第三 四回 ④ <ナユテ登場>
神箭将カノンを救いて双商を知り
神道子ヒィに遇いて四句を吟ず
その人となりを具に観れば、
身の丈七尺半、年のころはヒィと同じほど、眉は竜のごとく、眼は鳳のごとく、鼻は隆く通り、唇は赤く濡れ、長い黒髪を後ろで束ね、長袍を纏い、白い手袋を穿き、身は神気に包まれ、脳は知謀を宿し、心は義気に富んだ、まさに端倪すべからざる道士。
ヒィは感心して、
「中たらないことはないって言うなら、観てもらおうか。見料はいくらだい?」
「通常は銀一分だが、貴殿は好漢とお見受けしたので、特別に無料で観てさしあげよう」
おおいに喜ぶと、
「それじゃ、その辺に適当に入ってやってもらおうか」
とて近くの酒楼に入る。男に上座を勧めて、自らはその対面に座る。早速観てもらうよう頼めば、
「何を知りたいのだ」
即座に答えて言うには、
「俺がこの乱世にどう関わっていくかが知りたい」
「ほほう。ではまず出身と名前、それと生年を聞こう」
「ナルモント部ムヤン氏のヒィ・チノ。生年は蛇の年。これでよいか」
「よろしい。ではしばし待たれよ」
そう言って男は何やら小さな箸のようなものをたくさん取り出して、並べては分け、分けては並べ、しばらくあれこれやっていたが、やがて目を閉じて思案に入った。ヒィは心中わくわくしながら結果が出るのを待った。
「判った」
目を開いて言ったので、身を乗り出して、
「いかがであった?」
「貴殿が並の富貴を求めるなら、それは十分に叶えられるだろう」
これを聞いたヒィは喜ぶどころか、むしろ眉を顰めて、
「俺が聞きたいのはそういうことではない。乱世にどう関わるかだ」
男はあわてることなく答えて、
「貴殿は万余の軍を帥いる一方の将となり、諸方の賊を平らげ、後世に残る功績を顕すだろう。それによって生きては位を極め、死しては神となって乱を鎮めるという、まことに稀有な卦が出ている」
ヒィは初めて喜んで、
「まことに中たらないことはないのだな」
「もちろん。貴殿が卦に驕ることなく力を尽くせば、必ず成就するはず。貴殿は主星を輔ける天将の星を負っている。いずれ主星に出会えば、自ずから宿命を悟るだろう」
その言葉に僅かに眉を曇らせると、
「ふうむ、ということは俺は誰かの下ではたらくことになるな」
「そうだ。しかしそれは貴殿が望んですることだ。宿運に逆らおうとすれば、福はたちまち転じて禍となり、身を滅ぼすだろう」
「よく解った。主星とやらにまだ心当たりもないが、いずれ判ることなら気にすることもあるまい」
「それが好いだろう。ひとつ、貴殿のために四句を教えよう」
そう言って男は朗々と詩を吟じた。すなわち、
奇に応じて千里を行き
義に遇いて万氏を制す
華を侵して麗人を得
足を知りて功名を保つ
「きっとそのうち思い当たることがあるだろうから、お忘れなく」
「決して忘れまい。ときに君の名は何というのだ」
「ナユテ。占って中たらないことがないので、土地のものからは『神道子』と呼ばれている」
おおいに感嘆して、
「ここで遇ったのも何かの縁、是非交わりを結びたいのだが」
するとナユテも大喜びで、即座に答えて言うには、
「私も貴殿のような貴相の主には遇ったことがない。ひと目見たときから尋常の人物ではないと思っていたところだ」
ヒィは嬉しそうに笑うと、
「実はほかに六人の好漢があって志をともにしているのだ。引き合わせたいが都合はいかがかな?」
「私は一介の売卜、都合などないに等しい」
ヒィは躍り上がって喜ぶと、急いでヘカトの家に戻ってナユテを紹介する。ちょうどカノンとコテカイも来ていたので、チルゲイ、ヘカト、ミヤーンと五人がその場に居合わせたことになる。
「サルチンも早く呼べ」
チルゲイが言ったので使いを遣ると、ほどなくやってくる。改めて挨拶を交わし、八人は席を譲り合いながら漸く卓を囲んだ。あとはお決まりの宴となり、新たな知己を得たおかげでおおいに盛り上がった。
ナユテは言った。
「私は多くの好漢と交わる宿運でありながら、今までただの一人にも遇わずにいた。それが今日図らずも一挙に七人の好漢と交わりを結ぶとは、まさに上天の配剤は知りがたきもの。こんな嬉しいことはない」
ほかの七人も口々に賛同し、さらに杯は進んで、この日も散会したのは暗くなってからであった。
ヒィらはますますホアルンから去ることができずに、毎日集まっては酒を飲んで世を憂えていたが、ある日のこと。ヒィが留守のときにナユテが訪ねてきて言った。
「チルゲイ、君はフドウのインジャに会いに行くそうだが、いつ出発するのだ」
「それよ。早く発とう発とうと思うのだが、ついみなと別れるのが心残りで先延ばしにしているのだ」
それを聞いてしばし考えている様子だったが、やがて意を決したらしく口を開いて言うには、
「その旅に、私も是非連れていってほしいのだ。天文を観るにフドウの星はひときわ明るく輝き、衆星相集い、おおいに隆盛の気運がある。私はそこに行くべきだと思うのだ」
「よしよし、ではヒィが戻ったら諮ってみよう」
「出立の日については、吉日を占おうぞ」
そう言って帰っていった。あとでヒィとミヤーンにこれを伝えると、
「そうだなあ。もうひと月近くも居るしな、そろそろ出るか」
ヒィの言葉でことは決し、吉日を選んで河を渡ることにした。もちろんナユテが同行することに誰も異存はない。ことごとく準備が整うと、ヘカト、サルチン、カノン、コテカイは宴席を設けて別れを惜しんだ。
いよいよ出発の当日にはまた酒を酌み交わし、渡し場まで見送りに来る。そしてお互い見えなくなるまで手を振り続けた。
こうして一行は新たに神道子を加えて河西に渡った。このことからさらに諸星は運行を速めて、テンゲリの下で草原に久闊を叙し、新たに好漢に遇い、危地に心を併せて難に応ずるということになるのだが、果たして一行はいかなる運に巡り合うか。それは次回で。