表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻三
125/783

第三 二回 ①

サノウ山上に理を説いて職制改まり

チルゲイ東原に雄と交わり討賊を議す

 さてコヤンサンが叫んだのを機に、サノウはおもむろに立ち上がると、拱手して話しはじめた。


「今、山塞には好漢(エレ)(オド)のごとく集い、ついに敵人(ダイスンクン)を退け、まさに隆盛の機運を迎えようとしております。しかしコヤンサンの言うとおり、もともと我らは草原(ケエル)に生きるべき(ウルス)、よってその回復は何より望まれることです」


 みなおおいに頷いたが、サノウは首を振って、


「とはいえ、ここまで大きくした山塞を棄てるのは惜しまれることでもあり、また早計でもあります。ただ草原を懐かしんでこれを飛び出せば、必ず痛い目に遭うことでしょう。たしかに勢いに乗じて(アウラ)を下れば、牧地(ヌントゥグ)容易(アマルハン)に回復できます。しかし『易く得たものは易く失う』ということは、ウリャンハタ部を見ても明らかなこと。慎重に、着実に、一歩ずつ失地を回復するべきかと存じます」


「では軍師、その方策やいかん?」


 トシ・チノが問えば、


「我らは多くの氏族(オノル)混淆(こんこう)しております。これをただ草原に返せば、もとに戻るばかり。いわば点をばら()いたような状態になってしまいます。これでは強敵と(まみ)えたとき、また敗れるのは(オト)を見るより明らか。そこで点を線に、さらに面にせねばなりません。そのためには焦らずじっくりと牧地を広げて、(ブルガ)が現れたらその都度(クチ)を併せて退けていかねばなりません」


 みなの(ヌル)を見回してから続けて、


「今、草原(ミノウル)を見渡すに、(ヂェウン)のジュレン部はしばらく(バリク)から出てきますまい。西(バラウン)のウリャンハタ部もメンドゥ(ムレン)は渡れません。しかし(ニドゥ)(ウリダ)に向ければ、まずベルダイ右派(バラウン)のサルカキタンがいます。まあ、これは難敵とは言えません、すぐにも討てましょう。しかしその南は? そう、マシゲル部が分裂して争っています。それはそれとして、さらに南はどうでしょう」


 ナオルが答えて、


「ヤクマン部がある」


そう(ヂェー)草原(ミノウル)最大の梟雄トオレベ・ウルチ率いるヤクマン部が盤踞しています。今回、トオレベ・ウルチは我々の(ソオル)にもマシゲルの内乱(ブルガルドゥアン)にも荷担せず、じっと様子を窺っています。その間、何もしていないはずはありません。一挙に牧地を広げようと力を蓄えていたに違いないのです。これを見れば、迂闊に草原に出るのは愚挙であることが解りましょう」


 さらに続けて、


「また敵はそればかりではありません。小部族(ヤスタン)野盗(ヂェテ)の類は数知れず、かのマシゲルの獅子(アルスラン)ギィ殿も、タロトの妖人ジェチェン殿も、その跳梁に悩まされたものです。我々はこれらのうち、降るものは迎え、逆らうものは滅ぼさねばなりません。寛猛を使い分け、(コソル)を広めるごとに強を益す大略なくして、草原(ミノウル)に覇を唱えることなどできません」


 一同はしんとして次の言葉(ウゲ)を待った。サノウはひと息吐いて、


「山塞は決して棄ててはいけません。まずはこのオロンテンゲル(アウラ)の南を牧地として収めましょう。家畜(アドオスン)は輪番で管理することとし、ほかの職制も定めて、しばらくは山塞を軸にアイルを展開しましょう。早く故郷の山河に戻りたいものもあるでしょうが、辛抱して大義のためにはたらいてもらいます」


 これには異議を唱えるものもない。タアバが尋ねて言った。


「輪番というが、そのものは山を下りるのか」


いかにも(ヂェー)。決められたものは草原にアイルを構えて家畜を守るのだ。それ以外のものは今までどおり塞で暮らしてもらう」


 さらに一同に向かって、


「この任務(アルバ)は、誰にでもできるというわけではありません。全部族(ヤスタン)の家畜を預かる重要な役ですから、みなの信頼(イトゥゲルテン)とそれに応える才略(アルガ)が不可欠です。また万が一、敵人が来襲したら、真っ先にそれを察知して山塞に伝え、自らは先頭に立って戦わねばなりません。ところでナオル殿は、インジャ様の一の義弟にして信頼厚く、胆力才略ともに(すぐ)れているのは誰しも認めるところです。ゆえに最初はナオル殿が適任かと存じます」


 当のナオルは急に褒められたので窮屈そうに(かしこ)まっている。サノウは続けて言うには、


「そのほかの職制も一部改める必要があるでしょう。それは明日、インジャ様とセイネン、マタージ殿、サイドゥと(はか)って決めておきましょう。祝宴を中断して申し訳ありません」


 そしてやっと着席する。一同は言葉もなかったが、突然ドクトが、


(あや)うく今日はもう飲めぬのかと思ったわ! さあさあ、ぱぁっといきましょうや。山塞に乾杯! インジャ様に乾杯! 軍師先生に乾杯だ!」


 そう大声で叫んだので、一座の空気はがらりと変わり、あとはいつもの宴会となった。諸将は代わる代わる立ってインジャに杯を勧め、インジャも快く受けると諸将に返杯した。


 座に並ぶ好漢を数えれば、総じて二十九人。どの顔にも笑顔が溢れ、勝利の喜び(ヂルガラン)に浮かれている。


 中でも功績一等に輝いたアネクは軍装を解き、(あで)やかな袍衣(デール)に身を包んで、宴席に華を添える。その白い笑顔はまるで(ツェツェク)が咲き零れたがごとき美しさ。


 諸将はおおいに飲み、騒ぎ、語り、宴は夜更けまで続いたが、この話はここまでとする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ