第三 五回 ④
神道子一たび占いヒィ敢えて難を採り
神風将再び疑いチルゲイ即ち憂を解く
独り俯いて黙っていたチルゲイがやおら顔を上げると、低く、しかしはっきりと言うには、
「将軍はいかなるわけで我々の仕業と考えるのか。それをお聞きしたい」
「何? まだ理屈を捏ねようというのか。よし、教えてやろう。一に、このアイルにはお前らのほかによそものがいない。二に、お前らのゲルだけ火がかけられていない。三に、お前らが火をかけるところを見たものがいる。どうだ、これだけの証拠があれば申し開きできまい」
チルゲイは、それを聞くや突然笑いだした。
「何がおかしい。黙れ!」
しかしチルゲイは、こんなおもしろいことはないと言わんばかりに身を捩って笑い続ける。傍で見ていたヒィらが気でも狂ったかと怪しんだほど。散々笑った末に急に真顔になって言うには、
「将軍はもっと察しの良い方かと思っていたが、ちと過大に評価していたらしい。これは誰のせいでもない、我が不明が招いたこと。お前のような小人に話すことは何もない。煮るなり焼くなり好きにすればいい。世の好漢は挙って我らが死を悼み、お前の名は永遠に嘲りとともに思い起こされるであろう」
そして余の三人に、
「我らは出会って間もないが、冥府でも兄弟として楽しくやっていこうではないか。それにしても私は好漢として恥じない生涯を送ってきたつもりだったが、最後にこんな小人と交わりを結んだことだけが心残りだ。世のまだ見ぬ好漢に合わせる顔もない」
そして今度ははらはらと流涕する。アステルノがおおいに惑っていると、きっと顔を上げてこれを罵った。
「正と邪の区別もつかぬ小人め、さっさと殺すがいい。草原の鬼となって、お前の愚昧を嗤ってやるぞ!」
アステルノはしばし沈思黙考の体であったが、やがて言った。
「どういうことだ、俺が愚昧とは。お前らでなければ、誰がアイルを焼く?」
奇人は答えずにただ目を閉じる。アステルノは剣を収めて、さらに尋ねた。
「俺も一個の好漢を自任するもの、小人呼ばわりされたままでは黙っておれぬ。お前が我が蒙を啓き、まことの賊を示すことができるのなら、すぐに戒めを解き、ひれ伏して非礼を詫びよう」
これを聞くと漸く莞爾と笑って、
「数々の暴言、お恕しください。然らば申し上げましょう。将軍が先に挙げた中に腑に落ちない箇所がひとつございます。我らは身に一片も恥じることなき好漢、なのに誰が放火する現場を見たというのでしょう。思うにこれは、我らを陥れようとする奸計でございます。さればこそ我らのゲルだけ火をかけなかったに違いありません」
アステルノは一瞬ぎょっとしたが、平静を装って尋ねて言った。
「誰がそのようなことをするのだ」
「あわてずにお聞きください。我らはここに来て僅か半日。たかが半日でそうそう多くの恨みを得るはずがありません。我らを恨むものがいるとすれば……」
「解った。ジャムラの手のものか」
「さすが将軍、察しが早い。きっと主人を殺された恨みで我らを陥れようとしたのでしょう。またあわよくば将軍の命も奪おうというのが計の骨子だったに違いありません。まずは早急に放火を目撃したという男を問い質すべきです」
アステルノは即座に四人の縄を落とすと、剣を地に置いて平伏した。
「好漢を疑うとは三度首を斬られても余りある失態。どうかこの剣で俺を殺してくれ。血をもって詫び、上天に赦しを請おう」
四人はあわててこれを助け起こすと、口々に言った。
「将軍が悪いのではない。恕されないのは小人の奸計、さあ、早く賊を擒えよう」
しかしアステルノは、
「お前らが恕しても俺の気がすまぬ」
そう言って地に三度額を打ちつければ、ぱくりと割れて血が流れる。彼をそれを拭おうともせずに立ち上がると、大声で命じて言った。
「グユルクを呼べ!」
彼はときを置かずしてやってきた。挨拶も終わりまで聞かず次々と問いを放つ。
「お前は放火を見たと云ったが、それは何処で見た? どのくらいのゲルに火が点いていた? 四人一緒だったか、それとも別々だったか? なぜ声を挙げて止めなかった?」
血で顔を染めた悪鬼のごとき形相で問われたグユルクは、がたがたと震えるばかり、ひとつとして答えることができない。
「死ね!」
そう言うや否や、グユルクをばっさりと斬り捨てた。やはり悲鳴を挙げる暇すら与えない。
そのころには火災もすでに鎮静に向かっていた。アステルノは、すぐにジャムラの部下を全員擒えるよう命じた。瞬く間に賊徒は一堂に集められる。部将数人、小者を併せると三十人以上が放火に携わっていた。
アステルノは烈火のごとく怒り、即座に斬首を命じた。そしてヒィらを招いて言うには、
「多くのゲルが焼かれ、多くの人畜を失った。幸い一面火の海になるのは免れたが、ここに留まることはできない。南に行けば我が盟友のアイルがある。すぐに引き払って合流するつもりだ」
ナユテが答える。
「それが賢明だろう。我々も随ってよいかな」
「もちろんだ。お前らの目指す地からは遠ざかるが……」
「やむをえん」
かくして四人の疑いは晴れ、神風将軍とともに南にあるという好漢のアイルを騒がすことになったが、このことから奇人は兄弟に再会し、また新たに好漢と交わりを結ぶということになる。
まさに禍福はあざなえる縄のごとく、ひとたび難去って憂えなしといったところ。はたしてアステルノの盟友とは誰であったか。それは次回で。