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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
113/783

第二 九回 ①

サイドゥ西塞に気を治めて奸人を退け

サノウ小塞に書を以て大人を欺く

 喪神鬼イシャンは、勇んで門内に駆け込んだ途端に陥穽に落ちてしまったが、これこそサノウがナオルに授けた秘策であった。ウリャンハタの七千騎は何が起こったかも判らずに次々と罠に()まる。


 突如銅鑼が鳴りわたったかと思えば、四方に伏せていたジョンシ、タロトの兵が一度に現れ、混乱する敵軍(ブルガ)(クラ)のごとく矢を射かける。七千騎はいよいよ右往左往するばかり、ばたばたと討ちとられていく。


 イシャンが(ようや)く這い出てみればこの有様、為す術もなく呆然とする。


「喪神鬼がそこにいるぞ!」


 ナオルの(ダウン)に応じて一斉にこれを狙い撃てば、


「あっ!」


 避ける暇もなく無数の矢が突き立つ(カドゥグタダアス)。イシャンは(ニドゥ)をかっと見開くと、


豎子(ニルカ)に名を成さしめたか……」


 そう言って立ったまま絶命した。喪神鬼を討ちとったことで山塞側はおおいに勢いづき、士気は上天(テンゲリ)を衝かんばかりとなった。逆にウリャンハタ軍の混乱には拍車がかかる。


「それ、この(チャク)を逃すな!」


 ナオルの合図でみな得物を(ガル)にどっと押し出す。主将を失ったウリャンハタ軍は逃げ惑い、壊滅した。


 ウルゲンは後方にあったため辛くも難を逃れていたが、前軍(アルギンチ)が罠に()まったことを知るや、これを救うなど思いも寄らす、ほうほうの(てい)で逃げ去った。


 ナオルとマタージは軍を収めると(ネグ)の門を焼き払って、(ホイル)の門へ退いた。奪った首級は三千を超え、捕虜もまた三千を数える大勝利。


 本塞はこの報におおいに沸いた。インジャは二人を(ねぎら)うと、サノウの知謀を讃えた。捕虜は北塞へ送ってズラベレンの三将に預けることにした。サノウは莞爾ともせずに、


「次はミクケル・カン自ら(アウラ)を登ってくるでしょう」


 そこでナオル、マタージと、二の門の守将ドクト、テムルチを呼ぶと、耳許(みみもと)で策を授けた。四将は喜んで退出する。それを見送りつつ、インジャは感慨深げに言うには、


「あの喪神鬼には相当痛い目に遭ったというのに、こうもあっさりと葬ることができるとは、いまだに信じられません。これも軍師のおかげです」


 サノウは(フムスグ)(ひそ)めて、


いえ(ブルウ)、すべてはインジャ様の積徳の賜物(アブリガ)です。そもそもインジャ様が義を重んじ仁に厚い英主でなければ、山塞の地の利を得ることができたでしょうか。これほど天下の好漢(エレ)が集まってきたでしょうか。そしてそのふたつを欠いて、あの喪神鬼を破ることができたでしょうか。私はインジャ様の徳の余慶に(あず)かったに過ぎません。過分な褒辞は無用(ヘレググイ)にございます」


 そして居住まいを正すと、戒めて言うには、


「しかもまだ(ソオル)は始まったばかり。緒戦に喪神鬼を討ったとはいえ、敵はまだまだ優勢、浮かれているときではありません。イシャン一人が敵の名将というわけではないのですから」


 インジャははっとすると、


「軍師の言葉(ウゲ)がなければ、大事を誤るところでした」


「そろそろほかの塞でも戦闘(カドクルドゥアン)が始まっているはず」


 その言葉どおり、東塞、西塞、小塞はすでに攻撃を受けていた。


 東塞のマジカンは八千の兵をもってジュレン軍一万(トゥメン)を、西塞のトシ・チノは三千の兵をもってやはりジュレン軍一万を、小塞のマルケは千騎(ミンガン)をもってベルダイ右派(バラウン)とアイヅム氏の連合軍五千をそれぞれ迎え撃っていた。


 各塞ともサノウの忠告を(まも)って塞に籠もり、険阻(ケルテゲイ)な地形を活かして乗じる隙を与えなかった。




 さて、西塞のトシ・チノはサイドゥに(はか)って、


「敵は一万、我らは三千。劣勢は覆うべくもない。策はあるか」


「一万といっても太平(ヘンケ)に慣れた弱兵、しかも良将なく、大将のヒスワも所詮は机上の謀略家、恐れるに足りません。我らは三千あるのみですが、草原(ケエル)屈強(クチュルゲテン)の猛者ばかり。しかもオロンテンゲルの険に拠り、士気も高く、背にインジャ様の援護(トゥサ)があります。地を利してこれを守り、機を看て虚を衝けば、策を弄さずとも勝利はこちらのものです」


 トシはおおいに喜んで督戦に当たった。敵は数に任せてひた押しに押してくる。サイドゥがさらに言った。


「ご覧なさい。狭い(モル)に一万もの人馬を入れたために、その多くは用を成していません。一見すると大兵力で塞を圧倒する勢いですが、その実まともに攻撃に参加しているのは最前列の一隊のみ、その数は数百に過ぎません。適当にあしらって敵人(ダイスンクン)が疲れるのを待ち、機を(とら)えて撃って出れば、大勝は間違いありません」


 その言葉に頷くと、アネク、カトラ、タミチを呼んで、


「お前らは精鋭千騎を率いて待機し、合図とともに門を開いて撃って出よ。過日(エルテ・ウドゥル)の恨みを晴らすのはそのときだ」


 三将は拱手して承知する。トシ自身はサイドゥ、ナハンコルジとともに防戦を指揮した。サイドゥの看破したとおり、ジュレン軍は数は多くても、大半は気勢を上げるばかりで戦闘に参加できずにいる。


 防御には矢と投石に加えて糞尿、熱湯などが用意され、門を破らんとする敵に浴びせかけられる。みるみるうちに屍の山(ウクレン・アウラ)が築かれる。


 朝に始まった戦は、昼になっても同じ調子で続いた。相変わらずジュレン軍は数を(たの)んでの力攻め、ベルダイ側は手を尽くしてこれを守る。ナハンコルジは業を煮やしてサイドゥに詰め寄った。


「いつまで待てばよいのか。敵は蟻のごとく押し寄せ、一向に減らぬではないか」


「ふふふ、そろそろかな。見よ、後方の敵はすでに戦に()みはじめているぞ。また前軍は足が鈍りはじめ、士気が目に見えて落ちている。お前は気づかぬか」


 言われて敵軍を睨みつけたが、首を捻って、


「俺には同じように意気盛んに見えるが」


「それは見ているようで実は観ておらんからだ。族長(ノヤン)、好機となりました。敵には策もなく、戦に()んでおります。対してこちらは、いっぱいに張った弓のごとく、放てばどこまでも飛んでいきますぞ。さあ、突撃の(カラ)を」


 トシは大きく頷いて、合図の(トグ)を振らせた。

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