第二 八回 ① <サイドゥ、カトラ、タミチ、ナハンコルジ登場>
山塞トシ・チノを迎えて俱に大義を誓い
喪神オロンテンゲルを犯して俄かに陥穽に落つ
トシ・チノを探すべくナオルとセイネンが山を下りてひと月、みなが心配していたところにジュゾウが二人の帰還を告げたので、諸将は争うように山塞を出てこれを迎えた。
遠く望めば先頭にナオルの姿。その横に轡を並べるのは、紛れもなくベルダイ左派の族長トシ・チノ。続くのはセイネンと、女傑チハル・アネク。
みなわっと歓声を挙げて駆け出した。ナオルがそれに気づいて手を挙げて応える。インジャは満面に笑みを湛えて一行を迎えた。拱手して言うには、
「トシ殿、お久しぶりでございます。無事に見えることができて、これに勝る喜びはありません。一同歓迎いたしますぞ」
トシはあわてて拱手の礼を返すと、以前とはうってかわった丁重な態度で、
「恥ずかしながら、一敗地に塗れてお騒がせすることになりました。危急を救っていただき感謝いたします。山塞の片隅にでも席を与えていただければ幸甚です」
これにはみな意外の感に打たれる。
しかし実は意外でも何でもないことで、トシは自らの力を恃むところ大きく、ときに傲慢にすら見られがちではあったが、本来陰湿なところがなくさっぱりした気性だったから、インジャに救われたことに心底から感激していたのである。
それはさておき、諸将はそれぞれ祝辞を述べ、アネクやキノフとも挨拶を交わした。インジャももちろん殊の外喜んで再会を祝した。
連れ立って山塞に帰ると、早速お決まりの宴席が設けられた。インジャはトシに上座に座るよう勧めたが、恐縮して幾度も辞退したので、やむなく自らその席に着いた。ナオルらは心中ほっとしたが、それは当然というもの。
次席にはやはりトシが辞退したのでナオルが着き、三番目の席にやっとトシが座った。以下、順に席が定まると、酒食が運ばれて賑やかに宴が始まった。杯がひと巡りするころ、トシが言った。
「我が麾下の将にも席を与えてくださらぬか」
「これはうっかりしておりました。是非お呼びください。ともに飲みましょう」
トシ・チノは立って、四人の知将勇将を伴ってくる。自らこれを紹介して、
「まずは我が片腕、サイドゥ」
見れば身の丈七尺半、大きな頭に大きな眼、その眼には知謀の光宿り、眉濃く、鼻隆く、異国のものかと見紛うような面貌、これぞ王佐の才と呼ぶに足る希代の軍師。
「次は先鋒を務める勇将、カトラ」
こちらも身の丈七尺半、闊い額に小さな目、四肢に剛力漲り、胸中に大略宿る偉丈夫、まさに天下の逸材。
「そして副先鋒、タミチ」
やはり身の丈は七尺半、切れ上がった目は異彩を放ち、薄い唇はきりりと結ばれて、義に厚く信を重んじるまことの好漢。
カトラとタミチは併せて「ベルダイの双璧」と称される勇将。そして、
「後軍の将、ナハンコルジ」
身の丈八尺近く、頭髪逆立ち、首太く、狼眼竜鼻、鋼のごとき体躯、鉄のごとき心性、不義を恕さず、不仁を肯んじない好漢。
一同はおおいに喜んで四人の偉容を讃え、すぐに譲り合って席を定めた。定まった席次は以下のとおりである。
一の席にはインジャ、二の席にはナオル、三の席にはトシ・チノが座り、次いでサノウ、セイネン、マタージ、マジカン、コヤンサン、ゴルタ、シャジ、サイドゥ、アネク、ドクト、テムルチ、キノフ、カトラ、タミチ、イエテン、タアバ、ハツチ、ジュゾウ、トオリル、オノチ、マルケ、ナハンコルジ、トシロル、カナッサ、タンヤンの順。
諸将は再び乾杯しておおいに飲み語らう。居並ぶものは誰もが上天が定めた宿星であった。いよいよ宴もたけなわとなったころ、インジャがトシに言った。
「今はともに雌伏して助け合うとき。どうでしょう、ここで諸将を証人として盟友の誓いを交わしては」
トシは喜んで応じると、
「もちろん異存のあろうはずもありません。すぐにテンゲリを祀って誓いを立てましょう」
みなも揃ってこれを祝した。マタージが祭壇を築くと、インジャとトシはともに誓って言うには、
「テンゲリよ、ご照覧あれ。我々は盟友となったからには、この身が裂けようとも互いのために尽くし、天下に義を行うことを誓います。もしこれに背けば子々孫々に至るまで災いがあるでしょう」
そしてセルヂム(潅奠儀礼)(注1)して盟を約した。コヤンサンが感極まって躍り上がると、
「オルヂェイトゥ! オルヂェイトゥ!」
連呼する。「オルヂェイトゥ」とは「幸いなる」の意である。みな唱和して、
「オルヂェイトゥ、インジャ様!」
「オルヂェイトゥ、トシ様!」
「オルヂェイトゥ、ジョルチ・ウルス!」
「万歳!!」
二十八人の好漢は、興奮冷めぬまま夜更けまで飲んだが、くどくどしい話は抜きにする。
(注1)【セルヂム(潅奠儀礼)】酒に浸した薬指を弾いて、天地人に捧げる習俗。第 四 回①参照。