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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
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第二 七回 ①

サノウ山塞に縦横の計を披瀝(ひれき)

ナオル草原に敗軍の雄を探索す

 インジャは、サノウにともに山塞に入って天下に大義を行うことを説いた。しかしサノウが難色を示したので、俄かに座を降りて平伏した。チルゲイはあわててこれを助け起こすと言った。


「サノウ、君も人が悪い。何をもったいぶっておるのだ。おかげで天下に高名(ネルテイ)なインジャ殿が膝を屈することになったのだぞ。己を高く売ろうなどと妙な了見を起こすものではない。すでに(オロ)は決まっているではないか!」


 サノウは途端に()じる色を見せると、拱手して言うには、


非礼(ヨスグイ)をお(ゆる)しください。決してチルゲイの言うように己を高く売ろうとしたわけではありません。ただ天下の大事は一人の智恵をもってどうこうできるものではないということを知っていただきたかったのです。誰かの(アルガ)(たの)むことなく、(クチ)を併せて難局に立ち向かう気概(ヂルケ)があるのならば、喜んで山塞に参りましょう。チルゲイに言われるまでもなくすでに心は定まっておりました」


 インジャらはおおと(ダウン)を挙げる。


「これも天命(ヂヤー)というもの。多くの好漢(エレ)が非運を嘆く中で、己一人が楽をすることはできません。いずれ草原(ケエル)に出る(ウドゥル)もあろうかと思い、準備は整えてあります」


 一同はおおいに喜んで祝杯を上げた。チルゲイは呵々大笑して、


「聞けばサノウを訪ねて、インジャ殿は三度も人を()ったというではないか。最初のコヤンサンは捕らえられ、次のナオルはゴロを不運にし、ついに自ら至って君を動かしたというわけだ。まったく君も人騒がせだ。つまりハツチもゴロもトシロルもその(あお)りを喰らったのさ。せいぜい罪滅ぼしをするんだな」


 サノウはむっとして言い返す。


「聞き捨てならぬことを言うな。まあよい、たしかに私も頑迷(コキル)だった。おかげでインジャ殿にもご足労をかけた。ここまで高く評価されれば男児として本懐これに勝るものはない。粉骨砕身、鞠躬(きくきゅう)尽力(注1)してはたらきましょう」


 その晩は七人とも遅くまで語り合った。そもそも上天(テンゲリ)の定めた宿星(オド)の集い、意気投合せぬはずもなかったが、その話はここまでにする。


 さて翌日、サノウは家童(エムチュ)に言った。


「私は長い旅に出ることになった。以前言い置いたようにお前が家財(エド)を始末し、自由(ダルカラン)にするがよい」


 家童は声を放って()く。その(テリウ)を撫でると、みなに向かって言うには、


「行きましょう。ヒスワが戻ってくる前に」


 城門(エウデン)のところでチルゲイとミヤーンは(モル)を分かつ。挨拶して言うには、


「みなさま、お気をつけて。きっとまたどこかでお会いできるでしょう」


 インジャはこの奇人と離れがたく、誘って言うには、


「お二方もともに山塞へ参りませんか」


 するとチルゲイは、丁重に礼を返しつつ、


「お言葉はありがたいのですが私はウリャンハタのもの。己の部族(ヤスタン)の将来を憂えずにはいられません。西原に(オロ)を同じくするものが待っておりますゆえ、同道はできません」


「そうですか。それはとても残念です」


「お互いまだ若いことですし、これっきりということはないでしょう。まあ、そのうちあっと驚くことが起きないともかぎりませんので見ていてください。そうしたら私のほうからフドウのアイルを訪ねましょう」


 これにはみな首を捻る。たまらずセイネンが尋ねた。


「何ですか。あっと驚くこととは」


秘密(ニウチャ)、秘密。言ってしまったら驚くことにならないでしょう。ではみなさん、ごきげんよう。我々はこのあとズイエの彼方にあるという(バリク)を観にいくのです」


 そう言うと二人は拝礼して、引き止める間もなく去っていった。


(サルヒ)のような男だな」


 トオリルが呟く。しかしサノウは首を振って、


「傍若無人なだけだ。困った男だ」


 そう吐き捨てる。


 さて一行は舟に乗ってカオロン(ムレン)を渡った。そして来た道を急いで引き返す。まず目指すはイタノウの山塞。道中は格別のこともなく到着する。


 マルケが喜んでこれを迎え、サノウとも挨拶を交わす。そのマルケが席に着くや、告げて言うには、


「ついにトシ殿が敗れました。氏族(オノル)は四散し、僅かな従臣(コトチン)を連れて(ウリダ)のマシゲル指して落ちていったようです」


「そうか。マシゲルには獅子(アルスラン)殿がいるからな。そういえばなぜマシゲルはトシ殿へ援軍を出さなかったのだろう」


 セイネンが言うと、サノウが答えて、


「出さなかったのではなく、出せなかったのだろう。チルゲイによれば、マシゲルの版図(ネウリド)では叛乱(ブルガ)が頻発している。それもヒスワの謀略によるものらしい。アイルを空けることができなかったのだ」


 一同はヒスワの周到さに(ヘル)を巻いた。サノウは続けて、


「フドウやタロトが山塞に難を避けることができたのはまったくの僥倖。ウリャンハタが慢心して兵を退いたからこそ辿り着けたのです。しかしヒスワの恐ろしいところは、すぐに左派(ヂェウン)を討って、フドウとの合流(ベルチル)(はば)んだこと。ほかにまだどんな計略をしかけるか判りません。一刻も早く山塞に帰り、情勢を詳しく探るべきです」


 そこで彼らはすぐに発つことにした。

(注1)【鞠躬尽力】「鞠躬」は、身を(かが)め、畏れ慎むこと。「尽力」は、力を尽くすこと。併せて、謙虚な態度で、全力を尽くして励むこと。

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