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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
112/783

第二 八回 ④

山塞トシ・チノを迎えて(とも)に大義を誓い

喪神オロンテンゲルを犯して俄かに陥穽に落つ

 夜が明けると、ウルゲンとイシャン率いる七千騎が、先陣を切って山塞へと向かってきた。その報を受けて(ネグ)の門を守るナオルは、マタージとともに五千騎を率いて山麓に布陣する。


 イシャンはそれを見てせせら笑う。


「あれはタロトとジョンシの(トグ)。何度戦っても同じことよ」


 ウルゲンもかつて受けた屈辱を思い返して闘志を燃やす。陣形(バイダル)などかまわずに、いきなり銅鑼を鳴らして突撃に移った。


 ナオルも銅鑼をいっぱいに打ち鳴らしてこれを迎え撃ち、(クラ)のように矢を降らせる。しかしイシャンはものともしない。矢を払い落しながら、足は一瞬たりとも止まらない。続く七千騎も怒号を挙げて迫り来る。


 続いてタロトの長槍(オルトゥ・ヂダ)部隊が(タショウル)をくれて前に出る。これもイシャンはかまわうことなく得物を(ひらめ)かせて一騎、また一騎と突き倒す。


「相も変わらず恐ろしい(エルデム)だ」


 ナオルは呟く。さっと合図を下せば、次々と新手の部隊が左右からイシャンに襲いかかる。


「ははは、無益なことを!」


 その武勇はますます猛威を振るい、累々と屍を増やしつつ本営(ゴル)に迫る。


退()け!」


 ついに退却の金鼓を鳴らさせて馬首を転じる。マタージもこれに続く。タロト、ジョンシの兵は一斉に後退し、本塞に続く(モル)を駆け戻る。


「待て、早くも逃げるか。追え、追え!」


 イシャンは全軍に命じて追撃に移る。と、わっと喊声が挙がって左右からわらわらと伏兵が現れる。


「ふふ、小賢しい」


 まったくあわてず得物を掲げて伏兵を追い散らす。被害はほとんどなかったので、また隊列(ヂェルゲ)を整えて道を登る。いくらも行かぬうちにまた一隊の人馬が左右から襲いかかる。これも容易(たやす)く追い返す。やはり兵の損耗はない。


 こうして何度も伏兵に遭ったが、その都度蹴散らして兵を損ずることはなかった。しかしそのためにナオルらを見失ってしまった。


「かまうものか。奴らはこの道を登るほかないのだ。このまま本塞まで攻め登ってくれよう」


 得物を高々(ホライタラ)と掲げて進軍を再開する。やがて地形を巧妙に利して築かれた城門(エウデン)が見えてきた。左右には切り立った(ゴド)が迫り、その間に(グル)(ネウレ)で造られた堅固(ヌドゥグセン)な門があって行く手を(はば)んでいる。道は狭く一度に大軍を投じることはできない。


「ほほう、なかなか見事だ」


 顎鬚(あごひげ)を撫でつつ感嘆する。ウルゲンが言う。


「まともに攻めては損失が大きかろう。ここは戻って大カンと兵を併せて攻めることにしてはどうだろう」


 イシャンは、露骨にこれを軽蔑して、


「どこを見ているのだ。こんな狭隘の地に大軍を入れれば、身動きがとれぬではないか。兵を知らぬものは黙っていてもらおう」


 ウルゲンは怒り(アウルラアス)(ヌル)(あか)くしながらも何も言い返せず、馬首を転じてその場を離れた。それを無視したイシャンは部将を呼んで指示を与えると、自ら数騎を従えて偵察に赴いた。


 遠く眺めるに、城門はしんとして敵軍(ブルガ)の気配もない。


「妙だな。すでに奴らはさらに上へ逃げ去ったか……」


 警戒してすぐに引き返すと、四方に気を配りつつ手はずが整うのを待つ。やがて準備ができたので、いよいよ城門攻略へと向かった。わざわざウルゲンを呼ぶと、


「貴殿は後方から援護(トゥサ)を。門が破られてからゆるりと参られるがよかろう」


 ウルゲンは返事もせず、よそを向いたままであった。


 七千騎はゆっくりと城門を目指し、ついに眼前にそれを望んだ。すると(にわ)かにわっと喊声が挙がり、門の上にタロトの旗が林立する。ずらりと弓手が並び、矢をつがえる。銅鑼が鳴り響き、雨のように矢が降り注ぐ。


「ははは、それで虚を衝いたつもりか」


 予想(ヂョン)していたのか、まったく動じることなくさっと右手を挙げると、銅鑼を鳴らして全軍を門に向かわせた。上からは投石も始まり、早くも何騎か犠牲になる。


「怯むな!」


 イシャンは叫ぶと、弓手を並べて矢を射返す。自らも三人張りの強弓を手に取り、やあっとかけ声もろとも放てば、今しも投石しようとしていた敵兵を貫き、あっと悲鳴を挙げて視界から消える。


 そこでさっと指示すれば、丸太を引いた一軍が現れる。用意された丸太は十数本にも及び、それぞれを十騎(アルバン)が引く。


「よし、お前らはその丸太を門にぶつけて破れ」


 合図とともに次々に門に突進する。城門の上からは矢や石が激しく降ってくる。どーんという音とともに何度も丸太が城門に打ちつけられる。初めはびくともしなかったが、一本また一本と当たるうちに次第にめりめりと音を立てはじめる。


「それ、もう少しだ!」


 叱咤すれば、その(ダウン)に押されるようにまた十騎、丸太を引いて駆けだした。怒号を挙げて門に向かうと、やあっと気合い一声、左右に分かれる。丸太が飛ぶように前に出て門に突き当たる。


 ばりばりと大きな音がしたかと思えば、ついに(かんぬき)が壊れて、城門がゆっくりと開いた。


「よし、開いたぞ!」


 大喜びで叫ぶと、(アクタ)に鞭をくれて、


「続け! 突入だ!」


 先頭に立って門をくぐり、七千騎もわっと喊声を挙げてこれに(したが)う。門内に駆け込めば、辺りはしんと静まりかえっている。あれだけ激しく抵抗していた敵兵の姿(カラア)も見えない。


「妙だぞ?」


 呟いた途端、イシャンはあっと悲鳴を挙げた。急に足場がなくなり、身体(ビイ)が浮く。しまったと思う間もなく、人馬もろとも深い穴へと転げ落ちる。続く騎兵もあちこちで罠に()まり、辺りは悲鳴と怒号の嵐となる。


「退け、退け!」


 穴の中でもがきながら声を()らして叫んだが、誰の(チフ)に届くわけもなく混乱は増すばかり。あとからあとから人馬は押し寄せ、片端から穴に落ちる。イシャンの落ちた穴にも新たに一騎落ちてきて(エレグ)を冷やす。


 何とか這い出たものの、それを待っていたかのように四方に敵の旗が林立し、矢の雨がどっと降り注ぐ。次々と味方(イル)が討ちとられていくのを、さすがの喪神鬼も(ニドゥ)を白黒させながら見ているばかり。


 まさしく勇将(バアトル)も為す術なく、己の(アミン)も危ぶまれるといったところ。果たして喪神鬼の命運(ヂヤー)はどうなるか。それは次回で。

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