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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
117/783

第三 〇回 ①

トオリル東塞に妙計を用いて衆を(はし)らせ

ミクケル西塞に威信を懸けて戦を挑む

 一同がコニバンを迎えて喜んでいると、東塞から援軍(トゥサ)を求める使者が来た。さらに(ふもと)にウリャンハタの一万騎(トゥメン)(デム)()いているとの報が届く。そこでインジャが諸将に(はか)れば、サノウが立って言った。


「ナオル殿、マタージ殿、ドクト、テムルチ。手はずは整っていますか?」


 それぞれ大きく頷いたので、


「では心配ありません。手勢をもってウリャンハタを退けるように」


 四人の好漢(エレ)は拱手して退出する。


「さて東塞のほうですが、救援に大軍を()くことはできません。セイネンの五百騎、トシ殿の手勢から千五百騎、併せて二千騎を派遣することにしましょう。率いる将はセイネン、アネク殿、ナハンコルジ、ジュゾウ、トオリルの五人」


 コニバンが挙手して言った。


「私はまだ何のはたらきもしておりません。是非私もその中に加えてください」


 サノウは喜んで、


「それではコニバン殿の二千騎にもはたらいてもらいましょう」


 早速西塞に使者が送られ、ほどなくアネクが千五百騎を連れてくると、サノウは六人の好漢に告げて、


「みなさんは東塞に赴いて、かくかくしかじかにしてください。これで奸人の兵を退けることができるでしょう」


 セイネンらは喜んで退出すると、軍勢を三手に分けた。(ネグ)の軍は、セイネン率いる五百騎で副将はジュゾウ。(ホイル)の軍は、アネク率いる千五百騎で副将はナハンコルジ。(ゴルバン)の軍は、コニバン率いる二千騎で副将はトオリル。


 三手の軍勢は間道を進んで東塞に向かった。途中で(モル)が分かれており、一の軍はそのまま進み、二の軍は(ヂェウン)へ、三の軍は(バラウン)へと折れた。


 まずセイネンが東塞に入ると、守将のマジカンに(まみ)えて、


「マジカン殿、救援に参りました」


「おお、セイネンか。かたじけない」


 そう言いつつも、マジカンはたった五百騎の応援に表情が曇る。セイネンはそれを看て取ると、からからと笑って、


「懸念するには及びません。きっと奸人の軍を破ってご覧に入れましょう。それより戦況はどうなっていますか」


 悲痛な面持ちで答えて、


「ジュレンは総軍一万六千をことごとく塞前に展開し、(オス)も漏らさぬ陣を()いておる。寄せては退()き、退いては寄せ、息を()く間もない。我が兵はすでに疲れ、(ブルガ)を撃ち破る手立てもないので、本塞に使者を送ったという次第。何か策があれば聞かせてほしい」


「敵の布陣(バイダル)を観てみましょう」


 二人が塞上に登って観れば、雲霞のごとき大軍が視界を埋めている。折しも一隊が押し寄せてくるところであった。


「ではここは我らに(まか)せて兵を休ませてください」


 セイネンは手勢を巧みに配して、たちまち敵を退けた。ジュレンのほうも無理に攻める気はないようである。そこでマジカンを呼ぶと、そっと耳打ちして言った。


「密かに軍を分けて、かくかくしかじかにしてください。その間、私が敵の(ニドゥ)を引きつけておきます」


 マジカンは承知すると早速兵を動かす。五百騎ずつ十二組、計六千の兵は(トグ)を降ろし、(アクタ)の口に(ばい)(ふく)ませると、一隊ずつ静か(ヌタ)に東塞を出て間道に消えていった。


 セイネンは千騎(ミンガン)を率いると、盛大に銅鑼を鳴らして撃って出た。ジュレン軍はいささか不意を衝かれたものの、乱れることなくこれを迎え撃つ。


 セイネンは適当に戦うとさっと兵を退いた。そのころには六千騎はことごとく出発したあとだった。セイネンは満足げに頷くと、狼煙(のろし)を上げさせる。


 さて、アネクは目敏(めざと)くそれを見つけると、


「ほら、合図だ。みな、遅れるんじゃないよ!」


 そうひと声かけるが早いか、真っ先に駆けだした。ナハンコルジ以下千五百騎がそれに続く。彼女らがどこにいたかといえば東塞より麓に近いこと十里、すなわちジュレン軍の背後にいることになる。


 アネクらは敵軍を視界に(とら)えた。どっと喊声を挙げれば、ジュレン軍からざわめきが起こる。


「西塞にいらっしゃらないからお迎えに上がりましたわ。さあ、(エルデム)に覚えのあるものはかかってらっしゃい!」


 それはすぐに中軍(イェケ・ゴル)のヒスワに伝えられる。


「ベルダイの小娘(オキン)か。千五百騎だと? 侮りおって。後軍(ゲヂゲレウル)のボルゲ、プラダ両卿に伝えよ! 蹴散らせ!」


 (カラ)を受けた二人の上卿(クシュチ)は、後軍四千騎を挙げてこれを迎え撃った。


「ふふ、来たね。みなのもの、抜かるな!」


 アネクは鉄鞭(テムル・タショウル)を掲げて兵をまとめると、一丸となって斬り込んでいく。鉄鞭の威力は凄まじく、瞬く間(トゥルバス)に数騎が悲鳴を挙げて落馬する。


 副将のナハンコルジも得物を振るってこれを輔ける。「勇将(バアトル)の下に弱卒(アルビン)なし」と謂うとおり、兵もみな一騎当千のはたらき、ついに数に勝る敵軍をじりじりと押しはじめた。


「むむ、敵は小勢ぞ!」


 ボルゲとプラダは叱咤するが、アネクの勇猛(カタンギン)はいかんともしがたい。


「何をしておるか! ジエンに援護させよ!」


 ヒスワは早口にまくし立てた。応じてジエンが二千騎を率いて、横合いからベルダイ軍に突撃する。それを見たアネクは突進を戒め、兵を一処に固めて迎え撃つ。


 ボルゲ、プラダの両名も勢いを取り戻して押し返す。かくして六千のジュレン軍と千五百のベルダイ軍が攻防を展開する。やがて数に劣るベルダイ軍が押されはじめた。


「退け!」


 アネクが叫び、ベルダイ軍はやにわに退却に移った。


「追え、追え!」


 ボルゲ、プラダ、ジエンの三人は小躍りして喜び、追撃を命じた。ベルダイ軍は算を乱して退いていく。ジュレン軍は躍起になってこれを追う。ナハンコルジが殿軍を務め、ベルダイ軍は十里近くも後退した。


逃がすな(ブー・チウデウルス)! 西塞の借りを返すのは今ぞ!」


 このときすでに三人のクシュチは、サノウの計に(おちい)っていたのである。

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