第三 三回 ④
ヒィ・チノ知略を以て不浄大虫を討ち
ホアルン神人を遣わし拓末菲絲を招く
拓末菲絲がうち沈んでいたところ、青眼の李車車が言った。
「鄭州の北に瓦花山というところがあって、賊徒の巣になっているとか。ひとつ三人で行って乗っ取ってしまおう。そうすれば一度に数百人得ることができる」
余の二人はおおいに喜んでそれぞれ得物を携えると、瓦花山へ行ってまずはその麾下に投じることにした。首領は没面狗の王敬という男だったが、三人の非凡な風貌を見て内心これを恐れ、
「我が塞は貴殿らには狭すぎます。残念ですがよその塞へお越しください」
そう言って追い払おうとしたので怒り心頭に発すると、わっと襲いかかって王敬を打ち殺してしまった。
賊徒どもは王敬があっさり殺されてしまったので、平伏して三人に主の席に着くよう懇願した。もとよりそのつもりだったので、拓末菲絲が一の頭領になり、李車車が二の頭領に、嚇吐樊が三の頭領になった。
それからしばらくは瓦花山で気ままに暮らしていたが、ある日嚇吐樊があわてて飛び込んできて言った。
「今度、都では将軍を派遣して瓦花山を攻めるそうだ」
おおいに驚いて話し合って言うには、
「神人の言に背いたからだ。ここは塞を引き払って逃げるしかないだろう」
話がまとまったので塞を焼き払って下山した。そのまま馬を飛ばして北へ向かい、さっさと長城を越える。従う兵は三百人。しかしいざ長城を越えたものの、さっぱり行く当てもない。うろうろと彷徨ううちに、食糧もなくなってしまった。
「やはりあれはただの夢だったのだろうか」
拓末菲絲がそう呟いたときである。傍らの嚇吐樊があっと驚いて、
「あれを見ろ!」
指差すほうを見れば、天空から一条の光が降り注いでいる。
「ああ、あれこそ神人の言う『光差す地』に違いない!」
三人は力が湧いてきて駆け出した。行くとそこには誰のものとも知れない大量の馬、羊、牛が草を食んでいた。これこそ神人からの贈物と三人はおおいに喜んだ。
かくして拓末菲絲はそこに居を定め、みなを指揮して近隣から木を伐り出させて、簡易な城を築いた。これがホアルンの始まりである。
その後しばらくは家畜を養って細々と暮らしていたが、ある日李車車が山で光る石を見つけてきた。嚇吐樊がこれを磨くと綺麗な玉になった。神都へ売りに行ったところ、驚くほどの高値で売れた。
これが評判となり、ホアルンには遠方からも多くの商人が集まるようになった。街は次第に大きくなり、拓末菲絲は神人の言葉どおり富貴を極めることになったという話。
つい長々と閑話にかまけてしまったが、話を元に戻すことにする。ヒィ、チルゲイ、ミヤーンはアイルを出ると、野を駆け、山を越え、谷を渡り、千里の道を踏破してホアルンを目指した。途中格別のこともなく、あと一日でホアルンに至るというときである。
「チルゲイ、あれは何だろう」
ミヤーンがそう言うので彼方を見れば、一隊の人馬が商旅を取り囲んでいる。何やら言い争っているようだったが、そうこうするうちに突然商旅の先頭にあったものがばさりと斬られてしまった。小者たちはわっと逃げ散る。
「あれはどう見ても野盗の類だな」
チルゲイが呑気に呟く。さらに見ていると、野盗はうち棄てられた車の中から一人のものを引き摺りだした。
「おい、あれは女だぜ!」
ヒィが驚いて叫んだ。女は激しく抗っている。野盗どもはけたたましく笑いながら嫌がる女を縛り上げると、残りの荷をまとめはじめた。
「チルゲイよ、何とする」
「ふふ、君の考えに賛成だ」
「そうだろう。『義を見てせざるは勇なきなり』って奴だ」
言い放つやさっとひと鞭、駆け出した。チルゲイ、ミヤーンもそれに続く。野盗どもは猛然と三騎が迫り来るのを見て、口々に言った。
「何だ、お前ら!」
ヒィはものも言わずに弓を取り出し、瞬く間に数騎を射落とす。野盗どもは荷を放り出すと、手に手に朴刀を構えて怒声とともに襲いかかってきた。
「愚かな」
さらに一射、二射、弦の音が響くたびに野盗は数を減じていく。十騎ほど射殺したところで弓を投げ棄て、腰の長剣を抜き放つ。
「チルゲイ、ミヤーン、遅れるな!」
とて馬腹を蹴ると、真っ先に野盗の群れに突っ込んでいく。チルゲイは剣を、ミヤーンは棒を握り、そのあとに続く。ヒィ・チノは手当たり次第に野盗を斬り伏せる。その当たるべからざる勢いはまさに狼の称に相応しく、余の二人もつられて常にない力を発揮する。
野盗どもはたった三騎に散々に斬り散らされて、糸を引いた衣のような有様。ヒィ・チノはこれを右に追い、左に攻めて三面六臂のはたらき。やがて野盗の首魁らしき大男があわてて言った。
「待たれよ、豪傑! 手向かいはいたしません、その剣をお収めください!」
ヒィはふふんと嗤って、やっと剣を収める。ここで彼の言葉を聞いたために、ヒィらは近くは旅に華を添え、遠くは新たに兵を得ることになるのだが、さて野盗の首魁は何と言ったか。それは次回で。