第三 五回 ①
神道子一たび占いヒィ敢えて難を採り
神風将再び疑いチルゲイ即ち憂を解く
ヒィ・チノ、チルゲイ、ミヤーンに新たにナユテを加えた四人は、サルチンらに見送られてカオロンの流れを渡った。格別のこともなく河を渡ると、船頭に謝礼を払って馬上の人となった。
眼前には遥かな大地が広がり、ひゅうひゅうと風が吹きつける。天空はこの上なく晴れ渡り、綿をちぎったような雲が凄まじい速さで飛んでいく。視界の及ぶかぎり、人も獣も影すら見当たらない。
「さあ、久々の草原だ。チルゲイ、どちらへ進む?」
ヒィが快活に問いかけた。芝居がかった仕種でテンゲリを指すと答えて、
「天意の赴くままに」
この答えにヒィは大喜び、ミヤーンは眉を顰める。そこでナユテが言った。
「然らばその天意を探ってみよう」
これには奇人もおおいに驚いて、
「おお、さすがは神道子。そんなこともできるのか」
ナユテは馬を降りると、嚢から筮竹の束を取り出して座った。そして例のごとく分けては取り、取っては分け、何やら念じていたが、やがて、
「何と!」
ひと声叫ぶなり黙り込んでしまった。みな彼が占うのを熱心に見ていたが、何ごとかと俄かに色めき立つ。ナユテはしばし黙考した末に、また筮竹を並べて独りあれこれやっていたが、終えて言うには、
「やはり……」
「いったいどうしたのだ、君が迷うとは」
ヒィが業を煮やして問えば、答えて言うには、
「往くも凶、還るも凶、ただテンゲリを畏れてことに順い、難に遭えば知を尽くし、危に接すれば力を尽くす、然らば運も開けよう」
「何だ、それは」
再び問えば、ナユテはまず北を指して言った。
「北へ向かえば、刀槍の禍に遭う卦。しかし危を逃れれば英傑に交わろう」
次に南を指して、
「南へ向かえば、飢餓の難に遭う卦。しかし命に別条はあるまい」
西を指して言うには、
「西へ向かえば、疑獄の憂に遭う卦。しかし義士を知り、艱難をともにしよう」
東を指して言うには、
「東へ還れば、病苦の厄に遭う卦。しかし友を失うには至るまい」
手を下ろすと、みなの顔を見回して、
「東西南北、いずれも凶事に遭う卦。さあ、如何?」
これを聞いてヒィは憮然として黙り込み、チルゲイはテンゲリを仰いで嘆息し、ミヤーンは眉を顰めて俯いた。
やがてヒィ・チノが言った。
「それ、西北に道を採らん」
「その意は?」
ナユテが問えば、居住まいを正して言うには、
「飢餓病苦は士といえどもこれを恐れる。なぜなら人力の及ばざるところだからだ。刀槍の禍には智勇をもって処し、疑獄の憂には信義をもって対せば、どうして恐れる要があろう。この両難を恐れて道を易えれば、天下の好漢の笑いものとなろう。ゆえに東南の道を捨てて、両難相携えて来たろうとも、あえて西北の道を進もうというのだ」
この言葉に余の三人も意を得たので、西北指して進むことにした。行くこと数日、緊張していたが何ごとも起きなかったので、ミヤーンが、
「神道子の占いも初めて外れたのではないか」
ナユテは顔色ひとつ変えず、静かに言った。
「テンゲリの理を極めてより、いまだ占って外れたことはない。必ず卦のとおりになろう」
その日も何ごともなく、四人は地に杭を打って馬を繋ぎ、火を熾して野営した。火を絶やさぬよう交替で番をする。そうしなければたちまち凍えて骸を晒すことになる。四人は食事をすませると、酒を取り出して啜り合った。
「酒が残り僅かだな。どこかのアイルに行き合わねば、まずこいつがきれる」
ヒィが言えば、チルゲイが、
「そいつはいかん! 酒がなければどうやって生きていこう」
みな大笑いしたが、ふとナユテが顔つきを改めると、
「しっ、人の気配がする」
押し黙って辺りを窺ったが、闇があるばかりで何も見えない。
「気のせいか……?」
ナユテがそう呟いた瞬間、どっと喊声が巻き起こった。四人はあわてて立ち上がったが、酒が回って思うように動けない。
「野盗か!」
チルゲイの叫びも喊声にかき消される。と、周囲から人馬が押し寄せてきて、銅鉤が四方八方から伸びてくる。四人はあっという間に捕らえられてしまった。
「放せ、お前らはいったい何ものだ!」
ヒィが叫んだが聞かばこそ、拳が飛んできてところかまわず殴られる。これではさすがの英傑も手も足も出ない。