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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
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第二 六回 ② <オノチ登場>

インジャ山塞に入りて新たに好漢を加え

チルゲイ神都に遊んで初めて義君に(まみ)

 トオリルの話を聞いたインジャは言った。


「承知しました。では、トオリル殿もともに山塞へ参りましょう。そこでまたゆっくりと意見を聴かせてください」


 するとセイネンがきっと(ヌル)を上げて言った。


「お待ちください。義兄はこのものを伴うつもりですか」


「どうした、君は異議があるのか」


はい(ヂェー)。このものはつい先日までサルカキタンの幕下にいたと自ら語っています。今の話にしても私にはとても信じられません」


 インジャはこれを聞くや勃然と色を成して、


「君は(クダル)()くものとそうでないものの区別もつかないのか。トオリル殿は一見してそれと判る好漢(エレ)、それを指して信じられないなどと言う奴があるか!」


 セイネンはすっかり()じ入って引き下がる。ナオルへ(ニドゥ)を向ければ、応じて何と言ったかといえば、


「セイネンの危惧ももっともなこと。しかし義兄の徳を慕ってくるものを(こば)むのはよろしくありません。ひとまず山塞へお連れしましょう」


 インジャはおおいに喜んで言った。


「では壮士(エレ)、我が軍に加わってください」


 トオリルは感激して厚く礼を述べると、


「天地に依るべきものとてない身を拾っていただき、これに勝る大恩はありません。インジャ様のためなら犬馬の労も(いと)いませぬ。みなさまもどうかよろしくお願いします」


 さてくどくどしい話は抜きにして、インジャらはぞろぞろと行軍を再開し、夕刻(ヂルダ)には山塞に辿り着いた。テムルチが、先に着いていたシャジ、ドクトとともにこれを出迎えた。


 再会を祝して中に入ると、早速人衆(ウルス)家畜(アドオスン)の配置を定める。さすがの山塞も数万もの人衆が入っては、窮屈な感は否めない。


 何とかあれやこれやが落ち着くと、諸将は中央(オルゴル)に張られた大ゲルに集まった。それぞれ初見のものは名乗り合い、トオリルもみなに紹介された。それからはお決まりの宴となる。


 中央にはインジャが座し、(バラウン)の席にはナオルが、(ヂェウン)の席にはセイネンが着いた。あとは互いに譲り合って席順を定める。


 果たして上からマタージ、マジカン、コヤンサン、ゴルタ、シャジ、ドクト、テムルチ、イエテン、タアバ、ハツチ、ジュゾウ、トオリル、タンヤンの順で座った。ここでさらにドクトが言うには、


「こちらにもみなに引き合わせたいものがおります。同じカミタ族のオノチというもの。長らく氏族(オノル)を離れていたのが、山塞に戻ってみたら帰ってきていたのです」


 招き入れられた男を見れば、


 身の丈七尺半、(みずち)(マグナイ)(ウネゲン)の眼、細面にして細首、(ノロウ)は豹のごとく、腰は(チノ)のごとく、一瞥して端倪(たんげい)(注1)すべからざる俊傑(クルゥド)


「オノチと申します。以後お見知りおきを」


 一同は大喜びでこれを席に着かせる。トオリルの次席に座って歓をともにすることになった。


 最初は再会を祝して(なご)やかに始まった宴であったが、だんだんと先の敗戦が重くのしかかり、するとどうしてもハクヒの死を思い起こさないわけにもいかず、いつしかしんとして黙々と杯を重ねることとなった。やがてナオルがぽつりと呟いた。


「どうにかしてハクヒ殿の(オソル)が討てないだろうか……」


 セイネンがびくりと顔を上げて言った。


「しかし(ブルガ)にイシャンがあるかぎり、我が軍は勝てません。タロト部は敵に三倍する兵がありながら、彼奴一人に翻弄されてしまいました。『一将万騎に(あたい)する』とはあのようなものを謂うのでしょう」


 ナオルがそれを受けて、


「しかもトオリルの言うとおり、ウリャンハタが右派(バラウン)神都(カムトタオ)と示し合わせているのなら迂闊な行動はできぬ。右派を破って草原(ケエル)に出るのは易い(アマルハン)。だがそこをイシャンと神都(カムトタオ)に挟撃されれば、結局また山塞に難を避けることになる。今また左派(ヂェウン)のトシ殿が敗れるようなことがあれば……」


「必ずトシ殿は敗れましょう」


 強い口調で断言したのは、それまでおとなしく宴席に連なっていたトオリル。みながはっとして注視すれば、さらに言うには、


敵人(ダイスンクン)を侮り、進言を容れぬものは早晩滅びるものと決まっております」


 マタージがぼやいて、


「ますます困ったなあ。まさかこのようなことになるとは」


 テムルチが(ガル)を挙げて、


「インジャ様、それにいつまでも山塞で数万もの人衆を養っていくことはできません。明日から(バルアナチャ)を動員して拡張に努めてはみますが、早急に何らかの手を打たねば民心が離れますぞ」


「わかっている。マルケにも使者を()って受け入れを(はか)ってみる。それから兵の一部は山塞の外に宿営させよう。拡張のことはテムルチとドクトに(まか)せる。必要(ヘレグテイ)ならば、人も資材も好きなだけ使ってかまわぬ」


 と、ジュゾウが突然叫んだ。


「ああ、いまいましい! かつての旭日の勢いもどこへやら、辛気臭く愚痴をこぼすばかり。まったく(ソオル)に敗れるのはつまらん(ソニルホルグイ)なあ。こら、ハツチ! お前はもともと陰気な顔なのだから、こういうときこそ明るく振る舞うよう気をつけろ!」


 急に名指された美髯公(ゴア・サハル)はむっとしてさらに不機嫌顔。周りはまあまあと(なだ)めながらも、ジュゾウの言葉(ウゲ)が妙におかしくて、ドクトが笑いだしたのを契機にどっと笑う。インジャが立ち上がって、


「そうだ、ジュゾウの言うとおりかもしれない。我らには山塞がある。おかげでこうして(ボロ・ダラスン)も飲める。いつか必ず草原に帰る(ウドゥル)が来るだろう。それまではここで英気を養おうではないか」


 みな、おうと拳を挙げて応えたが、この話はここまでとする。

(注1)【端倪(たんげい)】物事の終わりと始めを推し量ること、予想すること。推測。よって「端倪すべからざる」は、容易に推し量れないほどの、という意味。

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