表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻二
114/783

第二 九回 ②

サイドゥ西塞に気を治めて奸人を退け

サノウ小塞に書を以て大人を欺く

 アネクらは突撃の合図を見て、躍り上がって喜んだ。


「今か今かと待っていたぞ。さあ、存分に(ブルガ)を蹴散らせ!」


 カトラが叫び、千騎(ミンガン)はおうと勇み立った。盛大に銅鑼が鳴り渡り、アネクら三将を先頭に、(せき)を切った奔流(キヤト)のごとく城門(エウデン)を開いて飛び出した。


 あわてたのはジュレン軍。朝からずっと同じことを繰り返していたので、まさか今になってベルダイ軍が撃って出てこようとは、想像もしていなかったのである。


 虚を衝かれた形のジュレン軍に、アネクらは正面から斬り込んだ。アネクは例の二条の鉄鞭(テムル・タショウル)を振るい、カトラは刀身の太い長剣(オルトゥ・ウルドゥ)を舞わせ、タミチは短鎗(オコル・ヂダ)を掲げて、当たるを幸い薙ぎ倒す。


 瞬く間(トゥルバス)屍の山(ウクレン・アウラ)が築かれる。塞上からそれを眺めたサイドゥが言った。


「世に『勇将(バアトル)の下に弱卒(アルビン)なし』と申しますが、あれをご覧なさい。まるで鬼神(チュトグル)の群れではありませんか。敵は押し合い()し合い、後方のものは何が起こっているかも判らぬはず。かくして前軍(アルギンチ)は退くこともできず、後軍(ゲヂゲレウル)は前軍を助けることもかなわず、まもなく遁走(オロア)することになるでしょう。それはすでに軍とは呼べません。一万(トゥメン)が十万でもあの勢いを止めることはできません。さあ、我らは今のうちに兵を休めましょう」


 そしてさっさと下に降りていく。トシとナハンコルジはあわててあとを追った。


 サイドゥの言葉(ウゲ)どおり、ジュレン軍は混乱の極にあった。退かんとする前軍と留まらんとする後軍が交錯し、部将は躍起になって怒号を挙げる。いたずらに銅鑼が鳴り、金鼓が(チフ)(つんざ)き、みなどうすればよいか見当もつかない。


 中軍(ゴル)の諸将も、いったい何がどうなっているのかさっぱり判らず、軍の再編を試みるが隘路(あいろ)ではそれもならず、ただ混乱が増すばかり。ヒスワも陣中にあったが、歯をぎりぎり鳴らして悔しがる。


「何てことだ! 前軍の将は何をやっていたのだ。敵襲に備えもなかったとはこの愚将(アルビン)め。ここは退くほかない。こら、退却の合図を!」


 自らは三人の上卿(クシュチ)とともにいち早く駆け出す。金鼓が一斉に鳴らされるが、それがまた混乱に(トス)を注ぐことになったのだから何とも情けない。


 残された兵は何が何やら、敵将の姿(カラア)を目の前にして初めてあっと驚く有様。ジュレンの損害は甚大なものとなり、アネクら千騎はこれを追って追って(ふもと)近くまで追いまくった。そこで(ようや)く兵を返すとトシに報告した。


 殺した(アラアサアル)ものは二千騎を下回らず、投降してきたものもまた二千、奪った軍馬(アクタ)は三千を超える大勝利。トシは大喜びで諸将を(ねぎら)い、本塞にこれを報告した。




 本塞は続く勝利におおいに沸いた。聞けば東塞の敵も攻めあぐねて兵を退いたとのこと。こちらは戦果が上がったわけではないが、まずは朗報といったところ。セイネンが言った。


「これで小塞のマルケが持ち(こた)えれば申し分ありません」


 インジャが心配して言った。


「小塞には千騎があるのみ。マルケは塞の防禦に慣れているから間違いはあるまいが苦戦は必至、誰か救援(トゥサ)()ったほうがよいと思うが。軍師の考えをお聞かせください」


「兵を()くのは難しいところ。さてどうしたものでしょう。マルケにも策は授けてありますから落ちることはないでしょうが、ここは一気にうるさい蠅を払っておくべきでしょうな」


 サノウは少し考えてから言った。


「私とセイネンが参りましょう。ええ、セイネンの五百騎があれば十分です。こちらはナオル殿に(まか)せておけば心配ありません。もし困ったことがあれば、そのときはジュゾウを寄越してください」


 早速セイネンを伴って退出しようとしたが、ふと立ち止まって言った。


「おっと忘れるところでした。美髯公(ゴア・サハル)、お前も来い」


 呼ばれたハツチはきょとんとしている。


兵糧(イヂェ)のことはトシロルに(まか)せて、小塞へ参ろう。やってもらいたいことがある」


 ハツチは怪訝(けげん)(ヌル)をしながらともに退出する。三人は間道を(つた)って小塞に赴くと、マルケに(まみ)えた。


「おお、軍師。これは心強い。何とぞ良い知恵をお貸しください」


「戦況は?」


「大人はさすがに草原(ケエル)の雄、慣れぬ塞攻めですが果敢に攻勢を繰り返し、なかなか退く気配はありません」


「ではここにセイネンの五百騎があるから、しばらく交替して兵を休ませるように。(ナラン)が落ちれば大人といえども兵を退くだろう。そこで計を用いることにする」


 マルケは礼を言って、早速セイネンが守備に就いた。しばらく激しい攻防が続いたが、やがて陽が傾き、サルカキタンは粛々と軍を退きはじめた。


「追撃しましょうか」


 マルケが言ったが、サノウは、


いや(ブルウ)、敗れて退くわけではない。備えもしているだろう」


 そこでハツチを呼んで、


(たの)んでいたものはできているかな」


「これでよいか」


 差し出したのは一片の書状。サノウは中を(あらた)めると、満足して頷いた。


「ほほう、名文ではないか。よしよし」


 キャラハン氏の兵から気の()いたものを一人選ぶとそれを託して、


「奴らの軍を追って、かくかくしかじかにせよ」


 男は一瞬驚いた顔をしたが承知すると、書状を(エブル)に入れて出立した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ