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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
136/783

第三 四回 ④ <ナユテ登場>

神箭将カノンを救いて双商を知り

神道子ヒィに()いて四句を吟ず

 その人となりを(つぶさ)に観れば、


 身の丈七尺半、年のころはヒィと同じほど、(フムスグ)は竜のごとく、(ニドゥ)は鳳のごとく、(ハマル)は隆く通り、(オロウル)は赤く濡れ、長い黒髪を後ろで(たば)ね、長袍を(まと)い、白い手袋を穿()き、身は神気に包まれ、(タルヒ)は知謀を宿し、(オロ)は義気に富んだ、まさに端倪すべからざる道士。


 ヒィは感心して、


()たらないことはないって言うなら、観てもらおうか。見料はいくらだい?」


「通常は銀一分だが、貴殿は好漢(エレ)とお見受けしたので、特別に無料で観てさしあげよう」


 おおいに喜ぶと、


「それじゃ、その辺に適当に入ってやってもらおうか」


 とて近くの酒楼に入る。男に上座を勧めて、自らはその対面に座る。早速観てもらうよう頼めば、


「何を知りたいのだ」


 即座に答えて言うには、


「俺がこの乱世にどう関わっていくかが知りたい」


「ほほう。ではまず出身(ウヂャウル)と名前、それと生年を聞こう」


「ナルモント部ムヤン氏のヒィ・チノ。生年は(マングス)(ヂル)。これでよいか」


「よろしい。ではしばし待たれよ」


 そう言って男は何やら小さな箸のようなものをたくさん取り出して、並べては分け、分けては並べ、しばらくあれこれやっていたが、やがて(ニドゥ)を閉じて思案に入った。ヒィは心中わくわくしながら結果が出るのを待った。


「判った」


 目を開いて言ったので、身を乗り出して、


「いかがであった?」


「貴殿が並の富貴(バヤン)を求めるなら、それは十分に叶えられるだろう」


 これを聞いたヒィは喜ぶどころか、むしろ眉を(しか)めて、


「俺が聞きたいのはそういうことではない。乱世にどう関わるかだ」


 男はあわてることなく答えて、


「貴殿は万余の軍を(ひき)いる一方の将となり、諸方の賊を平らげ、後世に残る功績を(あらわ)すだろう。それによって生きては位を極め、死しては神となって乱を鎮めるという、まことに稀有な卦が出ている」


 ヒィは初めて喜んで、


「まことに()たらないことはないのだな」


「もちろん。貴殿が卦に(おご)ることなく(クチ)を尽くせば、必ず成就するはず。貴殿は主星を輔ける天将の(オド)を負っている。いずれ主星に出会えば、自ずから宿命(ヂヤー)を悟るだろう」


 その言葉(ウゲ)に僅かに眉を曇らせると、


「ふうむ、ということは俺は誰かの下ではたらくことになるな」


そうだ(ヂェー)。しかしそれは貴殿が望んですることだ。宿運に逆らおうとすれば、(クトゥグ)はたちまち転じて(ハラアル)となり、身を滅ぼすだろう」


「よく解った。主星とやらにまだ心当たりもないが、いずれ判ることなら気にすることもあるまい」


「それが好いだろう。ひとつ、貴殿のために四句を教えよう」


 そう言って男は朗々と詩を吟じた。すなわち、



  奇に応じて千里を行き

  義に()いて万氏を制す

  華を侵して麗人を()

  足を知りて功名を保つ



「きっとそのうち思い当たることがあるだろうから、お忘れなく」


「決して忘れまい。ときに君の名は何というのだ」


「ナユテ。占って()たらないことがないので、土地のものからは『神道子』と呼ばれている」


 おおいに感嘆して、


「ここで遇ったのも何かの縁、是非交わりを結びたいのだが」


 するとナユテも大喜びで、即座に答えて言うには、


「私も貴殿のような貴相の主には遇ったことがない。ひと目見たときから尋常の人物ではないと思っていたところだ」


 ヒィは嬉しそうに笑うと、


「実はほかに六人の好漢があって(オロ)をともにしているのだ。引き合わせたいが都合はいかがかな?」


「私は一介の売卜(トルゲチ)、都合などないに等しい」


 ヒィは躍り上がって喜ぶと、急いでヘカトの家に戻ってナユテを紹介する。ちょうどカノンとコテカイも来ていたので、チルゲイ、ヘカト、ミヤーンと五人がその場に居合わせたことになる。


「サルチンも早く呼べ」


 チルゲイが言ったので使いを()ると、ほどなくやってくる。改めて挨拶を交わし、八人は席を譲り合いながら(ようや)(シレエ)を囲んだ。あとはお決まりの宴となり、新たな知己を得たおかげでおおいに盛り上がった。


 ナユテは言った。


「私は多くの好漢と交わる宿運でありながら、今までただの一人にも遇わずにいた。それが今日図らずも一挙に七人の好漢と交わりを結ぶとは、まさに上天(テンゲリ)の配剤は知りがたきもの。こんな嬉しいことはない」


 ほかの七人も口々に賛同し、さらに杯は進んで、この(ウドゥル)も散会したのは暗くなってからであった。




 ヒィらはますますホアルンから去ることができずに、毎日集まっては(ボロ・ダラスン)を飲んで世を憂えていたが、ある日のこと。ヒィが留守のときにナユテが訪ねてきて言った。


「チルゲイ、君はフドウのインジャに会いに行くそうだが、いつ出発するのだ」


「それよ。早く発とう発とうと思うのだが、ついみなと別れるのが心残りで先延ばしにしているのだ」


 それを聞いてしばし考えている様子だったが、やがて意を決したらしく(アマン)を開いて言うには、


「その旅に、私も是非連れていってほしいのだ。天文を観るにフドウの星はひときわ明るく輝き、衆星相集(あいつど)い、おおいに隆盛の気運がある。私はそこに行くべきだと思うのだ」


「よしよし、ではヒィが戻ったら(はか)ってみよう」


「出立の日については、吉日を占おうぞ」


 そう言って帰っていった。あとでヒィとミヤーンにこれを伝えると、


「そうだなあ。もうひと月近くも居るしな、そろそろ出るか」


 ヒィの言葉でことは決し、吉日を選んで(ムレン)を渡ることにした。もちろんナユテが同行することに誰も異存はない。ことごとく準備が整うと、ヘカト、サルチン、カノン、コテカイは宴席を設けて別れを惜しんだ。


 いよいよ出発の当日にはまた酒を酌み交わし、渡し場(オングチャドゥ)まで見送りに来る。そしてお互い見えなくなるまで(ガル)を振り続けた。


 こうして一行は新たに神道子を加えて河西に渡った。このことからさらに諸星は運行を速めて、テンゲリの下で草原(ケエル)に久闊を叙し、新たに好漢に遇い、危地に心を併せて難に応ずるということになるのだが、果たして一行はいかなる運に巡り合うか。それは次回で。

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