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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
1/782

第 一 回 ①

草原乱れてジョルチ(とも)に争い(たお)

族長(しゅっ)してフドウ(たちま)(のが)れ走る

 とある竜の(ヂル)(注1)のこと。強盛を誇ったジュレン帝国(ウルス)(注2)の瓦解からおよそ百年、ここ草原(ミノウル)は群雄の割拠するところとなっていた。


 ひと口に草原(ミノウル)と云うが、まず舞台となるのは「中原」と呼ばれる一角。文字どおり草原(ミノウル)全体の中央(オルゴル)に位置し、(ヂェウン)の大ズイエ(ムレン)西(バラウン)のメンドゥ(ムレン)の間に広がる平原(タル・ノタグ)である。

挿絵(By みてみん)

 ここにジョルチ部という部族(ヤスタン)がある。かつては中原に覇を唱えたこともあったが、今や昔日(エルテ・ウドゥル)の面影なく四分五裂して、すっかり乱世の時流に呑み込まれてしまった。


 そんなジョルチ部を形成する六氏族(ゾルガーン・オノル)のうちに、フドウ氏という小さな氏族(オノル)があった。物語(ウリゲル)はそのフドウ氏の族長(ノヤン)、フウのゲル(注3)から始まる。




「私たちはいつまで堪えねばならないのでしょう」


 夜半、押し殺した(ダウン)で問いかけたのは、フウの(エメ)ムウチ。


「もうしばらくだ。今はまだ堪えねばならぬ。やがて我がジョルチ部に英雄が出るだろう」


 フウは力なく言った。それはムウチに答えるというよりも、己に言い聞かせているようであった。


「その言葉(ウゲ)、いつも承っておりますけれどもいっこうにその(しるし)なく、ただただ敵襲に怯える毎日……。なぜ先祖(ボルカイ)を同じくするものが争わねばならぬのですか」


 これには答えることができずに(うつむ)くばかり。英雄はきっと現れる、そう信ずるほかない。


 それにしても憎むべきは、南方遥か長城(ツェゲン・ヘレム)の彼方にある中華(キタド)と、その走狗となったヤクマン部のハーン、トオレベ・ウルチである。


 つい十年ほど前までフドウ氏の属するジョルチ部は、ベルダイ氏やジョンシ氏を軸によく(クチ)を併せ、中原の北半をほぼほぼ制して、周辺のマシゲル部やタロト部を圧倒する勢いであった。


 ところが隆盛というのは続かぬもので、ヤクマン部が中華(キタド)と結んで勢力を伸ばし、謀略を駆使してジョルチ部内の離間(カガチャクイ)を図ってきたことから何かが狂いはじめた。


 まず部族(ヤスタン)中核(ヂュルケン)であったはずのベルダイ氏が分裂する。これを契機に造反するものが続出、造反はさらなる造反を呼び、内紛(ブルガルドゥアン)でジョルチ部は多くの若者(ヂャラウス)を失った。


 さらにヤクマン部は、大ズイエ(ムレン)の東岸彼方を牧地(ヌントゥグ)とするナルモント部を誘い、勢いの衰えたジョルチ部を攻めた。これに対してまとまった抵抗をすることができずに、ジョルチ部はほぼ崩壊してしまったのである。


 多くの若者が(ブルガ)の捕虜となり、(モリ)(ホニデイ)などの財産(エド)や婦女子は、略奪の対象となった。


 あれから十年になるのか……、よく今まで生きて(オスチュ)いたものだ。フウは今さらながらにそう思った。四散してしまったあとも部族(ヤスタン)は内部で争い続けて(ブルガルドゥクイ)いる。加えてヤクマン部など外敵の脅威にも常に(さら)されている。「()()()()()()()()」とはまさにこのこと。


 フウはなおも思う。我らは狡猾(ザリ)極まる中華(キタド)やトオレベ・ウルチに踊らされているのだ。そもそも我々は朴訥(ぼくとつ)に過ぎた。ゆえにむざむざと奸計に()まったのだ。おかげでもとを辿れば同族だというのに本心(カダガトゥ)から憎み合っているものもある。嘆かわしいことだ……。


 しかし、そう独りごちたところで、力がなければ何の意味も成さないのが草原(ミノウル)(ヨス)である。


「力か……」


 思わず声に出して呟く。


「何か、おっしゃいましたか」


いや(ブルウ)、何でもない。ところでムウチよ、(ゲデス)(クウ)はいつ生まれるのだ」


 あわてて言えば、ムウチは軽く首を(かし)げて、


「そう、あと三月か四月か……」


 フウは(にわ)かに向き直ってムウチの両肩(ムル)(つか)むと、


「きっと英雄は現れる。この子が大きくなるころには再びジョルチはひとつになる」


「それまで生きておればよいのですが……」


不吉(ベリクウダイ)なことを申すな。信じておれ」


 やはりそれは己に言い聞かせているようであった。フドウ氏の族長(ノヤン)とその妻は、今日も不安な夜を過ごす……。




 フウの言うところの「英雄」とは、ジョルチ部の伝承に由るものである。曰く「ジョルチ部が分かれて相争うことがあれば、必ず英雄が現れて(ヂャサ)を定め、草原(ミノウル)に君臨するであろう」と。


 だから必ずしも根拠のある言葉ではない。彼らはすでに伝承に頼らざるをえないほど疲弊(ハウタル)していたのである。


 ところが歴史というものは不思議なもので、治世には必ず騒ぎを起こすものが現れ、乱世にはまた騒ぎを治めるものが登場するのが常である。


 ただし「才略(アルガ)のみによって英雄たることはできない」と謂う。どういう意味かと言えば、英雄とは乱世においてその登場を望む声が高まって、初めて英雄として迎えられるということである。


 (けだ)し英雄を待望するものが多ければ、これすなわち英雄登場の条件は整ったというところ。これをもってこれを()れば、フウ夫妻の願いはまさに英雄が世に出でんとしている徴候と言ってよいのかもしれない。


 しかしさすがのフウも、よもやこれから生まれる己の子がその「英雄」になるとは想像もしていないが、それはまたのちの話。

(注1)【竜の年】十二支における五番目の年。西暦1184年とする説が有力。ただ草原(ミノウル)では、貴人の生年を竜の年に合わせて伝えることがあるため、インジャの生年については諸説ある。


(注2)【ジュレン帝国(ウルス)】952年にムルヤム・ハーンが興した遊牧帝国(~1097年)。


(注3)【ゲル】遊牧民族の住居。天幕。解体して持ち運べるため移動に便がある。中国語でいう「(パオ)」。

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― 新着の感想 ―
絆や運命の重さ、登場人物の葛藤や未来への希望が緊迫感とともに伝わってきます。重厚で歴史的な世界観が魅力的で、壮大な物語の予感を感じさせられました。
1話目から圧倒的な重厚感…! 作り込まれた世界観に何度も読み返したくなり、さらに今後の展開が気になるばかりです。とても良い作品に出会えて嬉しいです! 引き続き楽しみに読ませていただきます!
ツイッターから来ました(*^▽^*) じっくり読ませていただきますね(^O^)/
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