第二 八回 ②
山塞トシ・チノを迎えて俱に大義を誓い
喪神オロンテンゲルを犯して俄かに陥穽に落つ
以後、サノウはトシ・チノらが山塞入りしたことを努めて宣伝した。するとひと月を出ずして二千騎以上の兵が馳せ参じてきた。
それを知ってインジャは、トシ・チノにドクトに代わって西塞の主となるよう要請した。トシは喜んで任に着き、ドクトは本塞の二の門の守将に転じた。
この噂が神都に届かぬはずもない。ヒスワは歯をぎりぎりと鳴らして悔しがると上卿たちに言うには、
「亡族の小僧どもが、まさかそんなところに籠もっていたとは! ビリク、ムルケ! マシゲルの内乱はどうなっておる」
「一進一退、いずれに帰するとも知れません」
これを聞いてヒスワはさらに怒ると、ボルゲに向かって、
「ヤクマン部はまだ動かぬのか!」
「懸命にはたらきかけているのですが、トオレベ・ウルチは言を左右にして、いまだ……」
「もうよい! 自らマシゲルの内乱に介入してくれるわ!」
すると傍らにいたサルチンが、
「それはまずいな」
ヒスワは激昂して、
「何故じゃ! 二万が加勢すれば、マシゲルをすぐに制することができよう」
「マシゲルなど放っておけばよいではないか。やらせておけばいい。憂慮するべきは、マルナテク・ギィを追って山塞に入れることだ。そうなればジョルチの山塞は、狼に加えて獅子をも得ることになる。そうすればいつまでも山に籠もってはおるまいぞ」
この指摘は実に的を射たものに思われたので、怒りを収めて、
「では何とする」
サルチンは僅かに考える素振りを見せたが、やがて言った。
「オロンテンゲルの山塞を討つべきだ。まだ雛が大きくならぬうちに翼をもいでしまえば、いかに大鵬の雛といえども上天を翔けることはできぬ」
これを聞くや俄かに機嫌を直して、
「おもしろい、その策を採ろう。さて山塞に現状どれほどの力があるか。ビリク、ムルケ、彼の兵力を探ってまいれ。グルデイは再び出師の準備を」
クシュチたちが去ると、あとにはサルチンとヘカトが残った。ヒスワはにたりにたりと笑いつつサルチンに言った。
「これで草原は定まるだろう。さすればお前は功績一等だ」
サルチンは何も言わずに一礼して、ヘカトとともに退出した。
ひと月後、季節はすっかり真夏である。といっても南国のごとき炎暑にはほど遠い。草原の民にとっては、家畜を高原へ追う季節である。マシゲルの内乱も一時休戦となり、それぞれ家畜の移動に心を砕く。
神都のクシュチ、ビリクとムルケは山塞の情報を細かに集めて報告した。
「件の山塞に拠るのは、フドウ、ジョンシ、ズラベレン、キャラハン、ベルダイ左派、タロト部、カミタ、ドノル、イタノウ、総じて約三万騎です」
「三万だと!?」
ヒスワは目を円くした。せいぜい亡族の残党が山賊紛いのことをしているのだろうと軽く見ていたので、三万騎という数は意外に過ぎた。
「はい、しかも堅固な本塞を軸にして、東塞、西塞、北塞、小塞と併せて五つの塞を構え、もはや侵すべからざる勢を成しています」
これを聞いてヒスワは黙り込んだ。神都のジュレン軍は二万、これにベルダイ右派とアイヅムを足しても到底三万には達しない。本来ならここで出師を諦めるべきだが、そのときジエンとハサンが進み出て言った。
「ウリャンハタの大カンを動かすしかありますまい。彼の立てたジョンシのウルゲンのもとには、あの喪神鬼イシャンが七千騎を擁しております。さらにタムヤにはいまだカン麾下の精鋭が駐屯しております」
漸く愁眉を開くと、
「そうだ、ここは何としても山塞を叩かねばならん。即刻タムヤに赴いてカンを説得してくるように」
「はっ」
ジエンとハサンは拱手して退出する。夜を日に継いでウルゲンのアイルに達すると、イシャンに見えて事の次第を告げた。イシャンもおおいに驚く。
「大カンはすぐにも兵を興すでしょう。お二人は帰って元首にお伝えください。日を決めて軍を併せ、小癪な小僧どもを捻り潰してくれましょう」
二人は礼を言うと、急いで神都に戻る。
再び神都は慌ただしい空気に包まれた。糧食の徴発が命じられ、部隊は手分けして商家に出向き、瞬く間に穀物庫を満たした。人衆はもちろん不満であったがやむなく従い、心の奥に恨みを育てるばかりであった。