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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
124/783

第三 一回 ④

アネク山道に三将を討って功を(あらわ)

カントゥカ平原に四雄を退け軍を保つ

 コヤンサンはあわてて引き返す。トオリルが言う。


「危ないところでしたぞ!」


「あんな払いは初めてだ。腕が痺れて使いものにならん。どうやら恐ろしい使い手のようだ」


「そう言ったでしょう」


 そこにアネクらが追いついてくる。コヤンサンの話を聞いて、俄かにドクトが飛び出した。得物は三叉の矛。


「やい、次は俺様が相手だ!」


「誰が出てきても同じことだ」


 カントゥカが(うそぶ)けば、スク・ベクが、


「俺にも戦わせてくれ、交替だ」


 そう言ったので、にやりと笑って後ろに下がる。


 ドクトは得物をしごいて闘志満々、いきなり打ちかかる。スク・ベクは笑いながらこれを(さば)く。そして渾身の(クチ)を込めて突きを繰り出したが、ドクトは体を捻ってこれを(かわ)す。


 二人は前になり後ろになり、およそ十合ほど戦ったが勝負がつかない。一方が龍なら、他方は(カブラン)といった按配でまことに好敵手。


 見ていた山塞側からカトラが飛び出す。カントゥカが悠然とそれを遮った。カトラもものも言わずに打ちかかったが、コヤンサンと同じようにがんと(はじ)かれる。何とか(ヂダ)を持ち直すと、第二撃を繰り出すが、これも通じない。


 さらにタミチが加勢に出る。かくしてカントゥカを挟んで二将が挟撃する形勢となったが、まったく動じる気配がない。左右から繰り出される槍はことごとく(はば)まれる。


「そろそろこちらも攻めるぞ」


 そう言っていきなり強烈な一撃をカトラに見舞った。


「わわ!」


 受けるのが精一杯、衝撃でびりびりと(ガル)が痺れ、たまらず得物を落とす。それを見たアネクがはっとして飛び出した。手には二条の鉄鞭(テムル・タショウル)


「出たな、女将軍」


 カントゥカは不敵な笑みを浮かべる。カトラは腰の(ウルドゥ)を引き抜いた。ベルダイの誇る三将が一斉に打ちかかる。


「ああ、鬱陶しい!」


 天地を揺るがすような(ダウン)で叫ぶと、咆哮を挙げつつ左右の戦斧を振り回した。すると瞬く間(トゥルバス)に三将の得物は空に()ね上げられた。


「はははは!」


 三将はおおいに驚き、馬首を転じて退いた。山塞の兵はあのアネクすら相手にならなかったので、恐れ(おのの)いて進もうとしない。


 ドクトとスク・ベクはいまだに勝負がつかなかったが、ドクトが思うに、


「この男、相当できる。一人でも持て余しているというのに、あの化物が加わったら(アミン)が幾つあっても足りぬ」


 そこで強烈な一撃を繰り出すと、その隙にさっと馬首を(めぐ)らした。


「逃げるか!」


 スク・ベクが叫んだが、カントゥカが制して言うには、


「まあ、よいではないか。これで追っては来れまい」


 スク・ベクが承知したので、二将は悠々と馬首を転じて本隊を追った。山塞軍は呆然とそれを見送る。トオリルが、


「追いましょう。奴らがいくら強くても所詮一人のはたらき。数をもって囲めば恐れるには及びません。一騎討ちに(こだわ)るからいけないのです」


 そう言って諸将を(うなが)したが、セイネンが言うには、


「あれほどの将、大軍をもって討ちとるには惜しい。今日は彼らに敬意を表して退くことにしよう。十分戦果はあったし、ウリャンハタも西原に帰るだろう。戻って今後のことを(はか)ろうではないか」


 みな賛成したので諸将は山塞に戻った。本塞に入ると、すでにハツチらによって祝宴の用意が整っていた。各塞を守る諸将も一堂に会した。どの(ヌル)も戦勝の喜び(ヂルガラン)に溢れている。決められた席次で座ると、インジャが立って言った。


「このたびの(ソオル)で、私は非才にして何もできなかったが、みなのおかげで五万の大軍を退けることができた。今日はおおいに飲み、ともに喜ぼう」


 一座のものは立ち上がって歓声を挙げると、口々にインジャの徳を(たた)えた。さらに祝宴の前に論功行賞が行われた。みなはサノウの名を第一に挙げたが、


「私は塞上にあって駄弁を弄していたに過ぎません。実際に戦場にあって戦った将にこそ恩賞があって然るべきです」


 そう言って固辞する。諸将はいろいろと説得したがどうしても承知せず、それどころか機嫌を(そこ)ねて席を外しかねない様子だったので、やむなく第一の功はほかの将が受けることになった。ジュゾウは(アマン)を尖らせて、


「何だい、先生も強情(コキル)だな。くれるってんだから素直に貰っとけばいいんだ。まったく昔っからそうなんだから」


 サノウはこれを無言で睨みつける。インジャが(たしな)めて、


「では第一の功は、チハル・アネクだと思うが、いかがだろう」


 不平を鳴らすものもいなかったので、アネクが功績一等となった。以下、ナオル、トシ、セイネン、マタージ、サイドゥ、トオリルなどが次々と賞を受けた。


 ほかのものもそれぞれはたらきに応じて賞が下され、捕虜や(アクタ)などの戦利品(オルヂャ)も分けられた。セイネンはその中から優れた若者(ヂャラウス)を選抜して隷民(ハラン)軍に編入することにした。


「さあ、これで草原(ケエル)に帰れるぞ!」


 コヤンサンが叫ぶ。それを受けて、サノウがやおら立ち上がった。このことから英傑好漢はその能力(エルデム)に応じて職制定まり、のちに大鵬(ハンガルディ)のごとく草原(ミノウル)に雄飛することになるのだが、果たして稀代の軍師は何と言ったか。それは次回で。

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