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草原演義  作者: 秋田大介
巻三
122/783

第三 一回 ②

アネク山道に三将を討って功を(あらわ)

カントゥカ平原に四雄を退け軍を保つ

 大将旗が動くのを見てコヤンサンは、


「おお、大カン自らがお出ましだぞ。首を洗って待ってろよ!」


 そう言って駆け出そうとしたところ、トオリルが諫めて言った。


「あわててはなりません。中軍(ゴル)には精鋭が揃うもの、こちらも態勢を整えるべきです。アネク殿やトシ様と兵を併せましょう」


 コヤンサンはおおいに気が(はや)ったが、先の例を思い起こしてこれに(したが)った。そのときちょうどトシ・チノの陣営(トイ)から金鼓が鳴り、山塞軍は整然と布陣(デム)を立て直す。


 ウリャンハタ軍も金鼓を打ち鳴らし、それを機に両軍は正面から激突した。馬蹄(トゥル)の響きは天地に満ち、(ヂダ)の触れ合う音が方々で(チフ)を打つ。さすがに一進一退、山塞の精鋭もそう容易(アマルハン)には勝ちを制することができない。


 トシ・チノは悠然と指揮を()りつつ、


「ほう、さすがは大カン率いる中軍、おいそれとは退かぬか。マタージ殿、策はあるか」


 そう傍ら(デルゲ)のマタージに尋ねれば、答えて言うには、


(ブルガ)は緒戦の不利を挽回しようと死に物狂いで向かってきております。ならばそれを逆に利用するのがよろしいかと。つまり突き崩されたかと見せて、敵を(エブル)に呼び込み、半ば包囲(ボソヂュ)して殲滅(ムクリ・ムスクリ)するというのはいかがでしょう」


「妙計だ。そのとおりにいたそう」


 すぐに金鼓を鳴らさせれば、それを聞いたアネクもコヤンサンもたちまち策戦を理解する。さりげなく兵を動かしてウリャンハタ軍のために(モル)を空ける。それはあたかも猛攻に押されて隙ができたかのごとくであった。


 ミクケルは誘いの一手とも知らずに欣喜雀躍して叫んだ。


「見ろ、敵は浮足立っておるぞ! 進め、進め。小僧(ニルカ)どもの首を挙げるのは今ぞ!」


 ウリャンハタ軍は、わあっと喊声を挙げて前進する。塞上から(ソオル)の様子を見ていたインジャは、あわててサノウに尋ねた。


「軍師、友軍(イル)が不利のようだが……」


 するとサノウ、からからと笑って、


「ご心配なく。味方をも欺く見事な用兵とは、かくのごときを謂うのでしょう。あれは『わざと撃たせて拳を(つか)む』という計でございます。ご覧なさい、一見突破されたように見えますが、敵は前進に気を奪われて胴が細く伸びきっております。あれでは横からの攻撃には堪えられません」


 このような会話がなされていたころ、ウリャンハタの軍中にも同じ危惧を抱いたものがあった。カオエンのヒラトである。彼は味方が陥穽に落ちたことを悟ったが、ときすでに遅くいかんともすることができなかった。


 そこで彼は俄かに己の手勢に退却の指令を出した。カオエン軍の一部が徐々に後退を始める。中軍のあとに従っていたので、混乱少なく離脱することができた。


 すぐにそれに気づいたサノウは感心して言った。


「敵にも兵法を(かじ)ったものがあるようですな。いずれにせよ勝敗は決しました」


 その瞬間、高らか(ホライタラ)に銅鑼が鳴り響いたかと思うと、左右に散ったアネク、コヤンサンの兵が喊声を挙げてウリャンハタ軍の側面を突いた。トシ・チノの中軍もどっと押し出す。ウリャンハタ軍はずたずたに分断され、途端に浮足立った。


「敵は崩れたぞ! ここが勝敗の岐路と心得よ!」


 トシが戦場に響きわたる大声で叫ぶと、山塞の兵は一人残らず奮い立ってウリャンハタ軍を揉み立てる。アネク、コヤンサンも手薄になった敵軍の中を縦横無尽に駆け回る。


 ミクケルは茫然自失の(てい)で、自軍が崩壊していくのを見遣(みや)っていた。


「む、むむう、小僧どもが……」


「大カン、退却(オロア)の合図を! このままでは全滅……」


 側近の将が青ざめた(ヌル)で言う。ミクケルは怒り(アウルラアス)にわなわなと震えながら、ついに退却の(カラ)を下した。銅鑼が鳴り、一斉に退きはじめる。


 山塞軍はさらに勢いに乗って攻め立てる。突出した部隊のほとんどは退くこともかなわず、ことごとく討ちとられていく。辛うじてミクケルの中軍は包囲の(チルメ)から()けることができた。


「追え! 大カンを討ちとれば褒賞は思いのままだぞ!」


 コヤンサンが叫ぶ。


 ミクケルの中軍は(トグ)もうち棄てて、ひたすら背走に背走を重ね、朝方登ってきた道を下り続けた。次第に従う兵の数は減り、今や大軍の面影もない。ミクケルは屈辱に顔を青く染め、歯を食いしばって(タショウル)を振るう。


 数里ほど下ったときである。突然左右から喊声が湧き起こった。驚いて見れば、道の両側からどっと軍勢が繰り出してくる。先頭の将が名乗りを挙げて言うには、


「俺はカミタ氏族長(ノヤン)ドクト! その首、置いていくがいい!」


「わわわ、伏兵だ!」


 ミクケルはあまりに驚いて、思わず(エメル)から転げ落ちそうになった。と、一将が飛び出してドクトの前に立ちはだかった。


「お前はこのシモウルのカヂュが相手いたす。大カン、今のうちにお逃げください!」


「おお、(たの)んだぞ!」


 ミクケルは一隊を残して、その場を(サルヒ)のごとく駆け抜けた。ほっとしたのも束の間、数里も行かないうちにまたしても喊声が巻き起こった。旗を揚げて行く手を遮った将は誰かといえば、


「やい、待ちかねたぞ。俺はドノル氏族長(ノヤン)テムルチだ」


 ミクケルは、あっと叫んだまま(アマン)を閉じることすら忘れて(ウマルタヂュ)いる。そのときまたも一将が飛び出した。


「大カンには(ホロー)一本触れさせぬぞ! このシモウルのフウテイが相手だ」


「おお、この場は(まか)せた!」


 ミクケルは震える(ダウン)で言うと、またも一隊を()いてその場を切り抜けたが、すでに(アクタ)は息が上がり、自身も疲労困憊、(ホオライ)はからからに渇き、従う将兵もみな疲れきっている。


「もう一度、伏兵に襲われたらひとたまりもない」


 そう呟いた瞬間、金鼓が鳴り渡って一軍が躍り出てきた。旗を見ればキャラハン氏のもの。


「ああっ、もう終わりだ!」


 悲鳴を挙げて上天(テンゲリ)を仰ぐ。

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