第二 八回 ③
山塞トシ・チノを迎えて俱に大義を誓い
喪神オロンテンゲルを犯して俄かに陥穽に落つ
いよいよ出陣の日が定まると、ヒスワは諸方に使者を遣わした。サルカキタンもその一人である。早速コニバンを招いてことを諮った。すると悲しげに眉を顰めて言うには、
「人衆は続く戦に疲弊しています。しかも今度は三万騎もの敵が拠る山塞を討つとのこと。大きな戦となるのは避けがたく、怨嗟の声が野に満ちるでしょう。本来なら兵を休め、徳を施すときかと思いますが……」
するとサルカキタンは烈火のごとく怒った。
「お前はわしが負けるとでも言うのか! 亡族の小僧どもがいかに寄せ集まろうと烏合の衆に過ぎぬ。軽く一蹴してみせようぞ! だいたいみなが兵を出すというのに、わしだけが出さないのは不義ではないか」
「しかし……」
ぎろりとこれを睨みつけると、
「まだ言うことがあるのか。それとも敵人に通じておるのではあるまいな」
コニバンはあわてて首を振ると、
「いえ、とんでもない! ただ大人のことを気遣ったまでのことで……」
「気遣いだと? 無用じゃ。お前は命令どおりにしてればよい。まったく臆病な奴だ、戦を知らぬ羊は黙っておれ」
それ以上は何も言えずに退出する。アイルに帰ってその言葉を伝えると、諸将はおおいに憤慨して言った。
「大人は我らを何だと思っているのですか! 族長は大人の盟友であって部将ではありませんぞ。族長を侮るにもほどがあります」
コニバンは疲れきった様子でそれを制すると、
「そう言うな。大人のおかげで今まで生き残ることができたのだ。しかたあるまい。出陣の準備を」
「しかし、アイヅムが不遇を忍ぶこと多年に亘ります。大人の命令でテクズス様がフドウのフウを殺したときも、非難されたのは独りテクズス様ばかり。先にインジャと戦ったときには、こともあろうに大人自らテクズス様の命を奪いました。今また族長を貶める暴言の数々。……我らの忍耐にも限度があります」
「言うな。大人なくては生きられぬ身だ」
別の将が大声で言った。
「いっそインジャに投じてはいかがですか」
コニバンは顔色を変えて窘めた。
「迂闊なことを言うものではない。どこで大人の耳に入るか知れぬぞ。とにかく出陣の準備をせよ。私は忠を尽くすだけのこと、異心は抱かぬ」
諸将はやむをえず頷き、しぶしぶながら退出した。
さて日は移って、ヒスワの檄に応じて東西から大量の人馬が集結した。まずは神都のジュレン部二万騎。そしてベルダイ右派、アイヅム氏の連合軍五千騎。
西からはウルゲンとイシャンの七千騎と、ウリャンハタ部の精鋭二万騎が駆けつけた。総じて五万騎以上が揃ったことになる。各軍の長が一堂に集まると、ヒスワが言った。
「これから亡族の小僧どもを征伐するわけですが、奴らは併せて三万の兵を擁し、五つの塞に籠もっています。これをどう攻略するか、みなさまのご意見を伺いたいと存じます」
その場に居合わせたのは、ヒスワをはじめグルデイなど神都の上卿八人、右派のサルカキタン、アイヅムのコニバン、ジョンシのウルゲン、ウリャンハタ部からはミクケル・カンとイシャンの計十三人である。
まずミクケルが言った。
「正面から押し寄せて撃ち破ればすむこと。軍議などするに及ばぬ」
イシャンも言う。
「先鋒はそれがしが承ろう。必ず小僧どもの息の根を止めてみせよう」
ヒスワは大喜びで、
「喪神鬼殿が先鋒とは心強い。ではウルゲン殿とともに先鋒をお願いします」
「承知」
ビリクがおずおずと言った。
「五つの塞とやらを、どうやって攻めましょう」
これを受けてヒスワが、
「ではこうしましょう。大人とコニバン殿は、イシャン殿が本塞に攻めかかったら小塞に向かってもらいたい。我々ジュレンは手分けして東塞と西塞を攻めます。大カンはゆっくりと進んで本塞を攻略してください。残る北塞はもっとも奥にあるので、最後に力を併せて落とせばよいでしょう」
みな得心したので、いよいよ進撃を開始することにした。
五万を超える軍勢が集結していることは、すぐに山塞の知るところとなった。インジャも諸将を集めて諮った。サノウが言うには、
「心配は要りません。敵は利害で結ばれただけの烏合の衆。この山塞を落とすことなどできませんよ」
「しかし例の喪神鬼も加わっていると聞く。軍師には何か策がおありか」
ナオルが問えば、
「きっと討ち取ってご覧に入れましょう」
そう言って詳しくは語ろうとしない。また指示して言うには、
「マタージ殿は兵をふたつに分け、東塞をマジカン殿に委せて本塞の守りに加わってください」
それから各族長を一人ずつ呼んで、何やら指示を与える。不服を唱えるものは一人もなく、みな嬉々として任を受けた。最後に呼ばれたのはナオルである。
「貴殿にはマタージ殿と出陣してもらいます。イシャンが寄せたら適当に戦いつつ退いてください。一の門まで退いたら、かくかくしかじかにしてください」
ナオルは膝を打って喜ぶ。インジャは、
「軍師殿、まことに勝てますか」
「はい。この日のあるを予測して準備を進めてきたのです。敵が五万だろうが十万だろうが恐れるには足りません。指示どおり仕掛けがなされているかどうか、セイネンと二人で確認しますから、インジャ様はここでみなの戦いぶりをご覧になっていてください」
こうして互いに準備が整い、あとは陽が昇るのを待つばかりとなった。