第三 四回 ③ <コテカイ登場>
神箭将カノンを救いて双商を知り
神道子ヒィに遇いて四句を吟ず
礼を言うと、がらりと話題を変えて、
「それはそうと、君はカノン・ジュンという女丈夫を知っているか?」
ヘカトは急に話題が移ったことに一瞬面喰らったが、
「知っているが、どうかしたか。君の口からカノンの名が出るとは」
「実はここに来る前に遇ったのだ。彼女もホアルンに来ているぜ」
天を仰いで慨嘆すると、
「そうか、さもあろう。あの娘は権勢に屈するを肯んじない激しい気性。とても今の神都にはおれまい」
それを聞いて、三人もその気の強そうな外貌を思い出して得心した。それから四人はいろいろと話を交わしたが、そもそもみなテンゲリに定められた宿星であったから、ときを経ずしておおいに意気投合した。
見れば一人は東北の大族のハーンの嫡子、一人は西方の大族の人士、一人は神都の商人、一人は西南の湖畔の街に住む庶民。
平生では決して会うことのない境遇のものたちであったが、すべては宿星の運り合わせである。つい遅くまで飲み過ごして、帰途に就いたのは夜も更けてからであった。去り際にヘカトが言うには、
「もしよければ、宿を出て私の家に来ないか。十分なもてなしはできないが房室は余っている」
三人は礼を言って、必ずそのとおりにすることを約した。善は急げとばかりに、翌日には宿を引き払ってヘカトの家に移る。ヘカトは驚き喜んで、サルチンとカノンに使いを遣ると、一席を設けて彼らを歓待した。
そこにカノンが一人の娘を伴ってきた。その人となりはといえば、
身の丈七尺、肌は雪のごとく、眉は蛾のごとく、眸は明るく、歯は皓く、花顔にして柳腰、窈窕(注1)にして淑女、その見た目のとおり品性もまた清らかな一個の佳人。
みなに紹介して言うには、
「こちらはコテカイと申します。先に神都からホアルンに逃れてきていたので、彼女を恃んで私もこちらに参ったのです」
先にカノンが言ったホアルンにいる「旧知のもの」とは彼女のことであった。コテカイは自ら挨拶して、
「お初にお目にかかります。コテカイです。書を少しばかり嗜むほかには何の取り柄もありませんが、よろしくお願いします」
するとカノンが横合いから、
「それは謙遜が過ぎる! みなさん聞いてください。彼女は書を能くすることは神都一、いや、古今東西を見回しても並ぶものなき名人なんです。世間の人は、その流麗な筆致と美しい容姿を称えて『嫋娜筆(たおやかな筆の意)』の渾名を奉って尊んでいるんですよ」
サルチン、ヘカトはもとよりコテカイの高名は聞き及んでいたので頷くだけだったが、ヒィらはおおいに感心して喜んだ。チルゲイが尋ねて、
「コテカイ殿はどうして神都を離れたのでしょう」
答えて言うには、
「ヒスワが私の書の噂を聞いて仕官を命じてきたのですが、どうしても悪政に荷担することはできないので、サルチン殿の助力でこちらに参りました」
するとカノンが憤然として、
「そればかりじゃないよ。ヒスワの奴め、この子がかわいいもんだからいやらしい目でみやがってさ。ほんと逃げてきてよかったよ」
サルチンが呆気に取られて、
「カノン、口ぶりがすっかりくだけて、もう素が出てるぞ」
そう指摘すればあっと口を押さえて赤くなる。これにはみな大笑い。
こうして七人の好漢が一堂に会したことになる。それぞれ胸襟を開いて話は尽きることなく、日が暮れて暗くなるのにも気づかぬほどであった。散会してそれぞれの房室に戻ると、ヒィが言った。
「俺は今まで好漢の交わりというものを知らずに生きてきたが、これほど痛快なものとは思わなかった」
チルゲイは答えて、
「君はまさに一世の好漢、当代の英傑だ。今日集ったものもいずれ世に道を行い、名を顕すものばかり。かかるものと交わることこそ最上の喜びに違いない」
ヒィは何度も相槌を打って床に就いた。以後もたびたび席を設けては語り合ったが、この話はここまで。
さて、ヒィ・チノら一行は思いもかけず多くの好漢と出逢ったので、去るに忍びがたく逗留を続けていた。
ある日、ヒィは一人でぶらぶらしていたが、見ると前方から一人の童子を連れた長袍の男が歩いてくる。ひと目でそれと判る尋常ならざる人物。
はっとして足を止めると、男は飄々然として近づいてくる。後ろの童子は幟を捧げ持って、これに随っている。その幟を見れば、
「講命談天、莫未必中」
とあるが、もとよりヒィには何のことか判らない。しかたなく男が近づくのを待って声をかけた。
「好漢、待たれよ。その幟にあるのは何の意か」
男はやおら立ち止まると軽やかな声で言った。
「これは『運命判断、いまだ中たらざるはなし』という意だ」
(注1)【窈窕】美しく淑やかなさま。上品で奥ゆかしいさま。