第三 六回 ③
ヒィ南進して好漢と大いに歓を交え
ムジカ東征して獅子と初めて兵を合す
翌日、トオレベ・ウルチの命を受けてオンヌクドが戻ってきた。ムジカは諸将を集めてハーンの命を伝えた。
「明後日の早朝、軍を挙げてマシゲルへ向かう。私とセント氏のアステルノが先鋒を承った。セント軍は疾駆してチャテク家を襲う。我らは獅子マルナテク・ギィ率いるジャクー家と相対することになった」
諸将を戒めて言うには、
「ギィは一世の英傑である。容易ならざる戦になるだろう。心して臨め。前軍はマクベンとアルチン。中軍は私が率いる。後軍は……」
次々と配置が決められていく。諸将は久々の大戦に興奮しつつ退出した。特にマクベンとアルチンの二将は勇躍して出ていった。
ヒィら四人が最後に残る。ムジカが言った。
「ついに出陣だが、君たちはどうする? 旅立たれるか、ここで待つか。もちろん好きにしていいぞ」
チルゲイがつまらなそうに言った。
「みな出払ってしまうな。待っているというのもなあ」
それを受けてヒィ・チノが目を光らせて言い放つ。
「行くか!」
「どこに? まさか……」
ミヤーンが眉を顰めて問う。
「決まっていよう。マシゲルへ!」
「何でわざわざ……」
「ムジカの戦を見てみたい。獅子ギィにも興味がある」
聞いてチルゲイは呵々大笑。
「ははは、さすがヒィ。そう来ると思った。我が意を得たり、だ」
「チルゲイまで!」
「ナユテはどうだ?」
ヒィが問うと、しばし考えて、
「よかろう。ムジカに異存がなければ中軍に加えてもらおう」
チルゲイは幾度も手を拍つと嬉々として、
「よし、決まりだ。ミヤーン、棒を忘れるなよ。ムジカ、よいか」
「貴殿らが加わってくれるとは心強い。こちらからお願いしたいくらいだ」
こうして四人も従軍することになったが、ミヤーンはまだぶつぶつ呟いている。何と言ったかといえば、
「わざわざ『刀槍の禍』を求めずともよいものを……。俺は知らんぞ」
さて瞬く間に出発の朝となった。マクベン、アルチンを先頭にジョナン氏一万騎はことごとくアイルを出た。その後、女や老人、子どもは家財を守って南へ移動する。
「本来ならタゴサが女たちを率いて南へ行くべきなのだ」
ムジカが口を尖らせて言えば、
「今さらうだうだ言うんじゃないよ。心配要らないわ、この辺りはすっかり治まっているんだから」
中軍にはヒィ・チノらの姿もある。ヒィはまるで己の戦のように溌剌としているが、チルゲイなどはまだ眠そうに目をこすっている。
同じころ、セント氏八千騎もアイルを飛び出していた。こちらは神風将軍アステルノ自ら先頭に立ち、ヤクマン一の快速をいかんなく発揮して北へ向かう。かくして二路の軍勢は、それぞれマシゲルに襲いかかった。
先に戦端を開いたのはもちろん神風将率いるセント氏である。意表を衝かれたキャンベルは、散々に追いまくられて後退に後退を重ねた。為しえた策は友軍に急使を送っただけという有様。
アステルノは手を緩めることなく、どこまでもこれを追った。チャテク派の諸氏はその速さについていけず、キャンベルと連絡を取ることすらできない。
漸く兵を揃えたものも、ただあとを追っていくばかり。運好く合流できたとしても喜ぶ間もなく追撃に遭い、ただその獲物を増やすだけであった。
さらにセント氏の勢いを恐れてあえて動かないものもあったが、それこそ神風将のもっとも忌むところ。わざわざ矛先を変えてまで、そういった連中を滅ぼしつつ進んだ。
キャンベルはいまだ討たれず逃げ惑っていたが、はたしてそれが運が好いのか悪いのか、心休まる暇もなくただただ神風将軍を恐れる毎日。
さて、一方のムジカ率いるジョナン氏一万騎はというと、遅れること数日、ついにジャクー家のアイルを望むところに達した。
「あの丘を越えれば、もう敵は目の前だ」
ムジカが言えば、ナユテが答えて、
「ならばあの丘を制することが第一だな。敵には備えがあろうか」
「ギィのことだ、警戒が必要だ。だがまだ兵は配されていないようだ」
タゴサが笑いつつ、
「きっと神風将軍の襲来を恐れて背後には手が回らないんだろうさ」
一万騎は列を整えて命を待った。やがてムジカの手が挙がる。金鼓が鳴らされ、マクベン、アルチンの前軍は一斉に駆けだした。中軍以下はまだ動かない。
二将は一気に丘を駆け登ろうとした。と、そのとき、突如丘の裏側から銅鑼が鳴りわたり、喊声とともに軍旗が現れた。
「あっ!」
林立する旗は紛れもなくマシゲルのもの。二将が驚いて声も出せずにいると、丘の上に黒地に黄金の獅子を配した大将旗が現れた。そして一人の若い将がゆっくりと進み出る。
黄金の鎧に身を固めた大将、これぞ草原にその名轟きたる英傑、獅子ことマルナテク・ギィ。
「ようこそ、南方の覇者よ。マシゲルまで何用で参ったのか。このギィがハーンに代わって質しに参ったぞ」
そして高々と右手を挙げ、声を荒らげて叫んだ。
「各々そのところを得よ! マシゲルはマシゲルへ、ヤクマンはヤクマンへ!」
右手が振り下ろされるや、左右の騎兵が手に手に得物を翳し、頭上でそれをぐるぐると旋回させつつ突撃する。先の言葉こそ、マシゲルが開戦を宣するときの伝統的な文言である。
「わわわ……」
ジョナンの先鋒二将はあわてふためいて迎え撃つ余裕もない。おろおろするうちにマシゲルの騎兵に突っ込まれてしまった。
そもそも高地より攻め下る敵と戦うのは兵法の忌むところ。しかも将が混乱していては話にならない。たちまち二将は窮地に陥った。