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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
147/783

第三 七回 ③

ヒィ・チノ獅子と陣中に奥義を(くら)

チルゲイ神子と虎穴に智略を(めぐ)らす

 ほかの三人も同意したので、早速先の一隊のあとを追った。


「待った、待った!」


 呼びかけると、男たちは(いぶか)しげな(ヌル)で振り向く。


「我々もバラウンジャルガルのところへ連れていってくれまいか」


 顔を見合わせて何ごとか話し合っていたが、はたして合流(ベルチル)を承知した。


「感謝、感謝。実は我々も(たの)むべき英主を探していたのだ」


「ギィ様はまことの英雄。これでお前らも食いはぐれることはあるまいよ」


 こうして四人は最後尾についていくことにした。前を行く連中は相変わらず上機嫌で、これで飯の心配は要らぬとか、うまくやれば百人長(ヂャウン)ぐらいにはなれるかもしれぬとか、()(オキン)はいるだろうかとか、口々に好きなことを言い合っている。


 その(オロ)の低さにチルゲイらは笑いを(こら)えるのに必死だったが、くどくどしい話は抜きにする。


 行くこと三日、のんびりとした道中は格別のこともなく目指すクリエン(注1)に着いた。衛兵(ケプテウル)に来意を告げると、やがてバラウンのゲルへと案内された。


 バラウンはゲルの前に座っていた。傍ら(デルゲ)には筆を持った平服の官が侍している。一行は拱手して(ひざまず)く。バラウンが精一杯低い(ダウン)で言った。


「面を上げて、どこから来たか申し述べよ」


 応じて一人が顔を上げて言うには、


「ウブル台地から参りましたバルバルとその一党三十騎(ゴチン)でございます。ギィ様の威光を慕って参りました。何とぞクリエンの端にお加えください」


 侍官がそれを(ガル)にした紙に書きつける。バラウンはそれを横目に見ながら、


「ではもっとも西(バラウン)の一画にゲルを建てることを許す。一朝有事の際には労を惜しまずギィ様のためにはたらくように。功を挙げれば相応の恩賞があろう」


ははっ(ヂェー)!」


 バルバルらは平伏して謝すと、わいわい騒ぎながら去っていった。代わってチルゲイらが進み出た。


「うん? お前らはまた(オエル)か」


 立ち上がりかけていたバラウンは、どっかと座り直して(チェエヂ)を反らす。その威厳を取り繕う様子がチルゲイにはたいそう滑稽だったが、神妙な顔でこれを拝した。


「名を名乗れ」


「カオロンの岸辺(エルギ)より参りましたチルチルと申します。余の三人は私の義兄弟であります」


 まじめな顔で答えるのを聞いて、ナユテは思わず吹き出しそうになったが、やっと(こら)えて言うには、


「私はナユナユ。(バラウン)に連なるは、それぞれミヤミヤ、オヌオヌです。何とぞよろしくお願い申し上げます」


 書記(ビチクチ)は、四つの偽名を同じように書きつける。バラウンが尋ねて言った。


「お前らはカオロンの(ほとり)で何をしていたのだ」


「ははあ、(ムレン)の岸辺で為すことといえば漁と渡しと相場が決まっております。(オブル)はまあ、それなりに野盗(ヂェテ)(まが)いのことも少々……」


 平然(ガイグイ)と答えれば、バラウンはいささか面喰らった様子だったが、


「ふむう、腕に覚えがあるということかな?」


商人(サルタクチン)相手の生業ゆえ、私の腕は文字(ウセグ)が書けます」


 とぼけて答える。傍らのオンヌクドは、チルゲイの人を軽侮した応答に気が気ではなかったが、当のバラウンにはあまり伝わっていない様子。


「ふむふむ、文字が解るものは稀少。何ごとか申しつけるかもしれぬから心しておけ。お前らは東南の一画にゲルを構えるがよい」


 そう言うと、立ち上がってゲルの中に入る。四人は神妙な面持ちを崩さずにそれを見送り、それから指示に従って己のゲルを定めたが、いざゲルを建てて中へ入ると、とりあえず大笑い。


「チルチルとは何だ! 先の奴がバルバルと名乗ったからか」


 ナユテが問えば、


そうだ(ヂェー)。君もナユナユとはやりすぎだ。あとに続くのは良いが、少しは考えてから言え。なあ、ミヤミヤ」


「間が抜けた名だ」


 ミヤーンがむっとした表情で答える。


「気に入らずともそれがここでの名だ。さあ、それはそうと容易(たやす)く入り込めたが、このあとはどうする?」


 チルゲイがにやにやしながら問う。ナユテが言った。


「とりあえずここにどれぐらいの兵が集まっているか知りたいな」


 オンヌクドも、


「ギィのクリエンとは別に新参を受け容れるためのクリエンを建てたようだ。どれくらい本隊と離れているんだろう」


「あのバラウンという将、(クチ)はありそうだが、知恵はどうかな?」


 あくまでチルゲイは楽しそうである。ミヤーンが聞き(とが)めて、


「何か妙案でもあるのか」


「存外内情(アブリ)を知るのは容易(アマルハン)かもしれぬぞ。まあ、二、三日はぶらぶらと辺りを探ればよい。近いうちに先方からお呼びがかかるさ。焦らない、焦らない」


「君がそう言うなら、待つとしようか」


 ナユテが言うと、ミヤーンが(フムスグ)(しか)めて、


「チルゲイの言葉(ウゲ)ほど信用ならぬものはないが……」


 それを聞いた奇人、笑いながらそれを制すると、人差し指を立てて何と言ったかといえば、


「チルゲイではない、チルチルだ」

(注1)【クリエン】複数のアイルの集団から成り立つ部落形態。主に軍団の駐屯に際して形成され、遊牧形態から戦闘形態への転換が容易である。圏営、群団などと訳されることもある。単位は「翼」。

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