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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
141/783

第三 六回 ① <オンヌクド、タゴサ登場>

ヒィ南進して好漢と大いに歓を交え

ムジカ東征して獅子と初めて兵を合す

 セント氏の人衆(ウルス)は手早く家畜(アドオスン)をまとめてアイルを引き払うと、火災の痕を残して(ウリダ)へ向かった。先頭を行くのはもちろん神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノ。ヒィ・チノ、ナユテ、チルゲイ、ミヤーンの四人も傍ら(デルゲ)(したが)う。


 一行は駆けに駆けて、七日目の朝に目指すアイルに辿り着いた。先に知らせていたので、一人の部将がこれを迎えた。その人となりはといえば、


 身の丈七尺、茶色の髪、茶色の(フムスグ)(ニドゥ)は漆を点じたがごとく、(ハマル)は太く隆く、角面にして角心、義に(はし)り、義に伏すべき一個の好漢(エレ)


 拱手して言うには、


「話は伺いました。まずはゆっくり(くつろ)いでください」


「ははは、オンヌクド。堅苦しい挨拶は抜きだ、そんな仲でもあるまい」


 アステルノが笑いかけると、途端に相好を崩して、


「いかにも。みな心配していたぞ」


「すまぬな」


 その後、オンヌクドからゲルの資材などの指示があり、セントの人衆は忙しくはたらきはじめた。アステルノは(アクタ)を降りると、これまでの経緯(ヨス)を語って四人を紹介した。


「そうでしたか。私はヤクマン部ジョナン氏のオンヌクドと申します。かっとなりやすく曲がったことが(ゆる)せない性分(チナル)なので、人々から『奔雷矩(ほんらいく)(激しい(アヤンガ)のごとき差し金の意)』と呼ばれています」


 四人もそれぞれ名乗りを挙げる。チルゲイが勢い込んで尋ねた。


「ジョナン氏というとムジカをご存知ではありませんか?」


 オンヌクドはおおいに驚いて、


「知ってるも何もこのアイルの(ノヤン)です。どうして彼を知ってるんです?」


 アステルノも目を(みは)って、


「先に言った我が盟友(アンダ)というのが、そのムジカだ」


 そこでチルゲイは、以前ダルシェの冬営(オブルヂャー)に迫ったムジカに説いて両軍を退かせ、ミヤーンとともに客人(ヂョチ)となった(注1)ことを話した。二人はおおいに感心する。チルゲイは再びオンヌクドに向き直って言った。


「そのときには貴殿の姿(カラア)は見かけなかったように思いますが」


はい(ヂェー)。ムジカの(カラ)を受けてハーンの下にいたのです。いやはやムジカが聞けば喜ぶでしょう。さあ、参りましょう」


 一行はぞろぞろとムジカのゲルへ向かった。彼はアステルノの到着を知って、外に出てこれを待っていた。盟友(アンダ)の姿を見つけると、(ダウン)を挙げて駈け寄ってきた。


「おお、アステルノ、アイルを焼かれたそうだな。よくぞ無事で参った。聞けば叛乱(ブルガ)だとか。以前から君の性分が苛烈なので心配していたのだ」


 その後ろに続く(ヌル)に初めて気がついて、おおいに驚く。


「チルゲイ!! それにミヤーンではないか! 何でここに? おい、アステルノ、これはどういうことだ」


 また経緯を繰り返す。ムジカは驚くやら呆れるやら、笑ってみなを招き入れると席を設けてもてなした。


「誤解が解けて良かった。あわや天下の好漢を四人も失うところであった。さすれば神風将の名声も(コセル)に堕ちていたぞ」


 アステルノは(テリウ)を掻いてまた謝る。そこへ突如入ってきた(オキン)があった。


「おお、女傑のお出ましだ」


「相変わらず口が悪いね、アステルノ」


 そう言って笑う女を見れば、


 身の丈は七尺、年のころはいまだ十九、栗色の長髪を後ろに(たば)ね、瞳は湖水(テンギス)のごとく、声は涼風のごとく、(ハツァル)雀斑(じゃくはん)(注2)が飾り、歯は整にして皓、五徳備わらざるはなく、美しくも気概(ヂルケ)に満ち溢れた一個の女丈夫。


「この方はどなたですか」


 ナユテが尋ねると、女は自ら名乗って、


「ムジカの(エメ)で、タゴサと申します。幼いころ(バガ・ナス)より騎射、(ウルドゥ)(ヂダ)と通暁せざるはなく、そこらの男子より()くするほどだったので、人からは『打虎娘』と呼ばれています」


 四人はおおいに感心したが、ムジカは朱くなって、


「こら、打虎娘などという恥ずかしい渾名(あだな)を誇らしげに言うな。いやいや、この(ナマル)に結婚したのだが、男勝りで困っているのだ」


 その様子に一同大笑い。


「ははは、(カブラン)をも打つとは恐れ入った。私はウリャンハタ部カオエン氏のチルゲイと申します。以後お見知りおきを」


 ほかの三人も挨拶をすませると、タゴサも席に着く。ムジカが再会を祝って乾杯し、お決まりの宴となった。


 居合わせた好漢は八人、互いに胸襟を開いて語り合い、上は天下の情勢から下は世俗の雑事に至るまで話さないことはなかった。

(注1)【客人(ヂョチ)となった】第二 二回④参照。


(注2)【雀斑(じゃくはん)】そばかすのこと。

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