第二 七回 ④
サノウ山塞に縦横の計を披瀝し
ナオル草原に敗軍の雄を探索す
飛生鼠ジュゾウは待ってましたとばかりに答えて、
「はい! 無事に逃れてトシ殿とともにあるはず。それはもう真っ先に確かめましたから間違いありませんぜ。アネク様のこと、気になりますか?」
にやにや笑いながら問えば、顔を朱くして、
「変な意味ではない。知人の安否を気遣うのは当然だろう」
「まあまあ、解ってますよ。ベルダイ左派の主な将は、みな逃げ延びたようですからご安心ください」
そこまで言ってから、ジュゾウは俄かに顔つきを改めて、
「ヒスワについてですが。左派を破った次は、マシゲルの内乱に干渉する機会を窺っているようです」
「我々がここに拠ったことは知っているのか」
「さてどうでしょう。その辺りのことも探っておきましょう」
「委せたぞ。ナオルとセイネンは、トシ殿のこと、よろしく嘱む」
二人は承知して退出すると、すぐに千騎を選抜して山を下りたが、この話はここまでとする。
さてそれから山塞では、来る日も来る日も新たな四つの塞、すなわち東塞、西塞、北塞、小塞の建設に力を注いだ。そのうちイタノウのマルケも衆を連れて加わり、いよいよ賑やかさを増す。
ひと月ほどは目新しいこともなく瞬く間に過ぎ去り、いつしか草原は初夏を迎えんとしていた。マシゲルの内乱も膠着して、互いに牽制するばかりで進展が見られない。トシ・チノを迎えに出たナオルたちからも何の知らせもない。
ある日、一人の客が訪ねてきた。名を聞けば、トシロル・ベク。はるばるカムタイから知己を訪ねてきたもの。インジャは大喜びでこれを通すように命じる。
やがて一の門の衛兵がこれを案内してやってきた。サノウとハツチを呼ぶように言いつけると、トシロルに席を与えて挨拶を交わす。酒食の用意が整う間にちょうど二人も駈けつけ、旧知の顔を見て声を挙げる。
ハツチは長髯をしごきながら、
「街を追われたと聞いて案じておったぞ。今までどうしていたんだ」
「それよ、一時はどうなるかと思ったが、サノウが知人の手を借りて救ってくれたのだ」
「というと?」
サノウが代わって答えて言うには、
「カムタイのクニメイ・ベクを知らぬか」
「おお、噂には聞いておる。紅大郎と呼ばれている方ではないか。縁がなくていまだ会ったことはないが」
「そう、その紅大郎に助けられて、これまでカムタイにいたのだ。そのうちに草原で新たな戦乱が起こったと聞いた。フドウも敗れたとのこと。気になっていたところに神都から使いが来て、サノウもともにオロンテンゲル山にいるという。それでとりあえず飛んできたのさ」
すなわちサノウがあらかじめ家童に命じて、知らせたのである。
「それはそうと、お主はこれからどうするつもりだ。いつまでも紅大郎のもとで徒食しているわけにもいくまい。いっそこの山塞に加わらんか」
ハツチが誘うと、
「もとよりそのつもりで参ったのだ」
これを聞いて一同は大喜び。早速方々に早馬が飛んで、諸将が集められた。みなにトシロルが紹介されると、わっと歓声が挙がってお決まりの宴となる。
「トシロルには、ハツチとともに家畜の管理を委せよう」
職掌も明らかになり、これで名実ともに山塞の一員となる。杯がひと巡りしたころ、トシロルが怪訝な顔をしてハツチに尋ねた。
「セイネンの姿が見えぬがどうした?」
「ああ、彼はナオル殿とともに草原にトシ殿を迎えに出ている。もうひと月になるが、そういえば何をしているのか……」
それを機にみながやがやとナオルの安否を気遣った。そうしているところにちょうどジュゾウが帰ってきて告げて言うには、
「みんな、喜べ! ナオル兄とセイネン兄が戻ってきたぞ!」
諸将はわっと歓声を挙げて飛び出すと、ふたつの門を抜けて麓に下りた。
すると遥か彼方に一隊の人馬が近づいてくるのが見える。先頭にはナオル、その横には堂々たる丈夫が轡を並べている。そのあとにはセイネンと一個の女丈夫の姿。みなじっと待っているのももどかしく、走ってこれを出迎える。
先にトオリル、オノチ、サノウを加え、今またトシロルを迎えた山塞は、さらに新たな好漢を得んとしている。まさに志あらば上天もこれを見棄てることなく、龍を得れば狼も得るといったところ。
ここに英傑好漢を新たに迎え、俄然士気は高まり、いよいよ草原に出る準備は整った。果たしてナオル、セイネンはいかなるものを連れ帰ったか。それは次回で。