表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻二
101/783

第二 六回 ①

インジャ山塞に入りて新たに好漢を加え

チルゲイ神都に遊んで初めて義君に(まみ)

 カオロン(ムレン)を渡った二万騎は、かつて草原(ミノウル)に覇を唱えたジュレン帝国(ウルス)(トグ)を掲げていた。いかなるものかといえば、真紅(アル)の地に黄金の鷹(アルタン・シバウン)


 中軍(ゴル)には将軍を拝命したグルデイのほか、ヒスワ、サルチン、ヘカトの姿(カラア)もあった。実質総大将はヒスワであると云ってよい。グルデイは大院(クルイエ)で決められた将軍とはいえ、飾りものに過ぎないことは一兵卒に至るまで知らぬものはなかった。


 そのころサルカキタンはすでにトシ・チノへの攻撃を開始していた。その数、五千騎。動員できる総兵力である。対するトシ・チノも全軍六千騎を余さず繰り出してこれを迎え撃った。


 未明に発した右派(バラウン)軍は、左派(ヂェウン)の虚を衝いたおかげで有利に(ソオル)を進めているようである。先に()った二人の上卿(クシュチ)から次々に報告が来る。ヒスワはそれを聞いてほくそ笑んだ。


「トシ・チノめ、まさか大人にジュレンの助力(トゥサ)があろうとは想像もつくまい。きっと無謀にも見える急襲に泡を喰っていることだろう」


 ヒスワは渡河を終えた軍勢を三軍に分けると、一斉に銅鑼を鳴らして兵を進めた。草原(ケエル)を幾万もの軍馬(アクタ)が駆けていき、大地(エトゥゲン)を揺るがしたが、その話はここまでにする。




 インジャのもとにも右派軍出兵の報が届いた。これは飛生鼠が間断なく放っている間諜からの報せである。諸将はすわ追撃かと色めき立ったが、インジャはあわてずに言った。


「聞けばさらに(ヂェウン)を指して駆け去ったという。おそらく彼奴らの狙いはトシ殿だろう」


 マタージが(ダウン)を挙げた。


「お待ちください。右派はどう多く見積もっても五千騎を大きくは超えないはず。対する左派は全軍を糾合すれば、少なくとも六千騎。なぜ不利な戦を挑むのです」


 セイネンが呟いた。


「奇襲の利によって兵力差は埋まると考えたのか……。それとも我らの知らぬ秘策があるのか……」


 またナオルが言った。


「先のアネク殿のように、遠く(ホル)に離れている部隊があるのかもしれない」


 するとジュゾウは、


「だいたいあの野人が何を考えているかなんて解るもんですか。それを推し量ろうってのが誤り(アルヂアス)ですぜ」


 諸将はそれぞれ黙考したが、ナオルが(アマン)を開いて、


「いずれにせよ、我らはトシ殿を(たの)むことができなくなった。この二万の兵をもって駆けつければ右派など軽く蹴散らせようが、それではタロトの人衆(ウルス)を護るものがいなくなってしまう。まずは速やかに山塞に入り、それから情勢を探るのが最善かと思いますが」


 最後のひと言はインジャに向かって発せられたもの。これを受けて頷いて、


「おそらくはサルカキタンの軽挙、ならば案ずることはない。きっとトシ殿自ら退けるだろう。ナオルの言うとおり山塞へ向かおう」


 そう言うところへタンヤンが戻ったとの知らせ。すぐに招き入れると、傍ら(デルゲ)に見知らぬ好漢(エレ)を伴っている。見るからに尋常のものではない。ともかくこれを(ねぎら)って、山塞の様子を尋ねれば、


「ムウチ様はもちろん、みなことごとく山塞に入ってインジャ様の到着を待っております」


 それを聞いて喜ばぬものはない。ひとしきり無事を祝うと、(ようや)くセイネンが尋ねて言った。


「ところでタンヤン、君の(サーハルト)にいるのは誰か」


「おお、うっかりしておりました。このものは……」


 紹介しようとするのを遮って、自ら拱手して言うには、


「ベルダイ氏ホイルブン家のトオリルと申します。つい先日までサルカキタンに仕えておりました」


 これにはみなおおいに驚いた。セイネンなどはたちまち疑いの眼差しでこれを眺め回す。インジャは、トオリルが非凡な容貌(ガタル)を有しているのに感心していたので、ざわめく諸将を制すると礼を返して言った。


「フドウ氏族長(ノヤン)のインジャです。どうしてこちらへ参られたのですか」


はい(ヂェー)。サルカキタンに諫言したところ、怒り(アウルラアス)に触れて棒打ちの刑を受け、放逐されてしまったのです。まず左派のトシ・チノに身を寄せようとしましたが疑われて用いられず、途方に暮れて彷徨しておりましたところ、運好くここにいるタンヤンに()い、誘われて参った次第です。どうかお見捨てなきようお願いします」


 傍らからタンヤンが口添えして、


「トオリル殿は恐るべき情報を携えております。まずはそれをお聞きください」


 疑いが晴れたわけではなかったが、その言葉(ウゲ)にみな興味を惹かれる。インジャが尋ねた。


「何ですか、それは」


はい(ヂェー)。インジャ様は、神都(カムトタオ)草原(ミノウル)を制するべく大望を抱いているのをご存知ですか」


神都(カムトタオ)が? いえ(ブルウ)、初めて聞きました。セイネンはどうか」


 問われたセイネンも(ニドゥ)を円くして首を振る。ナオルはじめ諸将も一様に驚いた(ヌル)で続きを(うなが)す。それを受けて再び口を開いて、


神都(カムトタオ)はかつてジュレン部といい、草原(ミノウル)に大帝国(ウルス)を築いた部族(ヤスタン)です。(バリク)に籠もってからは通商にのみ(オロ)を砕いて、兵事に訴えることはありませんでした」


 それは周知の事実。続けて言うには、


「しかしヒスワという男がクシュチになるや、(にわ)かに軍備を増強し、四方に密使を送って盟を約し、虎視眈々と覇権を窺っております。まずはベルダイ右派のサルカキタン・ベク、次いでウリャンハタ部のミクケル・カンがこれに応じ、今やヤクマン部すら動かそうとしています」


 さらに続けて、


「先にインジャ様はウリャンハタに敗れましたが、それこそまさにヒスワの計略の一環。サルカキタンが左派を攻めているのも、すでに神都(カムトタオ)との間に密約があってのこと。遠からず神都(カムトタオ)から友軍二万騎が合流(ベルチル)して左派を破るでしょう。私は先にトシ・チノに警戒するよう(うなが)したのですが、笑ってばかりで取り合ってくれず、それで失望して去ったのです」


 一同はさらに驚いた。セイネンやナオルですら口も()けない有様。インジャもあまりに話が大きく困惑を隠せない。(ようや)く言うには、


「その話、(ウネン)ですか? とても信じられない遠大な企図、すぐには理解できません。確かにウリャンハタとは戦いましたが、それがまさか神都(カムトタオ)の一謀臣の(タルヒ)のうちから出たものとは、想像もつかなかったことです」


「そうでしょう。しかしこれはすべて(まぎ)れもない事実。トシ・チノが敗れれば信じていただけるでしょうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ