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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
110/783

第二 八回 ②

山塞トシ・チノを迎えて(とも)に大義を誓い

喪神オロンテンゲルを犯して俄かに陥穽に落つ

 以後、サノウはトシ・チノらが山塞入りしたことを努めて宣伝した。するとひと月を出ずして二千騎以上の兵が馳せ参じてきた。


 それを知ってインジャは、トシ・チノにドクトに代わって西塞の主となるよう要請した。トシは喜んで任に着き、ドクトは本塞の(ホイル)の門の守将に転じた。


 この噂が神都(カムトタオ)に届かぬはずもない。ヒスワは歯をぎりぎりと鳴らして悔しがると上卿(クシュチ)たちに言うには、


「亡族の小僧(ニルカ)どもが、まさかそんなところに籠もっていたとは! ビリク、ムルケ! マシゲルの内乱(ブルガルドゥアン)はどうなっておる」


「一進一退、いずれに帰するとも知れません」


 これを聞いてヒスワはさらに怒ると、ボルゲに向かって、


「ヤクマン部はまだ動かぬのか!」


「懸命にはたらきかけているのですが、トオレベ・ウルチは言を左右にして、いまだ……」


「もうよい! 自らマシゲルの内乱に介入してくれるわ!」


 すると傍ら(デルゲ)にいたサルチンが、


「それはまずいな」


 ヒスワは激昂(デクデグセン)して、


「何故じゃ! 二万が加勢すれば、マシゲルをすぐに制することができよう」


「マシゲルなど放っておけばよいではないか。やらせておけばいい。憂慮するべきは、マルナテク・ギィを追って山塞に入れることだ。そうなればジョルチの山塞は、(チノ)に加えて獅子(アルスラン)をも得ることになる。そうすればいつまでも(アウラ)に籠もってはおるまいぞ」


 この指摘は実に(バイ)を射たものに思われたので、怒り(アウルラアス)を収めて、


「では何とする」


 サルチンは僅かに考える素振りを見せたが、やがて言った。


「オロンテンゲルの山塞を討つべきだ。まだ(ボロ)が大きくならぬうちに翼をもいでしまえば、いかに大鵬(ハンガルディ)の雛といえども上天(テンゲリ)を翔けることはできぬ」


 これを聞くや俄かに機嫌を直して、


おもしろい(ソニルホルトイ)、その策を採ろう。さて山塞に現状どれほどの(クチ)があるか。ビリク、ムルケ、彼の兵力を探ってまいれ。グルデイは再び出師(すいし)の準備を」


 クシュチたちが去ると、あとにはサルチンとヘカトが残った。ヒスワはにたりにたりと笑いつつサルチンに言った。


「これで草原(ミノウル)は定まるだろう。さすればお前は功績一等だ」


 サルチンは何も言わずに一礼して、ヘカトとともに退出した。




 ひと月後、季節はすっかり真夏(ゾン)である。といっても南国のごとき炎暑にはほど遠い。草原(ケエル)の民にとっては、家畜(アドオスン)を高原へ追う季節である。マシゲルの内乱も一時休戦となり、それぞれ家畜の移動(ヌーフ)(セトゲル)を砕く。


 神都(カムトタオ)のクシュチ、ビリクとムルケは山塞の情報を細かに集めて報告した。


(くだん)の山塞に拠るのは、フドウ、ジョンシ、ズラベレン、キャラハン、ベルダイ左派(ヂェウン)、タロト部、カミタ、ドノル、イタノウ、総じて約三万騎です」


「三万だと!?」


 ヒスワは(ニドゥ)を円くした。せいぜい亡族の残党が山賊(ヂェテ)(まが)いのことをしているのだろうと軽く見ていたので、三万騎という数は意外に過ぎた。


はい(ヂェー)、しかも堅固(ヌドゥグセン)な本塞を軸にして、東塞、西塞、北塞、小塞と併せて五つの塞(タブン・バラガスン)を構え、もはや侵すべからざる勢を成しています」


 これを聞いてヒスワは黙り込んだ。神都(カムトタオ)のジュレン軍は二万、これにベルダイ右派(バラウン)とアイヅムを足しても到底三万には達しない。本来ならここで出師を諦めるべきだが、そのときジエンとハサンが進み出て言った。


「ウリャンハタの大カンを動かすしかありますまい。彼の立てたジョンシのウルゲンのもとには、あの喪神鬼イシャンが七千騎を擁しております。さらにタムヤにはいまだカン麾下の精鋭が駐屯しております」


 (ようや)く愁眉を開くと、


「そうだ、ここは何としても山塞を叩かねばならん。即刻タムヤに赴いてカンを説得してくるように」


はっ(ヂェー)


 ジエンとハサンは拱手して退出する。夜を日に継いでウルゲンのアイルに達すると、イシャンに(まみ)えて事の次第を告げた。イシャンもおおいに驚く。


「大カンはすぐにも兵を興すでしょう。お二人は帰って元首(ドルチ)にお伝えください。(ウドゥル)を決めて軍を併せ、小癪な小僧どもを捻り潰してくれましょう」


 二人は礼を言うと、急いで神都(カムトタオ)に戻る。


 再び神都(カムトタオ)は慌ただしい空気に包まれた。糧食(イヂェ)の徴発が命じられ、部隊は手分けして商家に出向き、瞬く間(トゥルバス)穀物庫(サン)を満たした。人衆(ウルス)はもちろん不満であったがやむなく従い、心の奥に恨みを育てるばかりであった。

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読ませていただきました! 一つ一つの語彙まで繊細に作られた世界観に忠実に描かれていて作品に対する熱力を感じました!
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