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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
115/783

第二 九回 ③

サイドゥ西塞に気を治めて奸人を退け

サノウ小塞に書を以て大人を欺く

 薄暮冥々、(アクタ)を走らせていけば、やがて敵軍(ブルガ)を視界に(とら)える。そのまま距離を保って(ふもと)までついていくと、身を潜めて夜になるのを待つ。


 サルカキタンとコニバンは夜営を始めた。頃合いを見計らって男は徒歩で近づいていく。見張りの兵が立っている。そっと(ダウン)をかけて、


「こちらはコニバン様の(トイ)とお見受けいたします。山塞からの書状をお持ちしました。お取り次ぎを」


 兵はおおいに驚いたが、言うには、


「怪しい奴! ここはサルカキタン大人の陣だぞ、捕らえろ!」


 呼応してあちこちから兵が駈けつける。男はしまったと舌打ちしたが逃げる間もなく捕まってしまった。後ろ手に縛られると書状を奪われ、サルカキタンのゲルへ連行される。


「何の騒ぎじゃ」


 事の次第を聞くと、サルカキタンはううむと唸って、文字(ウセグ)の読める家臣(アルバト)に書状を渡した。書状の内容が明らかになるにつれ、その(ヌル)はみるみる怒り(アウルラアス)の色に染まる。最後まで聞かずにそれを奪うと、(コセル)に叩きつけて叫んだ。


「むむう、コニバンが塞の小僧(ニルカ)どもと通じておったとは! (ゆる)せん! そこの阿呆(アルビン)が陣を誤ってくれたおかげで、(あや)うく難を(まぬが)れたわ。コニバンを呼べ、誅殺してくれようぞ!」


「お待ちください、大人。その書をよく見せていただけませんか」


 そう言ったのは(くだん)阿諛便侫(あゆべんねい)の奸臣。


「おお、見るがよい。コニバンは敵に通じて、このわしを殺すつもりだったのじゃ。書がこちらの(ガル)に渡ったからよかったが、知らねば(アミン)を失うところだったわ」


 奸臣はざっとそれを読むと、


「しかしこの書は(ウネン)でしょうか。読めばコニバン殿は敵人(ダイスンクン)にすっかり通じているかのようですが、今までその気配もありませんでした。山塞には謀計に長じた輩もいるとか。うかうかと敵の策にかかってはいけません。慎重に対処せねばなりますまい」


「ではどうせよと言うのか」


 奸臣は首を捻って考えていたが、やがて言うには、


「幸いにもコニバン殿はこのことを知りません。書によれば、合図とともに山塞の軍勢とコニバン殿の後軍(ゲヂゲレウル)とで大人の中軍(ゴル)を挟撃することになっておりますが、明日はアイヅム軍を前軍(アルギンチ)にすれば自ずと計は破れます。あとは敵の出方を窺いつつ、ことの真偽を確かめればよいでしょう。もし書状が偽り(クダル)であれば、コニバン殿は大人のために先頭に立って奮戦するでしょうから、問題はありません」


「なるほど、それは妙案だ。よし、明日は奴を前に出して塞を攻めることにしよう。いずれにせよアイヅム氏の動向には注意しておけ」




 翌日、サルカキタンは再び小塞へ向かった。先頭にはアイヅム氏の二千。右派(バラウン)の三千はそのあとに続く。塞に至ると、コニバンは二千騎を従えて(ソオル)を挑む。


 すると塞上に長髯(オルトゥ・サハル)(なび)かせた大男が立っている。言うには、


「コニバン殿、お久しゅうございます。先日は多大な恩を(こうむ)りましたが、多忙(ザウグイ)にて十分な返礼(カリラ)もしておりませんでした」


 見ればハツチであったので、律儀(ツェゲン・セトゲル)なコニバンは馬上に礼を返して言った。


「息災で何よりです。みなさまもお変わりありませんか」


 答えてからからと笑うと、


はい(ヂェー)、貴殿が来るのを今や遅しと待っておりましたぞ」


 つられてコニバンも莞爾と微笑む。遠くからこの様子を見たサルカキタンは、やはり通じていたかと拳をわなわなと震わせた。


 さらに塞上に一人、(カンチュ)の長い袍衣(デール)(まと)った男が出てきた。コニバンに語りかけて言うには、


「これは何としたことです? 貴殿は後衛にあって大人を挟撃する手はずだったではありませんか。書を受け取っておりませんか?」


「えっ?」


 もちろんコニバンには何が何やらさっぱりわけがわからない。だがサルカキタンはそれを聞いて怒り心頭に発する。銅鑼を打ち鳴らさせると、わっとアイヅム軍に襲いかかる。


 あわてたのはコニバンはじめアイヅム軍二千、予期せぬ友軍からの攻撃にどうしてよいやら見当もつかずどっと浮足立つ。


「こ、これは何としたことだ」


 コニバンが愕然として叫ぶ。傍ら(デルゲ)の臣が言う。


「大人が裏切ったのでしょう。早く兵に指示を! 俚諺にも『(ほこり)をかぶったら払え、(オス)に濡れたら(ぬぐ)え』と申します」


「しかし……。まさか、そんな……」


「躊躇しているときではありません!」


 そう言うと、家臣たちは率先して右派の軍に向かった。たちまち塞の前で大乱戦が繰り広げられる。コニバン独りが乗り遅れて、(ニドゥ)は虚空を彷徨(さまよ)う。


 アイヅムの諸将は、常々サルカキタンに(しいた)げられているのを苦々しく思っていたので、(カラ)を待たずに一斉に反転して右派軍と渡り合った。コニバンにはどうすることもできない。


 塞上ではハツチが目を円くして、サノウを顧みる。


「どういうことだ。わしが挨拶したら同士討ちを始めおったぞ」


「ふふ、愚かな。セイネンとマルケに合図の狼煙(のろし)を」


 長い袖をさっと振るえば、応じてすぐに狼煙が上がる。すると城門(エウデン)が開いて、セイネン率いる五百騎がどっと繰り出す。


 アイヅム軍はみなぎょっとしたが、セイネンはその脇を駆け抜ける。迷わず右派の軍に突っ込むと、まるで(きり)のごとくその左翼(ヂェウン・ガル)を突き崩す。その間にアイヅム軍は態勢を立て直す。


「小癪な! やはりコニバンめ、通じておったか」


 サルカキタンは歯をぎりぎり鳴らして、迎撃するよう指示を下す。と、そのとき左右から金鼓が轟き、イタノウの(トグ)が一度に現れた。その数は視界を埋め尽くすほど、これにはさすがのサルカキタンも度肝を抜かれる。セイネンが叫ぶ。


「得物を棄てろ! すっかり包囲(ボソヂュ)されているぞ!」


 右派の兵はこれを聞いてどっと浮足立つ。サルカキタンの制止の声も聞かばこそ、鳴り響く金鼓が兵の(チフ)を奪う。


 そこへ横合いからマルケの率いる一千騎が疾風(サルヒ)のごとく参入し、右派の右翼(バラウン・ガル)に割って入る。アイヅムの諸将もこれに勇を得て、一斉に押し返す。


「ううむ、やむをえぬ。一旦退くぞ! 退()け、退け!」


 サルカキタンは形勢利あらずと見て退却の合図をする。アイヅム、セイネン、マルケの三手の軍勢は、これを追って散々に揉みたてる。右派軍は莫大な損害を(こうむ)って逃げ去った。

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