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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
134/783

第三 四回 ②

神箭将カノンを救いて双商を知り

神道子ヒィに()いて四句を吟ず

 その後は格別のこともなくホアルンに着いた。

 カノンは三人に厚く謝して言った。


「旧知のものがいるのでそこを訪ねようと思います。よろしければご一緒にどうですか。きちんとお礼(カリラ)をしたいのですが」


 三人は丁重にこれを辞すと、挨拶してカノンと別れた。ぞろぞろと大路(テルゲウル)を進み、適当な宿を見つけて旅装を解く。


「いやいや、ホアルンもなかなか栄えているなあ」


 ミヤーンが感心すると、ヒィが言った。


「カノンも言っていただろう、神都(カムトタオ)が不穏だからこっちに流れてきてるのさ」


「ひと休みしたら散歩がてら(バリク)に出よう」


 くどくどしい話は抜きにして、宿で食事をすませた三人は連れ立って(バリク)に出た。(モル)には商家が(のき)を連ね、馬車(テルゲン)が行き交い、人は(ムル)を触れ合わせながら歩いている。


「ははは、ミヤーン、はぐれるなよ」


 チルゲイが笑えば、


「まさか。君のほうこそどこに行くかわからんからな」


 大笑いしながらさらに行けば、芝居小屋があってたいそうな賑わい。ヒィが、


「ちょっと覗いていこう」


 と言うのに(したが)って、ぞろぞろと中に入る。折しも演目は「拓末菲絲(たくばつ・ひし)、兄弟と語らい没面狗を討つ」であった。一隅に席を取って観劇に興じたが、いよいよ佳境に入り、拓末菲絲が没面狗を打ち殺す段になると、チルゲイが(ささや)いた。


「拓末菲絲、李車車、嚇吐樊(かく・とはん)の三傑は、まるで先日の我らのようではないか。百年後には我らも劇中の英雄になっているかもしれんぞ。題名は『ヒィ・チノ、兄弟と語らい不浄大虫を討つ』ってところだ」


 三人はおおいに愉快な気分になると、小屋を出てさらにぶらぶらと歩いていった。チルゲイはふと酒楼に(ニドゥ)を止めて言った。


「やあ、感じの良い店があるぞ。一杯やっていこう」


 二人は大喜びでこれに(したが)う。席を決めると早速主人が出てきて注文を取った。チルゲイが(ホロー)を立てて、


「とりあえず(ボロ・ダラスン)は熱いのを二本貰おうか。(マハ)はあるかい? じゃあそれと、あとは菜のものを適当に見繕ってくれ」


 やがて卓上には料理の皿が並び、熱く燗した酒が運ばれてきた。互いに酒を注ぎ、まずは乾杯する。おおいに歓談にうち興じていると、あとから入ってきた(ヂョチ)があった。チルゲイがふとそちらを見遣(みや)れば、かつて知ったる(ヌル)。驚いて何と叫んだかといえば、


「やや、神都(カムトタオ)の人ではないか!」


 言われた男も奇人を見ておおいに驚く。


「君はウリャンハタの……。なぜこんなところに?」


 何とその男はヘカト。チルゲイはこれを誘って席に着かせると、


「ヒィ、ミヤーン、こちらは神都(カムトタオ)好漢(エレ)で、名を……。ええと、名は聞いてなかったかな」


「ヘカト」


「そうそう、ヘカト殿。いやいや、お久しぶりでございます。西原でお会いして以来(注1)」


 ヘカトは深く溜息を()くと、


「あのときの君の予言(ヂョン)どおり、ウリャンハタは敗れてしまった。今や神都(カムトタオ)はヒスワの私物(エムチュレン)と化し、(オロ)あるものは次々にこれを離れている。私もつい先日こちらに参ったところだ。それはそうと君はなぜこんなところに?」


 チルゲイは得々として一別以来の旅の顛末(ヨス)を語った。その中でミヤーンとヒィ・チノを紹介したのは言うまでもない。ヘカトはううむと唸ると、


「何とまあ、気ままにやっていることだ。ウリャンハタの敗戦も、君には何の(セウデル)も落としていないというわけだ」


否、否(ブルウ ブルウ)、そんなことはない。ただ気にしていないだけだ」


阿呆(アルビン)め。どこが違うんだ」


 ミヤーンが傍ら(デルゲ)から(アマン)を挟む。それには答えずに言うには、


「まあ、(アミン)があって良かった、良かった。神都(カムトタオ)を出たのは正解、正解。おかげで再び(まみ)えることもできた。酒も飲める。あっ、ご主人、酒を二本追加!」


 チルゲイは至って陽気である。ヘカトにも杯を勧める。ヒィが尋ねて言った。


「ヒスワとはいかなる人物か」


 やはりううむと唸って答える。


「私は幼きころ(バガ・ナス)より知っているのだが、長ずるにつれて大望を抱くに至り、ついに一介の庶民(カラチュス)の分際で草原(ミノウル)を制しようとしたのだ。気づいたときには政権の中枢(ヂュルケン)に入り込み、いかんともしがたくなっていた。ウリャンハタと結び、マシゲルに乱を起こしたまではよかったものの、慣れぬ兵事に手を出したのが運の尽き。山塞で鎧の欠片も残らぬほどの惨敗を喫してからはひたすらそれを隠し、元首(ドルチ)を欺いて圧政を()いている。これを()れば、世に奸人と呼ばれるのも道理(ヨス)というもの。ただの机上の謀略家、世を統べる器ではない」


 チルゲイがひゅうと口を鳴らして言った。


「旧友に対して辛辣だな。ヒスワとやらの命運(ヂヤー)も窮まったか」


 ヘカトは同意して、


「今や佞臣のほかはヒスワを輔けるものはなく、みな神都(カムトタオ)を出てしまった。圧政のせいで(バリク)も活気を失っている。早晩奴は身を滅ぼすだろう」


「何だ、つまらん(ソニルホルグイ)。まさに『策士策に溺れる』だな。草原(ミノウル)を大乱に巻き込んだ奸物というから、どれほどの奴かと思えば小策士だったか」


 ヒィ・チノはそう言い捨てて杯を干した。チルゲイはそれを横目で見ながらヘカトに尋ねた。


「で、君はこれからどうするんだ?」


「しばらくはここにいる。ホアルンにはサルチンも難を避けている。様子を見て考えるつもりだ」


「サルチンというと君とともにウリャンハタへ来た人だな。是非とも交わりを結びたいものだ」


機会(チャク)があれば紹介しよう」

(注1)【西原でお会いして以来】第二 〇回①および第二 〇回③参照。

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