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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
118/783

第三 〇回 ②

トオリル東塞に妙計を用いて衆を(はし)らせ

ミクケル西塞に威信を懸けて戦を挑む

 ベルダイ軍が俄かに反転したかと思うと、左右からどっと喊声が挙がり、無数の(トグ)(ひるがえ)る。


「な、何!?」


 あっと驚いている間に、(ヂェウン)からも(バラウン)からもタロトの精兵が駆け降りてくる。飛び来たる矢は天空(テンゲリ)を埋め尽くし、ジュレン軍はどっと浮足立つ。


「それ、(ブルガ)は計に()まったぞ!」


 アネクらは再び猛攻を加える。三人の上卿(クシュチ)(ヌル)は青ざめ、生きた心地もしない。為す術も知らずただ(わめ)くばかり。タロトとベルダイはともに(クチ)を併せて、縦横無尽に敵軍を分断する。


援軍(トゥサ)を、誰か本営(ゴル)に知らせに……」


 プラダがそう言いかけたとき、どこからか矢が飛んできて、その(マグナイ)に突き立った。(ダウン)を挙げる間もなくどっと落馬して息絶える。


 将兵はさらに動揺し、ボルゲの制止も聞かず思い思いに逃げはじめる。勝ち戦は転じて、今や軍の体裁も整わない。


「駆けよ! 退()け、退け!」


 今さらながらにボルゲが退却を命じる。


「逃すか! これでも喰らえ!」


 アネクは鉄鞭(テムル・タショウル)を収めて弓を取り出すと、きりりと矢をつがえた。ひょうと放てば、狙いは(たが)うことなくボルゲの(ノロウ)突き刺さる(カドゥグタダアス)。ぐっと(うめ)くと(エメル)の上に突っ伏して、見当違いの方角に駆け去った。


 一方、ジエンはやっと血路を切り開きつつあった。と、突然自軍の前方がどっと崩れる。


「どうした? 今度は何ごとじゃ!」


「新手です! 退路はすでにアイヅムの二千騎に固められております!」


「何だと……」


 ジエンは言葉(ウゲ)を失った。見ればたしかに迫り来るのはアイヅムの旗。顧みれば背後はタロト、ベルダイの旗ばかり。


「おお、もはやこれまでじゃ」


 ジエンは(ウルドゥ)を握り直すと、自ら(ホオライ)を貫いて果てた。将を失ったジュレン軍は散々に追い散らされる。逃げきれぬ兵の多くは下馬して降った。


 アネクらが兵をまとめてみれば、ほとんど兵を失っていなかった。


「大勝だな!」


 ナハンコルジが言うと、トオリルが言った。


「敵は大軍、なれば分散して撃破するのは用兵の常道。敵は勝ちに(はや)って深追いしすぎたのです。さあ、東塞へ向かいましょう。残る敵は一万(トゥメン)前後、東塞にある兵と併せれば我らのほうが勝っております」


 これを受けてマジカンが言った。


「では参ろう。アネク殿、先陣(ウトゥラヂュ)をお願いしたい」


「お待ちください。私に一計がございます」


 とて、トオリルが説いた計とは、


「我らの旗を隠し、ジュレンの旗を押し立てて近づくのです。さらに兵の一人にジュレンの身なりをさせて、こう報告させるのです。『ベルダイはことごとく掃討しました』と。さればヒスワは警戒を怠りましょう。気づいたときには我らはすでに指呼の間に迫っております。容易(たやす)く撃破できるでしょう」


 諸将はおおいに喜び、早速兵の一人にジュレンの鎧を着せて先に()った。そして自らの旗を隠してジュレンの旗を集めると、堂々の隊伍(ヂェルゲ)を組んで、東塞への(モル)を登りはじめた。


 さらにトオリルは言った。


「敵を攻める際、退路を断ってはなりません。退路を断てば必死になって反撃してくるでしょう。ここでは敵の陣形(バイダル)を乱して退却に追い込むだけで十分です。ジュレンは不利になれば(もろ)い軍隊、道を空けて退かせれば、追う我らは労なく大勝を博することができるでしょう」


 一同は感心してトオリルの献策に(したが)うことにした。


 さてヒスワはボルゲらの帰還を待ち侘びていた。そこへ一人の兵が帰ってきたとの報告を受けて、早速引見すれば、


「ベルダイはことごとく掃討しました。まもなく戻られます」


 とのこと。ヒスワはこれがトオリルの計とも知らず、おおいに喜んだ。ときを置かずしてジュレンの金鷹紅旗が(ふもと)のほうから粛々と現れると、期せずして歓声が挙がった。


 続々と登ってくる軍を眺めていたヒスワは、ふと(フムスグ)(しか)めた。


「妙だな、あれはまことにジュレンの兵か?」


 そのときである。(にわ)かに銅鑼が打ち鳴らされたかと思うと、ジュレンの旗がさっと棄てられた。そして帰還してきた友軍のはずが、一斉に突撃してくる。先頭に立っているのは何とベルダイの女傑チハル・アネク。


「しまった、謀られた! む、迎え撃て!」


 ヒスワが吃驚して叫んだが、すでに山塞勢はジュレン軍に雪崩(なだ)れこんでいる。今の今まで友軍と思って歓声など挙げていたジュレンの兵は、おおいにあわてて得物を構える間もなく蹴散らされる。


「ぐう、小娘(オキン)が! ええい、立て直せ、早く、早く!」


 声を()らして叫ぶが、一旦崩れた態勢はなかなか元に戻らない。さらに背後で喊声が挙がったと思うと、セイネンが城門(エウデン)を開いて撃って出てきた。


 ジュレン軍は完全(ブドゥン)に浮足立ち、山塞軍はさらに勢いに乗って揉みたてる。散々に(デム)を乱され、糸を抜かれた(デール)のような有様。


「やむをえん、退け、退け!」


 退却の銅鑼を鳴らさせれば、無我夢中で麓へ続く(モル)に殺到する。もはや軍としての体裁もなく、ただ逃げ惑うばかり。あわてて落馬して味方(イル)に踏み殺されるものまである。


「よし、追え!」


 アネクの命令一下、整然と追撃を始める。ジュレン軍には殿軍も何もなかったから、追いつかれる端から次々に討たれていった。


 逃げ続けること二十余里、ついに麓まで至り、そこで(ようや)くひと息吐くことができた。軍の大半を失う大敗であった。ヒスワは青ざめた顔で(アウラ)から離れるよう命じると、(ムル)を落として(アクタ)を進める。


 八人いたクシュチのうち、先にボルゲ、プラダ、ジエンを失い、今またグルデイ、ビリクが討死していた。結局さらに二十里後退して営を構えた。

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