表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻三
133/783

第三 四回 ① <ゾンゲル、カノン登場>

神箭将カノンを救いて双商を知り

神道子ヒィに()いて四句を吟ず

 三人の好漢(エレ)(オキン)野盗(ヂェテ)に襲われているのを見て、手に手に得物を()るとこれに斬り込んでいったが、ヒィ・チノのあまりの猛勇(カタンギン)に首魁らしき大男が言うには、


「待たれよ、豪傑(バアトル)! 手向かいはいたしません、その(ウルドゥ)をお収めください!」


 それを聞いて(ようや)(ガル)を止めると、野盗どもはみな(アクタ)を降りて平伏した。ヒィはチルゲイらを顧みて、


「これはどういう戯言だろうな」


 そう言って笑った。その野盗の首魁がいかなるものかといえば、


 身の丈八尺、二百斤は遥かに超えようかという巨体、(エリウン)は硬い(サハル)ですっかり覆われ、(ニドゥ)はぎょろりと円く、何より(ヌル)(なつめ)のごとく黄色い、異形の豪傑。


 その大男が震える(ダウン)で言うには、


「戯言などではございません! わしはこの辺りではちっとは名の知れた男でゾンゲルと申します。人からは顔が黄色く身体が大きいので『病大牛』と呼ばれております。常々、商旅を襲って生計を立てておりましたが、久しく獲物(ゴロスエン・ゴルウリ)がなかったところにこの商旅が現れまして、しかも(テルゲン)の中には若い女までいるというので、恥ずかしながら大喜びしていたのでございます。しかし世の中うまくいかないもの、図らずも英雄のお手を(わずら)わせることになってしまいました。わしは生まれてこのかた、貴殿ほど強いものを見たことがありません。伏して(ゆる)しを請う次第であります」


 ゾンゲルはそう言って神妙に(テリウ)を下げた。ヒィはおもしろがって、


「ほほう、ではまずその女の縄を解け!」


 するとあわてて女に駈け寄り、たちまち縄を解いた。女は戒めを解かれるやヒィの馬前に走り寄って礼を言った。


(あや)ういところを助けていただいて、ありがとうございます。この恩は生涯忘れません」


 その人となりを見れば、


 女にして身の丈は七尺二、三寸、(ナス)は二十歳を超えず、(フムスグ)は映え、(ハマル)は通り、(ニドゥ)は輝き、顎は尖り、腰は細く、脚は長く、(チナル)は屈するを潔しとせず、(オロ)(おとこ)に劣ることない、美しさの中にただならぬ侠気を秘めた一個の女丈夫。


 ヒィ・チノは、ひと目で彼女が凡夫とは比ぶべくもない侠女であるのを看て取って尋ねた。


「女、名は何という」


 炯々(けいけい)たる視線にも臆することなく答えて言うには、


はい(ヂェー)、私は神都(カムトタオ)のカノン・ジュンと申します。近ごろの神都(カムトタオ)は佞臣が幅を()かせ、心あるものはみな眉を(ひそ)めております。私はかかる現状を憂えたもののいかんせん女の身、やむなくホアルンに落ちようとしたところ、この凶事に遭ったというわけです。貴殿に救っていただかなければ、(ヘル)を噛んで(アミン)を絶つところでした」


 ヒィはその気概(ヂルケ)に少なからず感心して言った。


「我々もまたホアルンへ向かうところ、送ってさしあげよう」


 カノンはまた礼を言った。三人はいちいち名乗り、行をともにすることになった。ヒィがカノンを鞍上に乗せ、それではと進もうとしたとき、


「お待ちください! 我々はどうすればいいんで?」


 振り返れば病大牛のゾンゲルが呆然と見上げている。


「何だ、お前。まだいたのか」


 すると顔を(ゆが)めて、


「うひぃ、まだいたのかとはあまりのお言葉(ウゲ)。どうか我々の頭領になってください。一同伏してお願いします」


 それを聞くやチルゲイは大笑いして、


「ヒィよ、君はつくづく野盗の類に慕われるらしいぜ。おい、病大牛とやら、よく聴け。この方はお前らの手が届くようなつまらぬ男ではないぞ。実は北方の雄ナルモント部ハーンの嫡子(ティギン)にして、チノの称を持つまことの英雄。それを(つか)まえて野盗の頭になれとは何だ、姿(カラア)を拝見できただけでもありがたく思え!」


 ゾンゲルはおおいに驚くと、(マグナイ)(コセル)に打ちつけて非礼(ヨスグイ)を詫びた。チルゲイは再び大笑い。ヒィもまた笑いながら、


「こら、あまり人を驚かすものではない。おい、病大牛。俺がナルモントに戻ったら配下に加えてやる。それまではあまり悪さをせずに神妙に暮らしておれ」


 そう言えば病大牛は恐縮して、


「もったいないお言葉にございます。謹んでお待ちしておりますので、決してお忘れなきよう」


「忘れるものか。きっと使いを寄越そう」


 ゾンゲルはおおいに喜んで、再び地に額を着けて拝礼する。そのやりとりを聞いていたカノンがやはり恐縮しつつ言うには、


「私、できましたら(アクタ)を借り受け、自ら騎乗して参りたいと思います。ハーンのご嫡子の(エメル)に同乗するなど恐れ多くございます」


「何だ、別に俺は気にせんぞ。嫌か?」


いえ(ブルウ)、とんでもない! ただ……」


 傍ら(デルゲ)からチルゲイが言った。


「まあ、四頭の馬(ドルベン・アクタ)があれば四人で()ればいい。病大牛、ぼうっとするな。馬だ、馬だ」


 ゾンゲルはあわてて己の馬を()いてきた。カノンはそれにさっとうち(また)がる。見れば堂々たる騎乗ぶり、一同密かに感嘆の息を漏らした。


「カノン殿、遅れずについてこれますか」


 ミヤーンが問えば、きっと蛾眉を(しか)めて、


「女だと思って甘く見てもらっては困ります。これでもいささか武芸の心得もあり、馬術についてもその辺の凡夫には決して劣りません」


「ははは、勇ましいことだ。ではいざホアルンへ。とんだ寄り道をしてしまった。急ぐぞ」


 ヒィはそう言うとゾンゲルに別れを告げ、一散に駆け出した。カノン、チルゲイ、ミヤーンの順でこれに続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ