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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
146/783

第三 七回 ②

ヒィ・チノ獅子と陣中に奥義を(くら)

チルゲイ神子と虎穴に智略を(めぐ)らす

 そのころ、神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノ率いるセント軍は、キャンベルを追って連戦連勝、破竹の勢いで北上中だったが、ムジカからの報せを受けてこれと合流(ベルチル)した。陣中にムジカを迎えると、早速小宴を張る。


「どうした、らしくもない」


「ははは、獅子(アルスラン)にしてやられたわ。噂に(たが)わぬ傑物(クルゥド)だった」


 笑いながら言うと、続けて、


「ヒィ殿に助けられた。もしヒィ殿がいなければ、きっと敗れていただろう」


 それから諸将は、ギィを討つべく策戦を練った。ジョナン氏とセント氏を併せれば一万八千騎、対するギィは約一万騎(トゥメン)である。アステルノが言った。


「数は我が軍が圧倒的に有利だ。兵法に『倍すればこれを分けよ』とあるのに(したが)って、二手に分かれて挟撃してはどうだろう」


 マクベンが異を唱えて、


「何の。奇策を弄さずとも、正面から攻めればよかろう」


 受けてムジカが、


「それはまだギィを甘く見ているというものだ。数を(たの)んで勝てる相手ではないことは先の戦闘(カドクルドゥアン)で承知しておろう」


 侃々諤々(かんかんがくがく)、議論を交わしたが、諸説入り乱れて何ひとつ決まらない。業を煮やしたか、ナユテが制して言うには、


「机上に空論を(もてあそ)んでも(らち)が明くまい。ひとつ密偵を放って敵情を探るのが先決。(ブルガ)を知るのは兵法の初歩かと思うが」


 一同はっと我に返る。ムジカがほっとして言った。


「さればオンヌクドにそれを命じよう」


承知(ヂェー)


 (カラ)を受けて退出しようとしたところ、珍しく黙って座に連なっていたチルゲイが、つと立ち上がって言った。


「私もともに行こう」


 ムジカは驚いて、


「いやいや、君は客人(ヂョチ)。それには及ばぬ」


「及ぶ及ばないは二の次、二の次。行きたいから行くのだ。悪いようにはしないさ。なあ、ミヤーン」


 突如名を呼ばれたミヤーンは(ニドゥ)()いて、


「また俺か! 俺は嫌だぞ。いつもそう言っているのに……」


「いつもそう言っているが、一度もしかと断ったことはないぞ。さあ、行こう」


 ミヤーンはやれやれといった表情で立ち上がる。


「君たちだけではやはり不安だ。私も行こう」


 名乗りを上げたのは神道子ナユテ。チルゲイはおおいに喜んで、ともに行くことにした。オンヌクド、チルゲイ、ナユテ、ミヤーンの四人はそれぞれ(アクタ)(また)がり、諸将に見送られて(トイ)をあとにした。


 マクベンが眉間に皺を寄せて呟いた。


「奇人殿は、遊びか何かと勘違いをしているのではないか」


 それを(チフ)に止めたヒィが言った。


「ふざけているように見えるのは奴の持ち味。きっと妙策を携えて帰ってくるだろう。あの四人の組み合わせというのは案外絶妙かもしれん」


「そういうものですか」


 マクベンの不安も余所にチルゲイらは半ば陽気に、半ば緊張しつつ馬を駆った。途上、四人は一隊の人馬に出逢った。その数、およそ三十騎(ゴチン)。彼らは歌いながらゆるゆると馬を進めている。聞けば、



  起きたいときに起きるは楽し

  寝たいときに寝るは嬉し

  そんな暮らしが(チナル)に合っていたけれど

  それも今日まで


  なぜかと云えば

  偉いお方がいるからさ

  さあ、馬を駆って会いに行こう

  素晴らしく晴れた佳き(ウドゥル)



 一節歌っては高笑い、(ガル)()ってまた歌いだす。チルゲイはおおいに興味を惹かれて、さっと馬を寄せると尋ねて言った。


「ご機嫌だな。その(ドー)はどういう意味だい?」


「ほうほう、そうとも、ご機嫌さ。俺たちはこれから草原(ミノウル)一の英傑(クルゥド)であるマルナテク・ギィ様の(ウルス)になるのさ」


 一人が(サハル)を震わせて言った。(サーハルト)の男も(チェエヂ)を張って言うには、


「ギィ様はヤクマンの大軍を撃退し、飛ぶ(クシ)を落とす勢い。その麾下に加われば安泰というものだ」


 チルゲイは、ほほうと唸って、


「そうは言うが、易々と仲間に入れてもらえるのかい?」


 するとまた別の男が答えた。


「知らんのか。ギィ様はバラウンジャルガルに命じて、小部族(ヤスタン)を受け容れているのだぞ。その数は日に日に増えて、まもなく数千に達するだろう」


「そうか、そうだったのか」


 三人のもとに戻ってこのことを告げれば、オンヌクドはおおいに驚いて、


「近隣の小部族(ヤスタン)を収容しているとは猶予ならざる事態。どうすればよいだろう」


 チルゲイは迷うことなく答えた。


「我々もひとつバラウンジャルガルに会いに行こうではないか。集まってくる連中に(まぎ)れて様子を探ろう。幸い誰も(ヌル)を知られていない」

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