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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
120/783

第三 〇回 ④

トオリル東塞に妙計を用いて衆を(はし)らせ

ミクケル西塞に威信を懸けて戦を挑む

 トシ・チノはベルダイの諸将とともに七人の好漢(エレ)を迎えて言った。


(ブルガ)はウリャンハタ軍一万(トゥメン)。ミクケル自ら率いているようです」


 マタージが首を(かし)げて、


「何か秘策があって西塞に攻めてきたのでしょうか」


 するとサノウは首を振って、


「そうではありますまい。続く敗戦に業を煮やして出てきたに過ぎません。一矢報いようといったところでしょう。いずれ判ると思いますが、ここは一隊を出して様子を見ましょう。コヤンサン!」


 呼ばれて、おうと応えるのを見れば、闘志が全身に(みなぎ)っている。


「君はカトラ、タミチ、ジュゾウ、トオリルの四人とともに、兵三千を率いて撃って出よ」


 コヤンサンは小躍りして退出する。サノウは、サイドゥとともに望楼に上がって(ソオル)を見守った。(エウデン)を開いてコヤンサンらが飛び出す。


 ウリャンハタ軍も前進してきて対峙する。軍中から進み出てきた将があった。誰かといえばウラカンの勇将トゥイン・チノ。左右にあるのは、やはりウラカンのブルと、シモウルのジュゲン。トゥインが言った。


小僧(ニルカ)どもめ、山塞を出て降るなら今のうちだぞ!」


 コヤンサンは(あざけ)り笑って、


「ふざけるな、降るのはお前らではないのか。最初の大軍はどこへ行った」


 トゥインはおおいに怒ってものも言わずに打ちかかった。コヤンサンも得物を()って渡り合う。ブル、ジュゲンの両将も(ヂダ)を掲げて勝負を挑む。これに対するはベルダイの誇るカトラ、タミチの二将。


 それぞれ優劣つけがたい好勝負、みな息を吞んで見守ったが、独り欠伸(あくび)を噛み殺しているものがいた。その名は飛生鼠ジュゾウ。


 おもむろに弓を構えると、矢をつがえてひょうと放つ。矢は見事トゥインの右肘に突き立った。あっと叫んで()()ったところに、コヤンサンの槍が一閃、猛将(バアトル)はあえなく最期を遂げた。


 動揺したブル、ジュゲン両名もカトラ、タミチの(ガル)にかかって、どうっと落馬して果てた。西塞からはやんやの喝采、ウリャンハタ軍からは嘆声が漏れる。


「それ、突っ込め!」


 コヤンサンが号令すると、三千騎は一丸となって突撃した。ウリャンハタ軍は支えきれずにどっと後退する。


「押せ、押せ!」


 コヤンサンは陣頭に立って得物を振り回す。トオリルがようやく追いついて、


「敵は大軍です。深追いはいけません。もし包囲(ボソヂュ)されたら……」


「愚かな。この(チャク)を逃してなるものか!」


 そう言ってさらに獲物(ゴロスエン・ゴルウリ)(もと)めて突き進む。続くカトラ、タミチも驍勇を発揮して、次々と敵兵を葬り去る。


 しかしウリャンハタはさすがに草原(ケエル)強者(ヂオルキメス)、巧みに兵を動かしてすぐに戦列(ヂェルゲ)を立て直しはじめた。さらに右翼(バラウン・ガル)が展開して、コヤンサンらを包囲にかかる。


「ほほう、さすがはミクケル。退却の銅鑼を」


 サノウが命じて、銅鑼が戦場に鳴りわたった。コヤンサンはおおいに不服だったが軍令には逆らえず、兵をまとめて退いた。塞に戻ったコヤンサンは、憤懣も(あらわ)にサノウに詰め寄って、


「なぜ退却の銅鑼を鳴らしたんです。もうひと息で勝てましたぞ」


「愚かなことを申すな。君は包囲されかけていたのだぞ。あのまま留まっていたら(とりこ)になっていたかもしれぬ」


 そう言われてコヤンサンはおとなしく詫びた。さらに小声で言うには、


「実はトオリルが同じことを言ったのですが、取り合わなかったんで……」


「ほう、では本人に詫びるべきだろう」


「ごもっともで」


 コヤンサンはトオリルにも素直にテリウ)を下げて、非礼(ヨスグイ)を詫びた。トオリルはあわてて言った。


「私のような小者(カラチュス)が無礼にも(アマン)を出したのがいけなかったのです。どうかお(ゆる)しください」


 インジャが間に入って言った。


「まあまあ、無事だったのだからよいではないか。それにしてもトオリルの眼力は素晴らしい。聞けば先の東塞でも見事な策を示したというではないか。今後も気づいたことがあれば何でも言ってくれ」


 トオリルは拝礼して謝した。そこへ報があって、


「ウリャンハタの将が、アネク様に挑戦しています」


 サノウが、ははあと頷いて言った。


「ミクケルという男は思ったより小人ですな」


「と言うと?」


 インジャが尋ねると、


「単にアネク殿が東塞、西塞で功を(あらわ)したので、指名して挑んでいるのです。ならば敵に策のあろうはずもありません。存分に戦って(アヤラクイ)蹴散らしましょう」


 サイドゥを呼んでともに算段を整えると、諸将を集めて、


「敵の望みどおり、アネク殿に先鋒(ウトゥラヂュ)を任せましょう。副将はカトラ、タミチ、兵は二千。次いでコヤンサン、副将はトオリル、兵二千。中軍(ゴル)はトシ・チノ殿、副将はマタージ殿、兵六千。後軍(ゲヂゲレウル)はナオル殿、副将はジュゾウ、兵三千。以上、一万三千騎をもってウリャンハタの息の根を止めましょう。ひた押しに押せば崩れます。あとは(ふもと)まで息も()かせず追ってかまいません」


 インジャも立って言った。


「みな今までよく戦ってくれた。今日、ミクケルを破ることができればこの戦も終わろう。ここが最後の決戦と心得よ」


 諸将は右手を高々(ホライタラ)と挙げて、おうと応えた。手配どおりに出撃の準備が整うと、金鼓が盛大に打ち鳴らされて門が開く。アネク、カトラ、タミチの三将を戦闘に二千騎がどっと繰り出した。


 門前でしきりに挑発していた敵将は、不意を衝かれてあっという間にアネクの鉄鞭(テムル・タショウル)を喰らい、戦場の(シウデル)と消えた。


 二千騎は喊声を挙げて突撃していく。続いてコヤンサン、トオリルの二千が飛び出し、トシ・チノ、マタージの六千も門外に布陣する。アネクらの勢いは凄まじく、トシの中軍も徐々に前進し、やがてナオル、ジュゾウの隊が姿(カラア)を現す。


 ここに山塞とウリャンハタ軍の決戦が始まったわけだが、かたや龍なら、かたや(カブラン)、いずれも勇将数知れず、これを制するは人か上天(テンゲリ)か、雌雄の形勢なお定めがたしといったところ。さてこの戦において凱歌を揚げるのは果たしてどちらか。それは次回で。

<巻二 終わり>


草原(ミノウル)全土

挿絵(By みてみん)


「巻二 登場人物および関連地図」は、

https://ncode.syosetu.com/n2861ib/2/

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