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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
119/783

第三 〇回 ③

トオリル東塞に妙計を用いて衆を(はし)らせ

ミクケル西塞に威信を懸けて戦を挑む

 一方、東塞はおおいに沸いていた。討ちとったもの数知れず、捕虜も都合二千を超える大勝であった。アネクらが続々と帰還し、セイネンがいちいちこれを迎えて(ねぎら)った。


 すべての将が戻るとジュゾウを本塞へ報告にやり、早速お決まりの宴となった。みなアネクの勇を賞し、トオリルの策を(たた)えたが、くどくどしい話は抜きにする。


 ジュゾウが本塞に戻ってみれば、こちらもおおいに盛り上がっている最中であった。わけを尋ねるとインジャが答えて、


「ナオルらがウリャンハタ軍を退けたのだ」


 聞けば、ナオル、マタージ、ドクト、テムルチ、オノチの五人は伏兵を巧みに用いて敵軍(ブルガ)を翻弄し、これを狭隘の(ガヂャル)に誘い込むと、あらかじめ(ゴド)の上にしかけてあった巨石(グル)大木(ネウレ)を投じて痛手を与え、(まぬが)れたものも飛び出してくる端から討ちとったとのこと。


 生き残った二千騎はことごとく降伏するという大勝利。五将が先ほど戻ってきたので祝宴を行っているところであった。


「そいつは凄いや。こっちも片付きましたぜ」


 そう言ってジュゾウが東塞での戦闘(カドクルドゥアン)について報告すれば、一同は感嘆しておおいにこれを祝した。インジャはジュゾウに命じて、セイネンらにすぐに戻ってくるよう伝えさせた。


 ほどなく合流(ベルチル)したセイネンらを諸将は喝采をもって迎えた。かくして一同は、(アルバ)のあるものを除いてことごとく席に着き、勝利の宴に興じたが、この話もここまでにする。




 かたや、ウリャンハタのミクケル・カンも多くの兵を失ったので、二十里退いてジュレン軍と合流した。


 夜、集まって軍議を開く。その数は六人、すなわちミクケル・カン、サルカキタン、ウルゲン、ヒスワ、ハサン、ムルケである。最初の軍議には十三人いたのが、いつしか半減してしまった。兵も五万あったのが今や二万を割っている。


 諸将の間には重苦しい沈黙が漂う。それを破ったのはミクケル・カンである。


「山塞の奴らは手強い。我らは地の利なく、多くの将兵を失ってしまった。何とか一矢報いねば、今後侮られるに違いない。何とか奴らを平原(タル・ノタグ)におびき出すことはできないか」


 するとハサンが青ざめた(ヌル)で、


「しかし、おびき出せたとして勝てましょうか。兵は(すくな)く、士気も衰えています」


 ミクケルは大喝して、


「おめおめ引き下がれようか! 山塞の小僧(ニルカ)どもめ、我らが逃げたら喜び勇んで草原(ケエル)に出てくるぞ!」


 諸将はうなだれて言うべき言葉(ウゲ)もない。ヒスワが言った。


「しかたありません。ここは退いて再起を図りましょう」


 ミクケルはいきり立って、


「まったく何と気概(ヂルケ)のない連中だ。そもそもお前らは二万もの兵を有しながら何をしておった。小娘(オキン)ひとりに翻弄されおって!」


 ムルケが憤然として言った。


「それはお言葉が過ぎますぞ! あの小娘はただの小娘ではありません。大カンはご覧になっていないから、そのようなことが言えるのです」


「何と。そのほうはわしが小娘ごときに遅れを取ると言うのか!」


 ぎろりと睨みつければ、途端に怖気(おじけ)づいて(ニドゥ)を泳がせると、


いえ(ブルウ)、そんな……」


「よいわ、明日わしが自ら出向いて小娘を(とら)えてくれよう。撤退するかどうかはそれから決めればよい。このわしが小娘に遅れを取るようなら、わしも得心して兵を退こう」


 それで解散となった。明けて翌日、ミクケルは一万騎(トゥメン)を率いて出陣した。目指すはベルダイの守る西塞。ジョンシのウルゲンもこれに加わった。


「ヒスワ、お前は(ふもと)で朗報を待っておれ!」


 ミクケルはそう言い捨てて(アウラ)を登っていった。ウリャンハタ軍来襲の報はすぐに西塞から本塞に伝えられた。ナオルが言うには、


「敵は一万。我らのほうが優勢です。ほかの塞には寡兵を留め、西塞に兵を集めて勝敗を決すればよろしいでしょう」


 すると座の中から一将が立ち上がって叫んだ。


「であれば是非俺を加えてください。腕が泣いております!」


 そう言ったのはほかでもない、北塞を守るズラベレンの族長(ノヤン)コヤンサンである。


「この(ソオル)が始まってから、みな功を立てているのに俺だけが何もしていない。是非戦に出してください」


 インジャはサノウに(はか)って言った。


「どうだろう、そのようにしてもよいと思うが」


はい(ヂェー)、ただ勝ちを確かにするために手はずを整えましょう。まず手勢を率いて西塞に入るのは、インジャ様、ナオル殿、マタージ殿、コヤンサン、ジュゾウ、トオリル、そして私の七人。兵は一万二千もあればよいでしょう」


 サノウはまた向き直って指示して、


「マジカン殿とゴルタ殿は東塞を、イエテン、タアバは北塞を、マルケは小塞を守り、本塞にはシャジ殿、ハツチ、トシロル、タンヤンの四人を残します」


さらに続けて言うには、


「またセイネン、ドクト、テムルチ、オノチの四人は退路に兵を伏せて、ウリャンハタ軍が退却してきたら半ば(ヂアリム)をやり過ごしてこれを撃つように」


 分担が決まったので諸将は退出した。準備はすぐに整い、救援に向かう七人の好漢(エレ)は間道を(つた)って西塞に入った。

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