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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
106/783

第二 七回 ②

サノウ山塞に縦横の計を披瀝(ひれき)

ナオル草原に敗軍の雄を探索す

 お決まりの行程を続けて、あと二日でオロンテンゲル(アウラ)というときである。一行の眼前に一群(スルグ)の騎兵が現れた。その数は二十騎(ホリン)


「何奴!」


 セイネンが、インジャを(かば)うように前に出て誰何(すいか)する。


「ははは、殺されたくなければ(アクタ)と荷をすべて置いていけ!」


 野盗(ヂェテ)の類である。するとオノチが進み出て、


「インジャ様、心配なく。私が追い払いましょう」


 そう言うや否や、(ノロウ)の弓を取り出して構える。ひょうと放てば、狙いは(たが)うことなく先頭の騎兵を射落とす。一瞬、賊は怯んだ様子を見せたが、すぐに怒号とともに(ウルドゥ)を掲げて襲いかかってくる。オノチはあわてる風でもなく、


「下がっていてください」


 とて、次々に矢をつがえては放つ。びんと弦が鳴るたびに賊は片端から(コセル)に落ちる。インジャはおおと嘆声を挙げる。あっという間に半数(ヂアリム)を討つと、


「まだやるか」


「くっ、覚えてろ!」


 賊は一斉に馬首を(めぐ)らして逃げ去った。インジャは感嘆して、


「助かったぞ。それにしても見事な腕前(エルデム)


「お褒めに(あず)かって恐縮です。以前、ナルモント部に滞在したとき、ヒィというものから弓を習ったのです。ヒィの腕は凄まじく、彼ならすでに一騎残らず射落としていたでしょう」


「世の中にはとんでもない人がいるものだ」


 みなは一様に感心したが、その話はここまでにする。




 その後は格別のこともなくついに山塞に帰り着く。サノウが来たことを知って諸将は欣喜雀躍、それぞれ出てきては先を争って挨拶した。席次については散々譲り合った挙句、やっとナオルの次の席に座ることになった。インジャはこれに(はか)って言った。


「まず我々が為すべきことを教えてください」


 するとサノウは居住まいを正して、


「みなさまは私に、神のごとき奇策を期待されているかもしれませんが、そもそも世に奇策というものはありません。奇策とは凡人の(ニドゥ)にそう映るというだけで、それを行う当人にとっては、ごく自明のことに過ぎないものです。それをまず(エレグ)に銘じてください。これから私が述べることはつまらなく(ソニルホルグイ)聞こえるかもしれませんが、それこそことを成すにあたって肝心なのです」


 一同は頷きながら熱心に(チフ)を傾けている。それを確かめると再び(アマン)を開いて、


「第一に、山塞を拡張して守りを固める(ヌドゥグセン)ことです。いかにもここは(ウルス)が多すぎます。そこでこの塞そのものを大きくするのはもちろん、それとは別に近隣(サーハルト)の山々に塞を築き、それらを間道で繋ぎ合わせ、互いに合図を決め、何かあったら手足のごとく援け合って守ることにするのです。そうすれば誰が山塞の険を侵すことができましょうか」


 ナオルが感心して言った。


「我々はこの塞を大きくすることばかり考えていました。遠くはイタノウを(たの)むことも考えましたが、まさか近隣の(アウラ)に塞を築こうとは思いつきませんでした」


「イタノウの山塞へは道中立ち寄りましたが、(たの)むには足りません。それより彼らもここへ呼び、新たな塞をひとつ宰領させたほうがよろしいでしょう」


 一同は感心しきり、続きを(うなが)す。


「第二に、間者を放って、正確かつ詳細に草原(ミノウル)の情勢を知らなければなりません。(ソオル)において、知ることは何にもまして重要です。敵人(ダイスンクン)を知ることなくして勝つことはおぼつきません。加えて有為の士をできるかぎり山塞に招くことです。彼になく我にあるもの、それはインジャ様を仰ぐ人の(エイエ)です。ヒスワは謀計ありといえども人を魅了する器量に欠け、ミクケル・カンは武力抜きんでるといえども(バルアナチャ)をいたわる仁徳に欠けています。我々は彼にないものをもって自らを強くするべきです。厚く好漢(エレ)を遇し、人衆(ウルス)には恩恵を施し、広く天下に志を()べるなら、草原(ミノウル)の偉材は争って至ることでしょう。されば今は雌伏すれども、いずれ必ず敵の勢を挫き、草原(ケエル)にはばたくことが叶います」


 ここでまた諸将を見回せば、身動(みじろ)ぎもせず聞き入っている。


「第三には、兵を整えることです。山塞にはフドウ、ジョンシ、キャラハン、ズラベレン、タロト、カミタ、ドノル、そして遠くにはイタノウなど多くの氏族(オノル)が混在しています。用兵において肝要なのは、各隊が指揮に従って一糸乱れず動くこと、これに尽きます。そのためには分数形名を整えなければなりません。分数とは組織編制、形名とは指揮系統です。これがしっかりしていれば、敵が我に倍していても恐れることはありません。その上で個々の兵卒を鍛え上げれば、精強無比な軍となります。攻めては業火(ガルチュ)のごとく、守りては大山(ニルウン)のごとく、動いては雷霆(アヤンガ)のごとく、止まりては森林(ヂュブル)のごとく、かくして草原(ミノウル)に敵しうるものはなくなるでしょう」


 (ヘル)(オロウル)を湿すと、さらに続けて、


「第四には、職掌を明瞭にすることです。今までも自ずと分担がされていたとは思いますが、集団が大きくなればなるほど秩序(ヂャルチムタイ)が求められます。職掌を明らかにし、それぞれ与えられた責務(アルバ)をまっとうできるよう図るべきです。そして功あらば賞し、罪あらば罰し、ことの軽重是非を明らかにしていけば、次第に衆は強くなり、民は安んじて生計を営むことができるようになります」


 (アミ)を整えると、


「第五には、敗れたベルダイ左派(ヂェウン)の将兵を幕下に加えることです。トシ・チノをはじめ大半のものは方々に散らばり、遅れたものはやむなく右派(バラウン)に降っています。トシ・チノは決して凡庸な主君(エルキム)ではなく、人衆からは慕われていたようですから、彼を迎えれば四散した兵も瞬く間(トゥルバス)に集まるでしょう。そうすればジョルチはついにひとつになり、ベルダイ右派とウリャンハタの傀儡であるウルゲンを滅ぼせば、統一は成るのです」


 「統一」の二文字が出たところで、ナオルはひときわ強く頷いた。やはりジョルチ部の統一はインジャの下で成し遂げられねばならない。日ごろから彼の思うところをサノウがはっきりと口にしたのであった。それも確乎たる戦略として。

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