第三 三回 ①
ヒィ・チノ知略を以て不浄大虫を討ち
ホアルン神人を遣わし拓末菲絲を招く
ナルモント部の英傑ヒィ・チノは、たった三人で不浄大虫バーリルを討たんとしてチルゲイに諮った。するとチルゲイは嫌がるミヤーンを説き伏せ、一計を出だして言った。
「バーリルさえ討てばそれでよいと言うなら話は早い。かくかくしかじかにすれば、きっとうまくいくだろう」
ヒィはおおいに喜んで、万事チルゲイに順うことにした。三人は心を決めると、得物を点検してから丘を登りはじめた。賊のほうでは早くもこれに気づき、賊将数人を遣って行く手を遮った。
「こら、お前ら。ここをバーリル様のアイルと知っているのか!」
チルゲイが進み出て、恭しく礼を捧げて言うには、
「我らは怪しいものではありません。三人はみなナルモント部のものですが、法に触れてアイルに留まることがかなわず、こうしてバーリル様を恃んで参ったのです。何とぞ天地に行くところもない我らをお救いください。どうかバーリル様にお取り次ぎを」
賊将どもは何やら話し合っていたが、やがて言った。
「ここで待ってろ。バーリル様にお伺いしてくる」
「よろしくお伝えください」
待つことしばし、漸く先の賊将が戻って言うには、
「バーリル様はお前らを憐れみ、仲間に加えてやるとのこと。これから会ってくださるゆえ、感謝するように」
「ありがたき幸せに存じます」
そう言いつつチルゲイは横目でヒィに合図を送った。応えてヒィもにやりと笑う。
賊将に案内されてアイルに入る。バーリルは表に出て酒宴の最中であったが、三人の非凡な容貌を見ておおいに喜んだ。
「おお、お主らは法に触れて逃げてきたそうだが、いったい何をやらかしたのだ」
やはりチルゲイが拱手の礼をして言うには、
「我々はハーンの御馬番をしていたのですが、誤ってハーンの愛馬の脚を折ってしまったのです。それであわてて逃げてまいったという次第。どうかアイルの端に加えていただきますよう、お願いいたします」
ミヤーンは横で聞きながら、相も変わらぬチルゲイの舌の滑らかさに半ば感嘆し、半ば呆れていた。口から出まかせとも知らずバーリルはすっかり信じて、
「お主らのような壮士を馬番にするなどもったいない。もっと近くに寄れ、杯を取らせよう」
このとき、すでに不浄大虫の命運は尽きていたのである。
ヒィ・チノは跪いたまま躙り寄ったかと思うと、俄かに懐刀を抜き放ち、素早く背後に回ってその首筋に突きつけた。
「何をする!」
バーリルは突然のことに喚き立てるばかり。賊将たちもあっと叫んだきり、どうすることもできない。
「まぬけめ! この俺様がお前みたいな蛆虫に何で膝を屈しよう!」
ヒィ・チノは眼をぎらぎらと瞋らせながら、周囲を睨みつけた。瞬間、チルゲイとミヤーンが得物を執って手当たり次第に打ちかかったので、みなわっと逃げ散った。遅れたものは片端から命を落とす。
今やバーリルの顔は青ざめ、汗は顎から滴り、指の先まで震え上がって、昼夜のほども判らぬ有様。ヒィはそれを見て嘲り笑うと、
「永しえの天の力にて、奸を誅し、邪を滅す」
そう呟くと懐刀一閃、バーリルの首はどさりと落ちた。あわれ辺境に衆を集め、強を誇った不浄大虫も、所詮は井中の蛙のごとく、真の好漢の前ではその武勇を顕す暇もあらばこそ、はかなく草原の土と化したのであった。
賊将たちはあっさりと主が討たれたのを見て、また三人が非凡な英傑であるのを悟って、得物を投げ棄てて一斉にひれ伏すとことごとく降った。ヒィは呵々大笑して立ち上がると、号令して言った。
「よし、今日から貴様らは俺の私兵となれ。右と言ったら右を向き、左と言ったら左を向け。命あらばたとえ火の中だろうと水の中だろうと喜んで飛び込め。四の五の言う奴はみなこのとおりだ!」
今度は弓を取って目にも留まらぬ早業でひょうと放てば、賊将どもの脇をかすめてそこにあった岩に深々と突き立った。賊徒はみなおおいに恐れ、震え上がった。
チルゲイは大喜びで手を拍つと、
「やあ、まさに神箭将とは君のことだ! 岩をも貫くとは恐れ入った。古の弓の名人、ジュルベイも君には遠く及ぶまい」
「俺は俺だ、古の名人などどうでもよい。ジュルベイとやらは一矢で二鳥を落としたそうだが、俺の腕はそんなものではないぞ」