない、焦らない。もうすぐ、もうすぐ」


「何を根拠に言っているのやら……」


 そう呟いたときである。突然、入口のほうから(ダウン)がかかった。


「チルチルはいるか」


 見れば一人の兵が立っている。チルゲイが恭しく拱手して立ち上がった。


「私がチルチルですが、何か御用でしょうか」


「バラウン様がお呼びだ。すぐに参れ」


「今すぐ行けます。もちろんこの三人も一緒でしょうな」


「うむ、早くせよ」


 応じて四人はぞろぞろとついていく。途中チルゲイがミヤーンに耳打ちして、


「バラウンは部下もみな偉そうにしているな。きっと大将が虚勢を張っているからだな。おかしくてしかたないんだけどなあ」


「しっ!」


 そうこうするうちにバラウンのゲルに到着する。中に入って挨拶をすると、バラウンは傲然と(チェエヂ)を反らせたままで言った。


「お前らは文字(ウセグ)が書けると言ったな。そこで折り入って頼みがある。ギィ様を慕ってくるものを把握するために名を書き留めていたのだが、近ごろは数が多すぎて整理がつかぬ。それをお前らに整理してもらいたい」


 チルゲイはにやりと笑うと、


「お易い御用です。ではその書きつけを貸してください。明後日までには()わるでしょう」


「それは心強い。(たの)んだぞ」


 四人は紙の(たば)を押し戴いて退出した。ゲルに戻るとオンヌクドが興奮して、


「すばらしい! これを持ってアイルへ帰ろう。ムジカらも驚くぞ!」


 ところがチルゲイはふっふっと笑いながら、


「私はこれを待っていたのだ。ただ持ち帰るなどとつまらぬ(ソニルホルグイ)ことは言うな。とりあえず(たの)まれた整理をしようではないか」


「何か考えがあるのだな?」


 ナユテの問いには不敵な笑みを返しただけであった。ともかく四人は、早速内容の分類から始めた。出身(ウヂャウル)や規模で大別し、別の紙に三百騎でひとまとまりになるよう書きつけていく。さらにそれに(したが)ってゲルの位置も決めなおす。


 翌日の夕刻(ヂルダ)には作業は完了していた。チルゲイは満足そうに頷いて言った。


「さあ、諸君。同じものをもうひと組作るのだ。それを首を長くして待っているだろうムジカに届けよう。ときはまだたっぷりある。バラウンには明日見せればよいのだからな」


 三人は大喜びで複写に取りかかった。くどくどしい話は抜きにして、翌日の昼ごろにそれは完成した。そのときオンヌクドが首を(かし)げて言った。


「それはそうとムジカにこれを渡すにはどうすれば良いのだ」


「抜かりはない。まあ、(まか)せておけ。バラウンのところへ行こう」


 四人は連れ立ってバラウンのゲルへ赴く。衛兵(ケプテウル)に来意を告げると、ほどなく中へ通される。チルゲイが進み出て言った。


「諸氏の整理、配置、ことごとく()わりました。ご確認ください」


 ナユテが紙の束を捧げ持って前に出る。


「おお、おお。刻限どおりだ。どれどれ」


 バラウンは笑みを浮かべてそれを受け取り、順に(ニドゥ)を通した。その完全(ブドゥン)にして簡明な内容におおいに満足して、上機嫌で言うには、


「見事だ。諸君は(まぎ)れもなき賢者(セチェン)だ。褒美は何が良い、存分に申せ」


 即座にチルゲイが答えて、


「これしきのことはたいしたことではありません。褒美などいただくわけにいきません。ただ願わくば将軍の傍近くでさらに力を尽くしたいと存じます」


 バラウンは瞠目すると、鷹揚に頷いて、


「有能の士を用いるは天下を制する(もとい)と聞く。よろしい、参謀として我が幕下に加えよう」


「ありがたき幸せ」


 すました(ヌル)(テリウ)を下げたので、余の三人もこれに(なら)った。


 バラウンは実は褒美をやるのが惜しかったので内心おおいに喜び、側使い(エムチュ)を呼んで酒食の用意を命じた。チルゲイらにも席が与えられる。まもなく(ボロ・ダラスン)が運ばれてくると、バラウン自ら四人の杯を満たす。


 乾杯してしばらくは雑談の類に興じていたが、突然チルゲイが席を立ってその場に平伏した。バラウンはおおいに驚いて、何ごとかと尋ねる。


 チルゲイが答えたことから、好漢(エレ)務め(アルバ)を果たして機密を伝え、再び両雄争って、一将帰家を失うということになる。これこそまさしく人を用いるは難く、人に用いられるはなお易しといったところ。果たしてチルゲイは何と言ったか。それは次回で。

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