第三 一回 ④
アネク山道に三将を討って功を顕し
カントゥカ平原に四雄を退け軍を保つ
コヤンサンはあわてて引き返す。トオリルが言う。
「危ないところでしたぞ!」
「あんな払いは初めてだ。腕が痺れて使いものにならん。どうやら恐ろしい使い手のようだ」
「そう言ったでしょう」
そこにアネクらが追いついてくる。コヤンサンの話を聞いて、俄かにドクトが飛び出した。得物は三叉の矛。
「やい、次は俺様が相手だ!」
「誰が出てきても同じことだ」
カントゥカが嘯けば、スク・ベクが、
「俺にも戦わせてくれ、交替だ」
そう言ったので、にやりと笑って後ろに下がる。
ドクトは得物をしごいて闘志満々、いきなり打ちかかる。スク・ベクは笑いながらこれを捌く。そして渾身の力を込めて突きを繰り出したが、ドクトは体を捻ってこれを躱す。
二人は前になり後ろになり、およそ十合ほど戦ったが勝負がつかない。一方が龍なら、他方は虎といった按配でまことに好敵手。
見ていた山塞側からカトラが飛び出す。カントゥカが悠然とそれを遮った。カトラもものも言わずに打ちかかったが、コヤンサンと同じようにがんと弾かれる。何とか槍を持ち直すと、第二撃を繰り出すが、これも通じない。
さらにタミチが加勢に出る。かくしてカントゥカを挟んで二将が挟撃する形勢となったが、まったく動じる気配がない。左右から繰り出される槍はことごとく阻まれる。
「そろそろこちらも攻めるぞ」
そう言っていきなり強烈な一撃をカトラに見舞った。
「わわ!」
受けるのが精一杯、衝撃でびりびりと手が痺れ、たまらず得物を落とす。それを見たアネクがはっとして飛び出した。手には二条の鉄鞭。
「出たな、女将軍」
カントゥカは不敵な笑みを浮かべる。カトラは腰の剣を引き抜いた。ベルダイの誇る三将が一斉に打ちかかる。
「ああ、鬱陶しい!」
天地を揺るがすような声で叫ぶと、咆哮を挙げつつ左右の戦斧を振り回した。すると瞬く間に三将の得物は空に撥ね上げられた。
「はははは!」
三将はおおいに驚き、馬首を転じて退いた。山塞の兵はあのアネクすら相手にならなかったので、恐れ戦いて進もうとしない。
ドクトとスク・ベクはいまだに勝負がつかなかったが、ドクトが思うに、
「この男、相当できる。一人でも持て余しているというのに、あの化物が加わったら命が幾つあっても足りぬ」
そこで強烈な一撃を繰り出すと、その隙にさっと馬首を廻らした。
「逃げるか!」
スク・ベクが叫んだが、カントゥカが制して言うには、
「まあ、よいではないか。これで追っては来れまい」
スク・ベクが承知したので、二将は悠々と馬首を転じて本隊を追った。山塞軍は呆然とそれを見送る。トオリルが、
「追いましょう。奴らがいくら強くても所詮一人のはたらき。数をもって囲めば恐れるには及びません。一騎討ちに拘るからいけないのです」
そう言って諸将を促したが、セイネンが言うには、
「あれほどの将、大軍をもって討ちとるには惜しい。今日は彼らに敬意を表して退くことにしよう。十分戦果はあったし、ウリャンハタも西原に帰るだろう。戻って今後のことを諮ろうではないか」
みな賛成したので諸将は山塞に戻った。本塞に入ると、すでにハツチらによって祝宴の用意が整っていた。各塞を守る諸将も一堂に会した。どの顔も戦勝の喜びに溢れている。決められた席次で座ると、インジャが立って言った。
「このたびの戦で、私は非才にして何もできなかったが、みなのおかげで五万の大軍を退けることができた。今日はおおいに飲み、ともに喜ぼう」
一座のものは立ち上がって歓声を挙げると、口々にインジャの徳を称えた。さらに祝宴の前に論功行賞が行われた。みなはサノウの名を第一に挙げたが、
「私は塞上にあって駄弁を弄していたに過ぎません。実際に戦場にあって戦った将にこそ恩賞があって然るべきです」
そう言って固辞する。諸将はいろいろと説得したがどうしても承知せず、それどころか機嫌を損ねて席を外しかねない様子だったので、やむなく第一の功はほかの将が受けることになった。ジュゾウは口を尖らせて、
「何だい、先生も強情だな。くれるってんだから素直に貰っとけばいいんだ。まったく昔っからそうなんだから」
サノウはこれを無言で睨みつける。インジャが宥めて、
「では第一の功は、チハル・アネクだと思うが、いかがだろう」
不平を鳴らすものもいなかったので、アネクが功績一等となった。以下、ナオル、トシ、セイネン、マタージ、サイドゥ、トオリルなどが次々と賞を受けた。
ほかのものもそれぞれはたらきに応じて賞が下され、捕虜や馬などの戦利品も分けられた。セイネンはその中から優れた若者を選抜して隷民軍に編入することにした。
「さあ、これで草原に帰れるぞ!」
コヤンサンが叫ぶ。それを受けて、サノウがやおら立ち上がった。このことから英傑好漢はその能力に応じて職制定まり、のちに大鵬のごとく草原に雄飛することになるのだが、果たして稀代の軍師は何と言ったか。それは次回で。