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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
111/783

第二 八回 ③

山塞トシ・チノを迎えて(とも)に大義を誓い

喪神オロンテンゲルを犯して俄かに陥穽に落つ

 いよいよ出陣の(ウドゥル)が定まると、ヒスワは諸方に使者を(つか)わした。サルカキタンもその一人である。早速コニバンを招いてことを(はか)った。すると悲しげに(フムスグ)(ひそ)めて言うには、


人衆(ウルス)は続く(ソオル)疲弊(ハウタル)しています。しかも今度は三万騎もの(ブルガ)が拠る山塞を討つとのこと。大きな戦となるのは避けがたく、怨嗟の(ダウン)が野に満ちるでしょう。本来なら兵を休め、徳を施すときかと思いますが……」


 するとサルカキタンは烈火(ガルチュ)のごとく怒った。


「お前はわしが負けるとでも言うのか! 亡族の小僧(ニルカ)どもがいかに寄せ集まろうと烏合(エレムデク)の衆(・ヂェムデク)に過ぎぬ。軽く一蹴してみせようぞ! だいたいみなが兵を出すというのに、わしだけが出さないのは不義ではないか」


「しかし……」


 ぎろりとこれを睨みつけると、


「まだ言うことがあるのか。それとも敵人(ダイスンクン)に通じておるのではあるまいな」


 コニバンはあわてて首を振ると、


いえ(ブルウ)、とんでもない! ただ大人のことを気遣ったまでのことで……」


「気遣いだと? 無用じゃ。お前は命令(カラ)どおりにしてればよい。まったく臆病な奴だ、戦を知らぬ(ホニ)は黙っておれ」


 それ以上は何も言えずに退出する。アイルに帰ってその言葉(ウゲ)を伝えると、諸将はおおいに憤慨して言った。


「大人は我らを何だと思っているのですか! 族長(ノヤン)は大人の盟友(アンダ)であって部将ではありませんぞ。族長(ノヤン)を侮るにもほどがあります」


 コニバンは疲れきった様子でそれを制すると、


「そう言うな。大人のおかげで今まで生き残ることができたのだ。しかたあるまい。出陣の準備を」


「しかし、アイヅムが不遇を忍ぶこと多年に(わた)ります。大人の命令でテクズス様がフドウのフウを殺したときも、非難されたのは独りテクズス様ばかり。先にインジャと戦ったときには、こともあろうに大人自らテクズス様の(アミン)を奪いました。今また族長(ノヤン)(おとし)める暴言の数々。……我らの忍耐にも限度があります」


「言うな。大人なくては生きられぬ身だ」


 別の将が大声で言った。


「いっそインジャに投じてはいかがですか」


 コニバンは顔色を変えて(たしな)めた。


「迂闊なことを言うものではない。どこで大人の(チフ)に入るか知れぬぞ。とにかく出陣の準備をせよ。私は忠を尽くすだけのこと、異心(オエレ)は抱かぬ」


 諸将はやむをえず頷き、しぶしぶながら退出した。




 さて日は移って、ヒスワの檄に応じて東西から大量の人馬が集結した。まずは神都(カムトタオ)のジュレン部二万騎。そしてベルダイ右派(バラウン)、アイヅム氏の連合軍五千騎。


 西(バラウン)からはウルゲンとイシャンの七千騎と、ウリャンハタ部の精鋭二万騎が駆けつけた。総じて五万騎以上が揃ったことになる。各軍の(アカ)が一堂に集まると、ヒスワが言った。


「これから亡族の小僧どもを征伐するわけですが、奴らは併せて三万の兵を擁し、五つの塞(タブン・バラガスン)に籠もっています。これをどう攻略するか、みなさまのご意見を伺いたいと存じます」


 その場に居合わせたのは、ヒスワをはじめグルデイなど神都(カムトタオ)上卿(クシュチ)八人、右派のサルカキタン、アイヅムのコニバン、ジョンシのウルゲン、ウリャンハタ部からはミクケル・カンとイシャンの計十三人である。


 まずミクケルが言った。


「正面から押し寄せて撃ち破ればすむこと。軍議などするに及ばぬ」


 イシャンも言う。


先鋒(アルギンチ)はそれがしが承ろう。必ず小僧どもの(アミ)の根を止めてみせよう」


 ヒスワは大喜びで、


「喪神鬼殿が先鋒とは心強い。ではウルゲン殿とともに先鋒をお願いします」


承知(ヂェー)


 ビリクがおずおずと言った。


「五つの塞とやらを、どうやって攻めましょう」


 これを受けてヒスワが、


「ではこうしましょう。大人とコニバン殿は、イシャン殿が本塞に攻めかかったら小塞に向かってもらいたい。我々ジュレンは手分けして東塞と西塞を攻めます。大カンはゆっくりと進んで本塞を攻略してください。残る北塞はもっとも奥にあるので、最後に(クチ)を併せて落とせばよいでしょう」


 みな得心したので、いよいよ進撃を開始することにした。


 五万を超える軍勢が集結していることは、すぐに山塞の知るところとなった。インジャも諸将を集めて(はか)った。サノウが言うには、


「心配は要りません。敵は利害で結ばれただけの烏合の衆。この山塞を落とすことなどできませんよ」


「しかし例の喪神鬼も加わっていると聞く。軍師には何か策がおありか」


 ナオルが問えば、


「きっと討ち取ってご覧に入れましょう」


 そう言って詳しくは語ろうとしない。また指示して言うには、


「マタージ殿は兵をふたつに分け、東塞をマジカン殿に(まか)せて本塞の守りに加わってください」


 それから各族長(ノヤン)を一人ずつ呼んで、何やら指示を与える。不服を唱えるものは一人もなく、みな嬉々として任を受けた。最後に呼ばれたのはナオルである。


「貴殿にはマタージ殿と出陣してもらいます。イシャンが寄せたら適当に戦いつつ退いてください。(ネグ)の門まで退いたら、かくかくしかじかにしてください」


 ナオルは膝を打って喜ぶ。インジャは、


「軍師殿、まことに勝てますか」


はい(ヂェー)。この日のあるを予測(ヂョン)して準備を進めてきたのです。敵が五万だろうが十万だろうが恐れるには足りません。指示どおり仕掛けがなされているかどうか、セイネンと二人で確認しますから、インジャ様はここでみなの戦いぶりをご覧になっていてください」


 こうして互いに準備が整い、あとは(ナラン)が昇るのを待つばかりとなった。

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