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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
139/783

第三 五回 ③

神道子一たび占いヒィ敢えて難を採り

神風将再び疑いチルゲイ(すなわ)ち憂を解く

 いつの間にか四人を戒めていた縄は(コセル)に落ちている。アステルノが瞬く間(トゥルバス)に切ったからである。チルゲイがはっとして言うには、


「我々はただの旅のもの。野営していたところを襲われて、何が何やら判らぬうちに連れてこられてのです」


 アステルノはすっと眉間に皺を寄せると、


「旅? 何処へ行くのだ」


「世に好漢(エレ)(もと)めて草原(ケエル)に出たのです。そこでまずは英傑(クルゥド)名高い(ネルテイ)ジョルチの若君を訪ねようとて(ホイン)へ向かう途中です」


「ジョルチ? ああ、フドウの族長(ノヤン)か。俺も名だけは聞いているぞ。おもしろい(ソニルホルトイ)、中へ入れ。詳しく聴こう」


 こうして四人はゲルに招き入れられた。造りは簡素で余分な装飾は一切ない。それぞれ席に着くと、チルゲイがみなを紹介した。まずはヒィ・チノ。


「これはナルモント部ムヤン氏のヒィ・チノ。天下の俊英にして、弓は百歩離れたところから(バイ)を射抜くほど、ゆえに人からは『神箭将(メルゲン)』と渾名(あだな)されています」


 次いでナユテ。


「これはホアルンのナユテと申すもので、占って外れたことがないという超俗の士。人からは『神道子』と渾名されています」


 そしてミヤーン。


「これはイシのものでミヤーンと申します。常人とは異なる着眼の主で、棒を()くし、経略の大才があります。残念ながらいまだ無名(ネルグイ)にして渾名はありません」


 最後はもちろんチルゲイ本人。


「かく云う私はウリャンハタ部カオエン氏のチルゲイと申すもの。無用の弁を弄し、奇行を好むので、『奇人』などと呼ばれているつまらぬものです」


 アステルノは興味深そうに聴いていたが、


「ひと目見たときから並の人物(ドゥリ・イン・クウン)ではないと思っていたが、やはりな。大変失礼しました。機嫌を直して一杯やってください」


 そう言うと、側使い(エムチュ)を呼んで酒食を整えさせた。あとは旅の話などしながら、お決まりの宴。話し合ってみれば互いに上天(テンゲリ)に連なる身、意気投合せぬはずもない。アステルノは上機嫌で言った。


「ははは。神箭将、神道子、神風将軍(クルドゥン・アヤ)と三人の神将が揃ったというのはめでたい。俺も才覚(アルガ)に自信がないわけではなかったが、今日出逢った神将はいずれも一世の傑物、これに勝る喜び(ヂルガラン)はない」


 そして向き直って、


「もちろんミヤーンも一方の英俊、時宜を得れば天下に名が轟こうぞ」


 一同は大笑い。そうして次々と杯を干すうちにすっかり夜になってしまった。四人はセント氏の客人(ヂョチ)となって旅装を解くことになった。ゲルに案内されてひと息()くと、ヒィが言った。


「ナユテの言った『疑獄の憂』とは昨晩のあれを指すのだろうか」


「そうだと良いが」


 二人の会話にチルゲイが(アマン)を出す。


「もしアステルノに()わなければ一大事であったぞ。(あや)うい、殆うい」


「いずれにせよ、あれですんだのなら安心できるってもんだ」


 ヒィはごろりと横になると、やがてすうすうと寝息を立てはじめた。余の三人もそれぞれところを定めて疲れを癒した。




 夜半、(にわ)かに外が騒がしくなって四人は目を覚ました。叫び声、(アクタ)(いなな)き、ばたばたと慌ただしく駈け回る足音、さらに聞けば、


「火事だ! 火事だ!」


 四人はそれを聞いて、がばと上体(チェエヂ)を起こした。


「聞いたか?」


 ヒィが確かめれば、みな一様に頷く。彼らは先を争ってゲルから飛び出した。


 散在するゲルから紅蓮の(ガルチュ)が噴き上がり、テンゲリを焦がしている。みな走り回るばかりで為す術もない有様。家畜(アドオスン)が大暴れに暴れ、それを押さえるのに躍起になっている。身を焼いて転げ回るものがいても助ける余裕すらない。


「何だこれは、敵襲か?」


 ミヤーンが呟いたが、それらしき(セウデル)もない。ただ燃え盛るゲルがあるばかり。


「神風将軍は無事か?」


 チルゲイの言葉(ウゲ)(ようや)くはっと我に返って、彼らは駈けだそうとした。と、そのとき、四方からセント氏の人衆(イルゲン)がわっと襲いかかってきて、瞬く間に縛り上げられてしまった。


「何をする。我らはアステルノ殿の客だぞ!」


 ヒィが叫べば、


「うるさい! そのアステルノ様の命令(カラ)だ」


「何っ!?」


 四人は再び縄をかけられて神風将に(まみ)えることになった。アステルノは黙って彼らを睨み据えた。ナユテが憤然として問いかける。


「将軍、どういうことか説明していただきたい」


「黙れ!」


 大喝一声、アステルノは(ウルドゥ)を抜き放った。


(あや)うく詭弁に騙されるところだったわ。お前らどこの手のものだ、正直(ツェゲン・セトゲル)に白状しろ!」


 その眼は炎を映してぎらぎらと燃えている。ミヤーンが叫んだ。


「将軍は何か思い違いをされている。我らは先に述べたとおり、たたの旅人。いったい我らにいかなる罪があるというのだ!」


 神風将軍は眼に瞋恚(しんい)(注1)の炎を宿しつつ、


「しらばくれおって! 甘言をもってアイルに潜り込み、隙を見て火を放つとは卑怯千万、草原の民として(ゆる)されざる行為だ。いったいどこの誰が命じた!」

(注1)【瞋恚(しんい)】怒り。(いきどお)ること。

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