第三 〇回 ③
トオリル東塞に妙計を用いて衆を奔らせ
ミクケル西塞に威信を懸けて戦を挑む
一方、東塞はおおいに沸いていた。討ちとったもの数知れず、捕虜も都合二千を超える大勝であった。アネクらが続々と帰還し、セイネンがいちいちこれを迎えて労った。
すべての将が戻るとジュゾウを本塞へ報告にやり、早速お決まりの宴となった。みなアネクの勇を賞し、トオリルの策を称えたが、くどくどしい話は抜きにする。
ジュゾウが本塞に戻ってみれば、こちらもおおいに盛り上がっている最中であった。わけを尋ねるとインジャが答えて、
「ナオルらがウリャンハタ軍を退けたのだ」
聞けば、ナオル、マタージ、ドクト、テムルチ、オノチの五人は伏兵を巧みに用いて敵軍を翻弄し、これを狭隘の地に誘い込むと、あらかじめ崖の上にしかけてあった巨石、大木を投じて痛手を与え、免れたものも飛び出してくる端から討ちとったとのこと。
生き残った二千騎はことごとく降伏するという大勝利。五将が先ほど戻ってきたので祝宴を行っているところであった。
「そいつは凄いや。こっちも片付きましたぜ」
そう言ってジュゾウが東塞での戦闘について報告すれば、一同は感嘆しておおいにこれを祝した。インジャはジュゾウに命じて、セイネンらにすぐに戻ってくるよう伝えさせた。
ほどなく合流したセイネンらを諸将は喝采をもって迎えた。かくして一同は、任のあるものを除いてことごとく席に着き、勝利の宴に興じたが、この話もここまでにする。
かたや、ウリャンハタのミクケル・カンも多くの兵を失ったので、二十里退いてジュレン軍と合流した。
夜、集まって軍議を開く。その数は六人、すなわちミクケル・カン、サルカキタン、ウルゲン、ヒスワ、ハサン、ムルケである。最初の軍議には十三人いたのが、いつしか半減してしまった。兵も五万あったのが今や二万を割っている。
諸将の間には重苦しい沈黙が漂う。それを破ったのはミクケル・カンである。
「山塞の奴らは手強い。我らは地の利なく、多くの将兵を失ってしまった。何とか一矢報いねば、今後侮られるに違いない。何とか奴らを平原におびき出すことはできないか」
するとハサンが青ざめた顔で、
「しかし、おびき出せたとして勝てましょうか。兵は寡く、士気も衰えています」
ミクケルは大喝して、
「おめおめ引き下がれようか! 山塞の小僧どもめ、我らが逃げたら喜び勇んで草原に出てくるぞ!」
諸将はうなだれて言うべき言葉もない。ヒスワが言った。
「しかたありません。ここは退いて再起を図りましょう」
ミクケルはいきり立って、
「まったく何と気概のない連中だ。そもそもお前らは二万もの兵を有しながら何をしておった。小娘ひとりに翻弄されおって!」
ムルケが憤然として言った。
「それはお言葉が過ぎますぞ! あの小娘はただの小娘ではありません。大カンはご覧になっていないから、そのようなことが言えるのです」
「何と。そのほうはわしが小娘ごときに遅れを取ると言うのか!」
ぎろりと睨みつければ、途端に怖気づいて目を泳がせると、
「いえ、そんな……」
「よいわ、明日わしが自ら出向いて小娘を擒えてくれよう。撤退するかどうかはそれから決めればよい。このわしが小娘に遅れを取るようなら、わしも得心して兵を退こう」
それで解散となった。明けて翌日、ミクケルは一万騎を率いて出陣した。目指すはベルダイの守る西塞。ジョンシのウルゲンもこれに加わった。
「ヒスワ、お前は麓で朗報を待っておれ!」
ミクケルはそう言い捨てて山を登っていった。ウリャンハタ軍来襲の報はすぐに西塞から本塞に伝えられた。ナオルが言うには、
「敵は一万。我らのほうが優勢です。ほかの塞には寡兵を留め、西塞に兵を集めて勝敗を決すればよろしいでしょう」
すると座の中から一将が立ち上がって叫んだ。
「であれば是非俺を加えてください。腕が泣いております!」
そう言ったのはほかでもない、北塞を守るズラベレンの族長コヤンサンである。
「この戦が始まってから、みな功を立てているのに俺だけが何もしていない。是非戦に出してください」
インジャはサノウに諮って言った。
「どうだろう、そのようにしてもよいと思うが」
「はい、ただ勝ちを確かにするために手はずを整えましょう。まず手勢を率いて西塞に入るのは、インジャ様、ナオル殿、マタージ殿、コヤンサン、ジュゾウ、トオリル、そして私の七人。兵は一万二千もあればよいでしょう」
サノウはまた向き直って指示して、
「マジカン殿とゴルタ殿は東塞を、イエテン、タアバは北塞を、マルケは小塞を守り、本塞にはシャジ殿、ハツチ、トシロル、タンヤンの四人を残します」
さらに続けて言うには、
「またセイネン、ドクト、テムルチ、オノチの四人は退路に兵を伏せて、ウリャンハタ軍が退却してきたら半ばをやり過ごしてこれを撃つように」
分担が決まったので諸将は退出した。準備はすぐに整い、救援に向かう七人の好漢は間道を伝って西塞に入った。