表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻三
143/783

第三 六回 ③

ヒィ南進して好漢と大いに歓を交え

ムジカ東征して獅子と初めて兵を合す

 翌日、トオレベ・ウルチの(ヂャルリク)を受けてオンヌクドが戻ってきた。ムジカは諸将を集めてハーンの命を伝えた。


「明後日の早朝、軍を挙げてマシゲルへ向かう。私とセント氏のアステルノが先鋒(ウトゥラヂュ)を承った。セント軍は疾駆(ツォギオ)してチャテク家を襲う。我らは獅子(アルスラン)マルナテク・ギィ率いるジャクー家と相対することになった」


 諸将を戒めて言うには、


「ギィは一世の英傑(クルゥド)である。容易ならざる(ソオル)になるだろう。心して臨め。前軍(アルギンチ)はマクベンとアルチン。中軍(ゴル)は私が率いる。後軍(ゲヂゲレウル)は……」


 次々と配置が決められていく。諸将は久々の大戦に興奮しつつ退出した。特にマクベンとアルチンの二将は勇躍(ブレドゥ)して出ていった。


 ヒィら四人が最後に残る。ムジカが言った。


「ついに出陣だが、君たちはどうする? 旅立たれるか、ここで待つか。もちろん好きにしていいぞ」


 チルゲイがつまらなそうに言った。


「みな出払ってしまうな。待っているというのもなあ」


 それを受けてヒィ・チノが(ニドゥ)を光らせて言い放つ。


「行くか!」


「どこに? まさか……」


 ミヤーンが(フムスグ)(しか)めて問う。


「決まっていよう。マシゲルへ!」


「何でわざわざ……」


「ムジカの戦を見てみたい。獅子ギィにも興味がある」


 聞いてチルゲイは呵々大笑。


「ははは、さすがヒィ。そう来ると思った。我が意を得たり、だ」


「チルゲイまで!」


「ナユテはどうだ?」


 ヒィが問うと、しばし考えて、


「よかろう。ムジカに異存がなければ中軍に加えてもらおう」


 チルゲイは幾度も(ガル)()つと嬉々として、


「よし、決まりだ。ミヤーン、棒を忘れるなよ。ムジカ、よいか」


「貴殿らが加わってくれるとは心強い。こちらからお願いしたいくらいだ」


 こうして四人も従軍することになったが、ミヤーンはまだぶつぶつ呟いている。何と言ったかといえば、


「わざわざ『刀槍の禍』を求めずともよいものを……。俺は知らんぞ」




 さて瞬く間(トゥルバス)に出発の朝となった。マクベン、アルチンを先頭にジョナン氏一万騎(トゥメン)はことごとくアイルを出た。その後、(ブスクイ)老人(ウブグン)子ども(クウヘド)家財(エド)を守って(ウリダ)移動(ヌーフ)する。


「本来ならタゴサが女たちを率いて南へ行くべきなのだ」


 ムジカが(アマン)を尖らせて言えば、


「今さらうだうだ言うんじゃないよ。心配要らないわ、この辺りはすっかり治まっているんだから」


 中軍にはヒィ・チノらの姿(カラア)もある。ヒィはまるで己の戦のように溌剌としているが、チルゲイなどはまだ眠そうに目をこすっている。


 同じころ、セント氏八千騎もアイルを飛び出していた。こちらは神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノ自ら先頭に立ち、ヤクマン一の快速(クルドゥン)をいかんなく発揮して(ホイン)へ向かう。かくして二路の軍勢は、それぞれマシゲルに襲いかかった。


 先に戦端を開いたのはもちろん神風将率いるセント氏である。意表を衝かれたキャンベルは、散々に追いまくられて後退に後退を重ねた。為しえた策は友軍(イル)急使(グユクチ)を送っただけという有様。


 アステルノは手を緩めることなく、どこまでもこれを追った。チャテク派の諸氏はその速さについていけず、キャンベルと連絡を取ることすらできない。


 (ようや)く兵を揃えたものも、ただあとを追っていくばかり。運好く合流(ベルチル)できたとしても喜ぶ間もなく追撃に遭い、ただその獲物(ゴロスエン・ゴルウリ)を増やすだけであった。


 さらにセント氏の勢いを恐れてあえて動かないものもあったが、それこそ神風将のもっとも忌むところ。わざわざ矛先を変えてまで、そういった連中を滅ぼしつつ進んだ。


 キャンベルはいまだ討たれず逃げ惑っていたが、はたしてそれが運が好いのか悪いのか、心休まる暇もなくただただ神風将軍を恐れる毎日。


 さて、一方のムジカ率いるジョナン氏一万騎はというと、遅れること数日、ついにジャクー家のアイルを望むところに達した。


「あの(ドブン)を越えれば、もう(ブルガ)は目の前だ」


 ムジカが言えば、ナユテが答えて、


「ならばあの丘を制することが第一だな。敵には備えがあろうか」


「ギィのことだ、警戒が必要だ。だがまだ兵は配されていないようだ」


 タゴサが笑いつつ、


「きっと神風将軍の襲来を恐れて背後には手が回らないんだろうさ」


 一万騎は(ヂェルゲ)を整えて(カラ)を待った。やがてムジカの手が挙がる。金鼓が鳴らされ、マクベン、アルチンの前軍は一斉に駆けだした。中軍以下はまだ動かない。


 二将は一気に丘を駆け登ろうとした。と、そのとき、突如丘の裏側から銅鑼が鳴りわたり、喊声とともに軍旗(トグ)が現れた。


「あっ!」


 林立する旗は(まぎ)れもなくマシゲルのもの。二将が驚いて(ダウン)も出せずにいると、丘の上に黒地に黄金の獅子(アルタン・アルスラン)を配した大将旗が現れた。そして一人の若い将がゆっくりと進み出る。


 黄金(アルタン)の鎧に身を固めた大将、これぞ草原(ミノウル)にその名轟きたる英傑、獅子ことマルナテク・ギィ。


「ようこそ、南方の覇者よ。マシゲルまで何用で参ったのか。このギィがハーンに代わって(ただ)しに参ったぞ」


 そして高々(ホライタラ)と右手を挙げ、声を荒らげて叫んだ。


「各々そのところを得よ! マシゲルはマシゲルへ、ヤクマンはヤクマンへ!」


 右手が振り下ろされるや、左右の騎兵が手に手に得物を(かざ)し、頭上でそれをぐるぐると旋回させつつ突撃する。先の言葉(ウゲ)こそ、マシゲルが開戦を宣するときの伝統的な文言である。


「わわわ……」


 ジョナンの先鋒二将はあわてふためいて迎え撃つ余裕もない。おろおろするうちにマシゲルの騎兵に突っ込まれてしまった。


 そもそも高地より攻め下る敵と戦う(アヤラクイ)のは兵法の忌むところ。しかも将が混乱していては話にならない。たちまち二将は窮地に(おちい)った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ