表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻三
129/783

第三 三回 ①

ヒィ・チノ知略を(もっ)て不浄大虫を討ち

ホアルン神人を(つか)わし拓末菲絲(たくばつひし)を招く

 ナルモント部の英傑(クルゥド)ヒィ・チノは、たった三人で不浄大虫バーリルを討たんとしてチルゲイに(はか)った。するとチルゲイは嫌がるミヤーンを説き伏せ、一計を出だして言った。


「バーリルさえ討てばそれでよいと言うなら話は早い。かくかくしかじかにすれば、きっとうまくいくだろう」


 ヒィはおおいに喜んで、万事チルゲイに(したが)うことにした。三人は(オロ)を決めると、得物を点検してから(ドブン)を登りはじめた。(ヂェテ)のほうでは早くもこれに気づき、賊将数人を()って行く手を遮った。


「こら、お前ら。ここをバーリル様のアイルと知っているのか!」


 チルゲイが進み出て、恭しく礼を捧げて言うには、


「我らは怪しいものではありません。三人はみなナルモント部のものですが、(ヂャサ)に触れてアイルに留まることがかなわず、こうしてバーリル様を(たの)んで参ったのです。何とぞ天地に行くところもない我らをお救いください。どうかバーリル様にお取り次ぎを」


 賊将どもは何やら話し合っていたが、やがて言った。


「ここで待ってろ。バーリル様にお伺いしてくる」


「よろしくお伝えください」


 待つことしばし、(ようや)く先の賊将が戻って言うには、


「バーリル様はお前らを憐れみ、仲間(イル)に加えてやるとのこと。これから会ってくださるゆえ、感謝するように」


「ありがたき幸せに存じます」


 そう言いつつチルゲイは横目でヒィに合図を送った。応えてヒィもにやりと笑う。


 賊将に案内されてアイルに入る。バーリルは表に出て酒宴の最中であったが、三人の非凡な容貌(ガタル)を見ておおいに喜んだ。


「おお、お主らは(ヂャサ)に触れて逃げてきたそうだが、いったい何をやらかしたのだ」


 やはりチルゲイが拱手の礼をして言うには、


「我々はハーンの御馬番(アドゥウチン)をしていたのですが、誤ってハーンの愛馬の(カア)を折ってしまったのです。それであわてて逃げてまいったという次第。どうかアイルの端に加えていただきますよう、お願いいたします」


 ミヤーンは横で聞きながら、相も変わらぬチルゲイの(ヘル)の滑らかさに半ば感嘆し、半ば呆れていた。口から出まかせとも知らずバーリルはすっかり信じて、


「お主らのような壮士(エレ)を馬番にするなどもったいない。もっと近くに寄れ、杯を取らせよう」


 このとき、すでに不浄大虫の命運(ヂヤー)尽きて(エチュルテレ)いたのである。


 ヒィ・チノは(ひざまず)いたまま(にじ)り寄ったかと思うと、俄かに懐刀を抜き放ち、素早く背後に回ってその首筋(クヂゥウド)に突きつけた。


「何をする!」


 バーリルは突然のことに(わめ)き立てるばかり。賊将たちもあっと叫んだきり、どうすることもできない。


「まぬけめ! この俺様がお前みたいな蛆虫(うじむし)に何で膝を屈しよう!」


 ヒィ・チノは(ニドゥ)をぎらぎらと(いか)らせながら、周囲を睨みつけた。瞬間、チルゲイとミヤーンが得物を()って手当たり次第に打ちかかったので、みなわっと逃げ散った。遅れたものは片端から(アミン)を落とす。


 今やバーリルの顔は青ざめ、汗は(エリウン)から(したた)り、(ホロー)の先まで震え上がって、昼夜のほども判らぬ有様。ヒィはそれを見て(あざけ)り笑うと、


永しえ(モンケ・テンゲリ)(・イン)天の力にて(・クチュン・ドゥル)、奸を誅し、邪を滅す」


 そう呟くと懐刀一閃、バーリルの首はどさりと落ちた。あわれ辺境に(バルアナチャ)を集め、強を誇った不浄大虫も、所詮は井中の蛙のごとく、真の好漢(エレ)の前ではその武勇を(あらわ)す暇もあらばこそ、はかなく草原の土(ケエリイン・コリス)と化したのであった。


 賊将たちはあっさりと(エルキム)が討たれたのを見て、また三人が非凡な英傑であるのを悟って、得物を投げ棄てて一斉にひれ伏すとことごとく降った。ヒィは呵々大笑して立ち上がると、号令して言った。


「よし、今日から貴様らは俺の私兵(エムチュレン)となれ。(バラウン)と言ったら右を向き、(ヂェウン)と言ったら左を向け。(カラ)あらばたとえ(ガル)の中だろうと(オス)の中だろうと喜んで飛び込め。四の五の言う奴はみなこのとおりだ!」


 今度は弓を取って目にも留まらぬ早業でひょうと放てば、賊将どもの脇をかすめてそこにあった(グル)に深々と突き立った(カドゥグタダアス)。賊徒はみなおおいに恐れ、震え上がった。


 チルゲイは大喜びで(ガル)()つと、


「やあ、まさに神箭将(メルゲン)とは君のことだ! 岩をも貫くとは恐れ入った。古の弓の名人、ジュルベイも君には遠く及ぶまい」


「俺は俺だ、古の名人などどうでもよい。ジュルベイとやらは一矢で二鳥を落としたそうだが、俺の(エルデム)はそんなものではないぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ