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草原演義  作者: 秋田大介
巻二
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第二 五回 ④

ハクヒ敢えて(いつわ)り称して南に義君を逃し

インジャ僅かに兵を併せて東に山塞へ赴く

 (カラ)を受けたジュゾウは、その(ウドゥル)のうちに西(バラウン)へ向かった。事の次第を聞いたマタージはあわてて一軍を興して、両軍は無事に合流(ベルチル)を果たした。インジャらの姿(カラア)を認めて、マタージは拱手して言った。


「義兄上、難儀をなさいましたな」


「見てのとおりだ。そればかりか……」


 ハクヒの最期を話せば、マタージも衝撃を受けた様子でしきりに慨嘆する。ともかく兵を併せて、ひとまずタロトのアイルに赴いた。席を整えて主客それぞれ分かれると、インジャが(アマン)を開いて、


「タムヤにはミクケルがいまだ軍を()めており、(ヂェウン)にはウルゲンが勢を張っている。どうすればよかろう」


 マタージが言うには、


「まったくミクケルは迅雷のごとく草原(ケエル)を駆け、我らはことごとく後手に回っています。こちらで(しら)べたところでは、ウルゲンのもとにはあの喪神鬼イシャンが在って補佐に当たっているとか。これでは(ガル)が出せません」


 みな喪神鬼の人知を超えた強さを思い出して身震いする。セイネンがふと気づいて言った。


「先に逃がした人衆(ウルス)家畜(アドオスン)は、無事に山塞に着いたでしょうか」


「それを確かめるのが先決、ムウチ様の安否も気遣われます」


 ナオルが言えば、末席よりタンヤンが進み出て言った。


「私が山塞に参りましょう」


 インジャはそれを許すと言うには、


「我々もすぐにあとを追おう。イシャンがまだ中原にあるとわかれば猶予はならん。マタージもすぐに出立の準備を。ともにオロンテンゲルへ参ろうではないか。今後のことは山塞に入ってから(はか)ればよい。ここに居てはミクケルとイシャンに挟撃されるのが目に見えている」


 ナオルが首を(かし)げて、


「山塞にタロトの人衆まで容れる余地があるでしょうか」


「イタノウの山塞にも兵を分けよう。またトシ・チノ殿を(たの)む手もある。ともかくここに居るのは危険(アヨール)だ。我らに喪神鬼を破る術はないのだから、悔しいがしばらくはウリャンハタに勝ちを預けておこう」


 一同言葉(ウゲ)もなく頷くと、席を暖める暇もなく立ち上がった。


 早暁、インジャの残兵四千余とタロト軍一万数千は続々と発った。ゲルを(テルゲン)に載せ、万余の民を連れての行軍。マタージの(アカ)マジカンは、不満を隠さず言った。


「ハーンよ、我らは独立する部族(ヤスタン)であって、インジャに属するものではない。然るになぜこれに従うのか」


「それは考えが違うでしょう。兄上には、もしウリャンハタが南下してきたとして撃ち破る方策があるのですか? 今は一人でも多く味方(イル)必要(ヘレグテイ)なとき。インジャ殿は兄上も知ってのとおり義に厚く、まことに信頼(イトゥゲルテン)できる人。その人が山塞に招いてくれるとおっしゃっているのです。これに勝る話がありましょうか」


 そう言われれば口を(つぐ)まざるをえない。


 さて一行は襲撃を受けることもなく東上の旅を続けた。途中、ベルダイ右派(バラウン)牧地(ヌントゥグ)(よぎ)ったが、さしものサルカキタンも手が出せなかった。それより彼は左派(ヂェウン)との(ソオル)(セトゲル)を奪われていたのである。


 しかしすぐに使者を神都(カムトタオ)へ送ってこれを知らせることは忘れなかった。報を受けたヒスワはおおいに驚いて、


「大カンは小僧(ニルカ)どもを追わなかったのか。むざむざタロトと合流せしめるとは……。ジエンとハサンは何をしておったのか!」


 そこへちょうどジエン、ハサンの両卿が帰ってきた。ヒスワはこれを罵って、


「卿らは何をしていたのだ、自らの使命(アルバ)を忘れたか! 亡族の小僧どもを逃したばかりか、タロトと兵を併せるのも傍観しているとは。申し開きができるなら述べよ!」


 二人は恐懼して震えていたが、やがてジエンが言うには、


「我らも口を極めて大カンをお諫めしたのです。しかし『群雀(トゥヤル)が集まったからとて大鵬(ハンガルディ)(あらが)えようか』とおっしゃって相手にもされず……」


 ハサンも青い(ヌル)で言うには、


「大カンは小僧どもが東へ逃げたと知って、『メンドゥ東岸に(ブルガ)はいなくなった』とて、大喜びで連日宴会に興じております。我らはこのことを報告して、次の指図を仰がんと思ったわけで……」


「もうよい、下がれ!」


 怒鳴りつければ両卿は小趨(こばし)りに退出する。ぶつぶつ言いながら考えるに、


「小僧を逃したのは痛いが、しばらくは動けまい。待てよ、奴らはそもそもどこへ向かったのだ? まさかトシ・チノに投じようとしているのではあるまいな」


 居ても立ってもいられず、グルデイ、ボルゲ、プラダの三人を召した。まもなく三人がやってくると、


「グルデイ、卿には出陣の準備を命じたはずだが」


はい(ヂェー)。すでに三軍ことごとく整いました」


「では、明朝出陣する。亡族の小僧どもが大勢の家畜を連れて東上中とか。奴らを左派に合流させてはならん。ボルゲ、プラダはすぐに発ってサルカキタンに出陣を(うなが)してこい。ベルダイ左派を叩くぞ」


 三人は拱手して退出する。


「フドウが早くもタロトと兵を併せるとは、予期(ヂョン)せぬこともあるものだ」


 ヒスワは独り呟くと、また考えに沈んだ。


 こうしていよいよカムトタオの二万騎が、長い沈黙を破ってカオロン(ムレン)を渡ることになった。


 このことから好漢(エレ)神都(カムトタオ)を訪ね、新たに宿星(オド)相集(あいつど)い、ともに山塞に義を誓って奸人の計を東西に破るということになるのだが、果たしてヒスワによるトシ・チノ征討はいかなる結果をもたらすか。それは次回で。

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