第三 六回 ① <オンヌクド、タゴサ登場>
ヒィ南進して好漢と大いに歓を交え
ムジカ東征して獅子と初めて兵を合す
セント氏の人衆は手早く家畜をまとめてアイルを引き払うと、火災の痕を残して南へ向かった。先頭を行くのはもちろん神風将軍アステルノ。ヒィ・チノ、ナユテ、チルゲイ、ミヤーンの四人も傍らに随う。
一行は駆けに駆けて、七日目の朝に目指すアイルに辿り着いた。先に知らせていたので、一人の部将がこれを迎えた。その人となりはといえば、
身の丈七尺、茶色の髪、茶色の眉、瞳は漆を点じたがごとく、鼻は太く隆く、角面にして角心、義に趨り、義に伏すべき一個の好漢。
拱手して言うには、
「話は伺いました。まずはゆっくり寛いでください」
「ははは、オンヌクド。堅苦しい挨拶は抜きだ、そんな仲でもあるまい」
アステルノが笑いかけると、途端に相好を崩して、
「いかにも。みな心配していたぞ」
「すまぬな」
その後、オンヌクドからゲルの資材などの指示があり、セントの人衆は忙しくはたらきはじめた。アステルノは馬を降りると、これまでの経緯を語って四人を紹介した。
「そうでしたか。私はヤクマン部ジョナン氏のオンヌクドと申します。かっとなりやすく曲がったことが恕せない性分なので、人々から『奔雷矩(激しい雷のごとき差し金の意)』と呼ばれています」
四人もそれぞれ名乗りを挙げる。チルゲイが勢い込んで尋ねた。
「ジョナン氏というとムジカをご存知ではありませんか?」
オンヌクドはおおいに驚いて、
「知ってるも何もこのアイルの長です。どうして彼を知ってるんです?」
アステルノも目を瞠って、
「先に言った我が盟友というのが、そのムジカだ」
そこでチルゲイは、以前ダルシェの冬営に迫ったムジカに説いて両軍を退かせ、ミヤーンとともに客人となった(注1)ことを話した。二人はおおいに感心する。チルゲイは再びオンヌクドに向き直って言った。
「そのときには貴殿の姿は見かけなかったように思いますが」
「はい。ムジカの命を受けてハーンの下にいたのです。いやはやムジカが聞けば喜ぶでしょう。さあ、参りましょう」
一行はぞろぞろとムジカのゲルへ向かった。彼はアステルノの到着を知って、外に出てこれを待っていた。盟友の姿を見つけると、声を挙げて駈け寄ってきた。
「おお、アステルノ、アイルを焼かれたそうだな。よくぞ無事で参った。聞けば叛乱だとか。以前から君の性分が苛烈なので心配していたのだ」
その後ろに続く顔に初めて気がついて、おおいに驚く。
「チルゲイ!! それにミヤーンではないか! 何でここに? おい、アステルノ、これはどういうことだ」
また経緯を繰り返す。ムジカは驚くやら呆れるやら、笑ってみなを招き入れると席を設けてもてなした。
「誤解が解けて良かった。あわや天下の好漢を四人も失うところであった。さすれば神風将の名声も地に堕ちていたぞ」
アステルノは頭を掻いてまた謝る。そこへ突如入ってきた女があった。
「おお、女傑のお出ましだ」
「相変わらず口が悪いね、アステルノ」
そう言って笑う女を見れば、
身の丈は七尺、年のころはいまだ十九、栗色の長髪を後ろに束ね、瞳は湖水のごとく、声は涼風のごとく、頬を雀斑(注2)が飾り、歯は整にして皓、五徳備わらざるはなく、美しくも気概に満ち溢れた一個の女丈夫。
「この方はどなたですか」
ナユテが尋ねると、女は自ら名乗って、
「ムジカの妻で、タゴサと申します。幼いころより騎射、剣、槍と通暁せざるはなく、そこらの男子より能くするほどだったので、人からは『打虎娘』と呼ばれています」
四人はおおいに感心したが、ムジカは朱くなって、
「こら、打虎娘などという恥ずかしい渾名を誇らしげに言うな。いやいや、この秋に結婚したのだが、男勝りで困っているのだ」
その様子に一同大笑い。
「ははは、虎をも打つとは恐れ入った。私はウリャンハタ部カオエン氏のチルゲイと申します。以後お見知りおきを」
ほかの三人も挨拶をすませると、タゴサも席に着く。ムジカが再会を祝って乾杯し、お決まりの宴となった。
居合わせた好漢は八人、互いに胸襟を開いて語り合い、上は天下の情勢から下は世俗の雑事に至るまで話さないことはなかった。
(注1)【客人となった】第二 二回④参照。
(注2)【雀斑】そばかすのこと。