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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
137/783

第三 五回 ①

神道子一たび占いヒィ敢えて難を採り

神風将再び疑いチルゲイ(すなわ)ち憂を解く

 ヒィ・チノ、チルゲイ、ミヤーンに新たにナユテを加えた四人は、サルチンらに見送られてカオロンの流れを渡った。格別のこともなく(ムレン)を渡ると、船頭に謝礼を払って馬上の人となった。


 眼前には遥かな大地(エトゥゲン)が広がり、ひゅうひゅうと(サルヒ)が吹きつける。天空(テンゲリ)はこの上なく晴れ渡り、綿をちぎったような(エウレン)が凄まじい速さで飛んでいく。視界の及ぶかぎり、人も(アラアタヌイ)(セウデル)すら見当たらない。


「さあ、久々の草原(ケエル)だ。チルゲイ、どちらへ進む?」


 ヒィが快活に問いかけた。芝居がかった仕種(しぐさ)でテンゲリを指すと答えて、


「天意の赴くままに」


 この答えにヒィは大喜び、ミヤーンは(フムスグ)(しか)める。そこでナユテが言った。


「然らばその天意を探ってみよう」


 これには奇人もおおいに驚いて、


「おお、さすがは神道子。そんなこともできるのか」


 ナユテは(アクタ)を降りると、嚢から筮竹の(たば)を取り出して座った。そして例のごとく分けては取り、取っては分け、何やら念じていたが、やがて、


「何と!」


 ひと声叫ぶなり黙り込んでしまった。みな彼が占うのを熱心に見ていたが、何ごとかと俄かに色めき立つ。ナユテはしばし黙考した末に、また筮竹を並べて独りあれこれやっていたが、終えて言うには、


「やはり……」


「いったいどうしたのだ、君が迷うとは」


 ヒィが業を煮やして問えば、答えて言うには、


「往くも凶、還るも凶、ただテンゲリを(おそ)れてことに(したが)い、難に遭えば知を尽くし、危に接すれば力を尽くす、然らば運も開けよう」


「何だ、それは」


 再び問えば、ナユテはまず(ホイン)を指して言った。


「北へ向かえば、()()()()に遭う卦。しかし危を逃れれば英傑(クルゥド)に交わろう」


 次に(ウリダ)を指して、


「南へ向かえば、()()()()に遭う卦。しかし(アミン)に別条はあるまい」


 西(バラウン)を指して言うには、


「西へ向かえば、()()()()に遭う卦。しかし義士を知り、艱難をともにしよう」


 (ヂェウン)を指して言うには、


「東へ還れば、()()()()に遭う卦。しかし(イル)を失うには至るまい」


 (ガル)を下ろすと、みなの(ヌル)を見回して、


「東西南北、いずれも凶事に遭う卦。さあ、如何(いかん)?」


 これを聞いてヒィは憮然として黙り込み、チルゲイはテンゲリを仰いで嘆息し、ミヤーンは眉を(しか)めて(うつむ)いた。


 やがてヒィ・チノが言った。


「それ、西北に(モル)を採らん」


「その(オロ)は?」


 ナユテが問えば、居住まいを正して言うには、


「飢餓病苦は(エレ)といえどもこれを恐れる。なぜなら人力の及ばざるところだからだ。刀槍の禍には智勇をもって処し、疑獄の憂には信義をもって対せば、どうして恐れる要があろう。この両難を恐れて道を()えれば、天下の好漢の笑いものとなろう。ゆえに東南の道を捨てて、両難相携えて来たろうとも、あえて西北の道を進もうというのだ」


 この言葉(ウゲ)に余の三人も意を得たので、西北指して進むことにした。行くこと数日、緊張していたが何ごとも起きなかったので、ミヤーンが、


「神道子の占いも初めて外れたのではないか」


 ナユテは顔色ひとつ変えず、静か(ヌタ)に言った。


「テンゲリの(ヨス)を極めてより、いまだ占って外れたことはない。必ず卦のとおりになろう」


 その日も何ごともなく、四人は(コセル)(ガダス)を打って馬を繋ぎ、(オト)(おこ)して野営した。火を絶やさぬよう交替で番をする。そうしなければたちまち凍えて(むくろ)(さら)すことになる。四人は食事をすませると、(ボロ・ダラスン)を取り出して(すす)り合った。


「酒が残り僅かだな。どこかのアイルに行き合わねば、まずこいつがきれる」


 ヒィが言えば、チルゲイが、


「そいつはいかん! 酒がなければどうやって生きていこう」


 みな大笑いしたが、ふとナユテが顔つきを改めると、


「しっ、人の気配がする」


 押し黙って辺りを窺ったが、闇があるばかりで何も見えない。


「気のせいか……?」


 ナユテがそう呟いた瞬間、どっと喊声が巻き起こった。四人はあわてて立ち上がったが、酒が回って思うように動けない。


野盗(ヂェテ)か!」


 チルゲイの叫びも喊声にかき消される。と、周囲から人馬が押し寄せてきて、銅鉤が四方八方から伸びてくる。四人はあっという間に捕らえられてしまった。


「放せ、お前らはいったい何ものだ!」


 ヒィが叫んだが聞かばこそ、拳が飛んできてところかまわず殴られる。これではさすがの英傑も手も足も出ない。

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