第三 〇回 ④
トオリル東塞に妙計を用いて衆を奔らせ
ミクケル西塞に威信を懸けて戦を挑む
トシ・チノはベルダイの諸将とともに七人の好漢を迎えて言った。
「敵はウリャンハタ軍一万。ミクケル自ら率いているようです」
マタージが首を傾げて、
「何か秘策があって西塞に攻めてきたのでしょうか」
するとサノウは首を振って、
「そうではありますまい。続く敗戦に業を煮やして出てきたに過ぎません。一矢報いようといったところでしょう。いずれ判ると思いますが、ここは一隊を出して様子を見ましょう。コヤンサン!」
呼ばれて、おうと応えるのを見れば、闘志が全身に漲っている。
「君はカトラ、タミチ、ジュゾウ、トオリルの四人とともに、兵三千を率いて撃って出よ」
コヤンサンは小躍りして退出する。サノウは、サイドゥとともに望楼に上がって戦を見守った。門を開いてコヤンサンらが飛び出す。
ウリャンハタ軍も前進してきて対峙する。軍中から進み出てきた将があった。誰かといえばウラカンの勇将トゥイン・チノ。左右にあるのは、やはりウラカンのブルと、シモウルのジュゲン。トゥインが言った。
「小僧どもめ、山塞を出て降るなら今のうちだぞ!」
コヤンサンは嘲り笑って、
「ふざけるな、降るのはお前らではないのか。最初の大軍はどこへ行った」
トゥインはおおいに怒ってものも言わずに打ちかかった。コヤンサンも得物を執って渡り合う。ブル、ジュゲンの両将も槍を掲げて勝負を挑む。これに対するはベルダイの誇るカトラ、タミチの二将。
それぞれ優劣つけがたい好勝負、みな息を吞んで見守ったが、独り欠伸を噛み殺しているものがいた。その名は飛生鼠ジュゾウ。
おもむろに弓を構えると、矢をつがえてひょうと放つ。矢は見事トゥインの右肘に突き立った。あっと叫んで仰け反ったところに、コヤンサンの槍が一閃、猛将はあえなく最期を遂げた。
動揺したブル、ジュゲン両名もカトラ、タミチの手にかかって、どうっと落馬して果てた。西塞からはやんやの喝采、ウリャンハタ軍からは嘆声が漏れる。
「それ、突っ込め!」
コヤンサンが号令すると、三千騎は一丸となって突撃した。ウリャンハタ軍は支えきれずにどっと後退する。
「押せ、押せ!」
コヤンサンは陣頭に立って得物を振り回す。トオリルが漸く追いついて、
「敵は大軍です。深追いはいけません。もし包囲されたら……」
「愚かな。この機を逃してなるものか!」
そう言ってさらに獲物を索めて突き進む。続くカトラ、タミチも驍勇を発揮して、次々と敵兵を葬り去る。
しかしウリャンハタはさすがに草原の強者、巧みに兵を動かしてすぐに戦列を立て直しはじめた。さらに右翼が展開して、コヤンサンらを包囲にかかる。
「ほほう、さすがはミクケル。退却の銅鑼を」
サノウが命じて、銅鑼が戦場に鳴りわたった。コヤンサンはおおいに不服だったが軍令には逆らえず、兵をまとめて退いた。塞に戻ったコヤンサンは、憤懣も顕にサノウに詰め寄って、
「なぜ退却の銅鑼を鳴らしたんです。もうひと息で勝てましたぞ」
「愚かなことを申すな。君は包囲されかけていたのだぞ。あのまま留まっていたら虜になっていたかもしれぬ」
そう言われてコヤンサンはおとなしく詫びた。さらに小声で言うには、
「実はトオリルが同じことを言ったのですが、取り合わなかったんで……」
「ほう、では本人に詫びるべきだろう」
「ごもっともで」
コヤンサンはトオリルにも素直に頭を下げて、非礼を詫びた。トオリルはあわてて言った。
「私のような小者が無礼にも口を出したのがいけなかったのです。どうかお恕しください」
インジャが間に入って言った。
「まあまあ、無事だったのだからよいではないか。それにしてもトオリルの眼力は素晴らしい。聞けば先の東塞でも見事な策を示したというではないか。今後も気づいたことがあれば何でも言ってくれ」
トオリルは拝礼して謝した。そこへ報があって、
「ウリャンハタの将が、アネク様に挑戦しています」
サノウが、ははあと頷いて言った。
「ミクケルという男は思ったより小人ですな」
「と言うと?」
インジャが尋ねると、
「単にアネク殿が東塞、西塞で功を顕したので、指名して挑んでいるのです。ならば敵に策のあろうはずもありません。存分に戦って蹴散らしましょう」
サイドゥを呼んでともに算段を整えると、諸将を集めて、
「敵の望みどおり、アネク殿に先鋒を任せましょう。副将はカトラ、タミチ、兵は二千。次いでコヤンサン、副将はトオリル、兵二千。中軍はトシ・チノ殿、副将はマタージ殿、兵六千。後軍はナオル殿、副将はジュゾウ、兵三千。以上、一万三千騎をもってウリャンハタの息の根を止めましょう。ひた押しに押せば崩れます。あとは麓まで息も吐かせず追ってかまいません」
インジャも立って言った。
「みな今までよく戦ってくれた。今日、ミクケルを破ることができればこの戦も終わろう。ここが最後の決戦と心得よ」
諸将は右手を高々と挙げて、おうと応えた。手配どおりに出撃の準備が整うと、金鼓が盛大に打ち鳴らされて門が開く。アネク、カトラ、タミチの三将を戦闘に二千騎がどっと繰り出した。
門前でしきりに挑発していた敵将は、不意を衝かれてあっという間にアネクの鉄鞭を喰らい、戦場の露と消えた。
二千騎は喊声を挙げて突撃していく。続いてコヤンサン、トオリルの二千が飛び出し、トシ・チノ、マタージの六千も門外に布陣する。アネクらの勢いは凄まじく、トシの中軍も徐々に前進し、やがてナオル、ジュゾウの隊が姿を現す。
ここに山塞とウリャンハタ軍の決戦が始まったわけだが、かたや龍なら、かたや虎、いずれも勇将数知れず、これを制するは人か上天か、雌雄の形勢なお定めがたしといったところ。さてこの戦において凱歌を揚げるのは果たしてどちらか。それは次回で。